わたしの隣の魔法使い


第10章 闇王ヤガーバ
【その9】


『お前たちを消すのは忍びないが、このままでは俺の脅威になりかねないからな』
 美しい姿で恐ろしい声を発するヤガーバ。ノクトもモルガンも、聖剣を持った私でさえ、彼に傷を付ける事がが出来なかった。ヤガーバは手を差し出して黒い光の玉を作り出す。
『あのまま闇の世界で静かに暮らしていればいいものの』
 はやく逃げないと消されてしまう。私はそう考えたけれど、聖剣が使えない自分にはどうすることも出来なくてその場に立ち尽くしていた。
『まあ、俺が目覚めたからには、あの世界もそのままというわけにはいかないけどな』
 ヤガーバの楽しむような声。すべては彼の思い通りに進んでいた。カリバーンだって彼に怒りを向けるように強く光っていたけど、その刃を私はヤガーバに向ける事は出来なかった。
(ごめん、私は何も出来なかった)
 私は自分の力を信じてここまで来た。王の力で何か変えられると思っていた。でも結局は私はただの人間で、何もする事が出来なかった。カイトに助けると約束したのに、私は本当に無力だった。
『さらばだ』
 ヤガーバの別れの言葉。それと同時に彼の手で光っていた黒い光が大きく膨張する。そしてそれを私たちに向けて軽く放った。
 終わった。私はそう思っていた。これが諦めというやつなんだろうか。もちろんまだ抵抗する力はあるかもしれない。でも私たちの攻撃はヤガーバには効かなかった。だから私は静かに目を閉じる。どうせ消えるなら一瞬で終わって欲しい。
(諦めるな、結李!)
「え?」
 もうすべてを諦めた私の耳にある声が聞こえてくる。
(まだだ。まだ終わっていない!)
 その声を私は知っている。それは、私に力をくれて、この世界の平和を一番願っている人物。私は一度諦めた気持ちをもう一度奮い立たせるように目を開けた。
「え?!」
 今、私の目の前には信じられない光景が広がっている。ヤガーバが放った黒い光の玉が私の手前で時が止まったように停止していたのだ。
『な、なんだと?!』
 予想外のことにヤガーバから驚きの声が聞こえてくる。それは私も一緒だった。なんでこんなことが起きているの。
 でもそれはただ私の前で止まっているわけじゃなかった。
「え……」
 はじめはそこには誰もいなかった。でも徐々にそこに人物が現れ始める。
「あなたは……」
 そこには現れるはずのない人物が立っていた。
「ロビン……」
 それはたしかに立派な王の姿のロビンだった。しかし、ロビンの体は実体ではなく全身が透けていて、彼は私たちを消す為に放たれた光の玉をその手で止めている。
『お前は……』
「オベロン王!!」
 もう遙か昔に死んだはずの王の出現に広間は揺れる。今まで捕らわれていて黙っていたエアリエルが声を上げた。周りの王の側近達も動揺したのか、エアリエルを捕らえていた光が一瞬弱まる。それをエアリエルは見逃さなかった。彼は大きな竜巻をその場に作る。
「うわっ!」
 その竜巻にエアリエルを捕らえていた側近達は怯み、その場に倒れこんだ。そしてエアリエルは光を振りほどきロビンを求めるようにこちらに風の速さで向かってきた。
「王!オベロン王!」
 ロビンはそんなエアリエルに優しく微笑み、すぐにヤガーバに視線を戻す。そこには動揺を隠せない姿のヤガーバが立っていた。
 すべてを確認したロビンは、その手で止めている黒い光の玉をヤガーバへと跳ね返した。しかし、それはヤガーバの手前の床に当たり、水晶の広間は大きな爆発とともに辺りは煙に包まれた。
(結李、今だ。はやくここから逃げろ)
「え?」
(今の俺にはこれ以上のことは出来ない。だからとにかくここから逃げろ)
「で、でも、私にはそんなこと……」
 ロビンの出現に広間は揺れている。そして今は煙でヤガーバの視界も遮られていた。だからこれは逃げるチャンスだったんだけど、逃げろといわれても私にはその術を持っていなかった。
「王はなんと言っている!?」
 ロビンの声はどうやら私にしか聞こえていないようで、エアリエルは必死な顔で私に話しかけてくる。彼は感情を取り戻したかのように顔には生気が満ちていた。
「ここから逃げろと……」
「わかった。王がそう言うのであればそれに従う」
「え?」
 そしてエアリエルはすぐにモルガンが倒れている場所に行き、小さなモルガンを抱き上げた。そしてノクトに顔を向ける。
「動けるか、王子」
「あ、ああ」
 ノクトはまだ状況がつかめていないらしく、その場で呆然としている。私もいきなりのエアリエルの行動に動けないでいた。
(結李、エアリエルに言ってくれ。頼んだ、と)
「え?……あ、うん!」
 私はロビンの言葉に一瞬戸惑ったけれどすぐに頷く。そうか、ここにいるエアリエルはもう前のエアリエルとは違う。
「エアリエル」
 私が彼を呼ぶと、エアリエルは私を見た。
「ロビンが……王があなたに、頼んだ、と」
 その言葉にエアリエルの顔が少し緩む。私はそんなエアリエルの優しい表情をはじめて見たかもしれない。
「仰せのままに」
 そしてエアリエルは片手にモルガンを抱き、もう片手で私の腕を掴んだ。ノクトはエアリエルの後ろにいる。
『そうはさせないぞ……』
 爆発によって出来た煙は徐々に晴れてきている。そしてその中から邪悪な姿のティターニア王が出てきた。しかし、その瞬間、エアリエルは大きな風を魔力で起こす。そして私たちの体はその風によってどこかへ運ばれていった。
(ヤガーバ、俺は絶対にお前を許さない……)
 飛ばされる瞬間、私はそんな声を耳にした。それは私にしか聞こえていないロビンの怒りの声。それはとても静かだったけれど、何故かすごく怖かった。明らかにいつものロビンのは違う声。
(ロビン……)
 世界と命をヤガーバによって奪われたロビン。その怒りは私では到底分かるものではなかった。だからその声も、怒りから発せられたものだと私は思っていた。



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