わたしの隣の魔法使い


第10章 闇王ヤガーバ
【その10】


 私たちはエアリエルによって闇の国ジハナムに戻ってきていた。前にもエアリエルの風に乗って移動したことがあったけれど、今回は一瞬と思えるくらいすぐにティル・ナ・ノーグからジハナムに着いたので私はとてもビックリした。
「久しぶりだな……ここに来るのは」
 エアリエルが闇に包まれた元故郷を見て悲しい表情を浮かべる。
「変わってしまっただろう。あんなに美しい世界だったのに」
 モルガンはもう目を覚まして自分の本来の姿に戻っていた。エアリエルと彼女が並ぶととても迫力がある。
「そうだな……」
「ユーリ、例の場所を開けてくれ」
 妖艶なモルガンが私に話しかける。
「あ、うん」
 例の場所。それは聖剣カリバーンでしか開ける事の出来ない地下広間のこと。そして私たち4人は王の部屋に向かっていく。
「でも、これからどうするんだ?ヤガーバはここにしかけてくるぞ」
 ノクトが心配そうに皆を見ている。そう、彼はこの事態をほっておくほどバカではない。きっとすぐにこの世界を壊しに来るに違いない。私たちは彼の攻撃を受けずに逃げてきてしまったのだから。
「今のモルガンならヤガーバに攻撃出来たりしないの?」
 ネコのモルガンでは無理だった。それならジハナムの王としてのモルガンではどうなんだろう。
「お前たちよりかは戦えるとは思う。しかし、ヤガーバの体はティターニア王のものだ。私にティターニアを傷つけられるのかはわからない」
 ティターニア王。その名前が出来ると、エアリエルは表情が苦しくなる。私はそれを見て何か言わなければいけないと思ったけど、かける言葉が見つからなかった。
 そして王の部屋に着いた私たち。私は聖剣カリバーンを元の姿に戻して呪文を唱える。
『我をあなたの元に導きたまえ』
 呪文と共に道が開かれる。エアリエル以外は一度ここに入ったことがあるので、とくに動揺などもせず下に降りて行った。
「こんな場所があったのか」
 エアリエルの驚いた表情。それに私は答える。
「うん。王しか入れない場所だったんだよ」
 一面の静かな水面。鏡のように綺麗に光っていた。そして光の粒がその場で沢山舞い踊っていた。私はそのまま水面に入っていこうとしたけれど、ノクトが私の体を掴んで中央の世界樹まで運んでくれた。
「……まさか、王?」
 ロビンの亡骸。それはまだここにあり、エアリエルはそれを見つける。灰のような色の変化したカリバーンが刺さったままのロビンの姿に、エアリエルが泣き崩れた。
「王、私はティターニア様を置いてきてしまった」
 もう答える事もないロビン。それでもエアリエルは話を続ける。
「私はこの目で見ていたんです。ヤガーバがティターニア様を器として利用する所を。私はそれを黙って見ているしかなかった」
 それはきっと今のように力に溢れたエアリエルではなかったんだろう。この苦痛な叫びも幼いエアリエルの心なのかもしれない。
「王は私に強くなれと言って下さいました。あの時に……あの時に私に力があれば、こんなことにはならなかったのに……」
「エアリエル……」
 モルガンが悲しみと悔しさに包まれたエアリエルの肩を抱く。その時だった、私の耳に声が聞こえてくる。
(まだ終わっていない。だから悲しみに包まれるのはまだ早い)
「え?」
 私はびっくりして周りを見回す。すると世界樹の中から実体のないロビンが浮かび上がってきた。
「ロ、ロビン!」
 私の驚きの声に他の3人もロビンを見つける。
「オベロン様!」
 そして最初に声をあげたのはモルガンだった。モルガンはティル・ナ・ノーグでロビンが出てきた時は気を失っていた。だからこの再会は何百年ぶりになる。モルガンはすぐに半透明のロビンのもとに駆け寄った。
「王!オベロン王!」
 モルガンの涙。それを見てロビンは微笑んでいた。そしてモルガンの頬に手を添える。
「あぁ、この日をどんなに待ったか。どんなにあなたに会いたかったか」
 でも実体のないロビンは言葉を発する事が出来ない。
(結李、お願いがあるんだ)
 彼の力を貰ってしまった私には彼の言っている事が分かる。
(生命の石を私に返してほしい)
 生命の石。それはカイトの持っているフェアリー・ドロップのこと。
「え?カイトの石を?」
(そうだ。私の元に戻して欲しい)
「もしかして……それでロビンが生き返るの?」
 その言葉にロビンは悲しい顔をする。
(それはない。でも道は開けるかもしれない)
「道?それはどういうこと?」
 私にはロビンが考えている事がわからない。
(もうこれしか手はないんだ。だから結李、お願いだ)
「王は何て言っているんだ?」
 まだ悲しい表情のモルガンが私に顔を向ける。
「カイトのフェアリー・ドロップをここにもってこいって」
「え?生命の石をか?」
「うん……」
 そこで少しの沈黙が生まれる。ここにフェアリー・ドロップを持ってきて一体何が起こるというのだろうか。私たちが静かな沈黙を生み出している時、大きな衝撃が広間を揺らす。
「え?な、何?」
 その衝撃に皆が立ち上がった。
「モルガンさまー!どこですかー!」
 そしてしばらくすると、そんな声が上の方から聞こえてくる。私はその声を聞いた事があった。この声はきっとゴブリンのムガーの声。その声がどんどん地下に降りてくる。
「あ、こんな所に……って、この部屋なんすか!」
 ムガーが地下広間を見ながら目を丸くしている。
「それはいい。状況を伝えろ」
 モルガンはムガーの出現に王の顔に戻る。
「はい、なんだかよくわからないっすけど、何かが攻めてきているです。空にいっぱいのヒポグリフ、地上にはエルフたちが。一体何が起きてるんすか!」
 今の状況と知らない広間にムガーの頭は混乱しているようだった。
「来たか」
 モルガンの顔がさらに厳しくなる。
「早かったな」
 エアリエルも厳しい表情をしながら準備運動のように腕を回し始めた。
「オベロン王の出現にヤガーバも焦ったんだろう。受けて立とうじゃないか」
 ジハナムの王の楽しむような声。モルガンもエアリエルもすでに戦闘態勢に入っていた。
「ノクト、ユーリを頼む」
 エアリエルはそうノクトに告げた。
「わかった」
 ノクトはエアリエルに答えると、私の腕を掴む。
「ノ、ノクト?」
「王が言ったんだろう。ならそれに従おう」
 いつの間にか幻影のようなロビンの姿は見えなくなっていた。
「……うん、わかった。いこう、カイトの所へ」
 そして私たちは地上へと上がっていく。希望は少しもない。でも私たちは戦わなければいけない。本当の妖精達の世界を守る為に。
(ロビン、信じていいんだよね?)
 もう他に信じるものなんてどこにもない。だから私は前へ進む。みんなと共に。



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