わたしの隣の魔法使い


第10章 闇王ヤガーバ
【その8】


 黒い煙はティターニア王を包み込んで邪悪な気を発しているのが私でも分かった。広間の空気がすごく重い。
「お前たち、ティターニア王に何をしたんだ!」
 王を救い出せず黒い煙と距離をとったノクトが側近達に怒りの声を上げる。
「彼女には器になったもらっただけのこと」
 白のフィフスが嫌な笑いを浮かべながら王子の言葉に答える。
「器だと……?」
「まあ、見てればお分かりになるはず」
 私もノクトも、ネコのモルガンでさえ、そこから動く事が出来なかった。エアリエルは今だに光に捕らわれている。そして少しずつ黒い煙が薄くなっていく。
『誰だ、私を起こす者は』
 そして低くて恐ろしい声が水晶の広間に響いた。
「ヤガーバ様、ついに目覚める時がやってきました」
『その声はフィフスか。どうした、妖精王が反乱を起こしたか?』
 まだ完全には消えていない煙の中から低い声の主が外へとゆっくりと姿を現す。
「……え?」
 私はその中から初老のヤガーバが出てくるものだと思っていた。しかし、まったく違ったその容姿に私は驚く。
「ティターニア……王?」
 声は確かにヤガーバのものだった。しかし、その姿は全身真っ黒に変化したティターニア王そのもの。顔にはあの優しくて美しい彼女の表情はどこにもなく、真っ赤な瞳の視線はとても恐ろしかった。
 私はヤガーバを前に恐ろしくて動く事が出来なかったけれど、ノクトやモルガンは違っていた。二人はヤガーバが出てきてすぐに攻撃を仕掛ける。
『無駄なことを』
 モルガンは小さな両手で大きな光の玉を、ノクトは片手で一筋の光の閃光をヤガーバに放つ。しかしそれをヤガーバは片手で軽く跳ね返した。二人はその攻撃を避ける為に瞬時に動いたが、勢い良く壁に当たり床に倒れこむ。
「モルガン!ノクト!」
 私は急いで床に倒れこむ二人の元に駆け寄った。
『お前たちの攻撃が私に当たると思っているのか』
 ヤガーバは美しい黒髪をかきあげ、真っ赤な瞳で私達を見ている。背中の黒アゲハのような羽根が怪しく光る。
「くそ、この姿では無理か」
 体を強く打った二人はゆっくりと体を起き上がらせる。
『モルガンか、懐かしいな』
 ヤガーバがティターニア王の姿でゆっくりとこちらに歩いてくる。
「ヤガーバ、お前、ティターニアを取り込んだのか」
 モルガンの言葉にヤガーバは笑う。
『ああ。俺はお前らと違って普通の妖精だ。こうでもしないと永遠の時間と強い力を手に入れる事ができないからな』
 そしてヤガーバは手を軽く振る。するとまだ完全に起き上がっていないモルガンの体がフワッと宙に浮いた。
「そんなことは決して許されない事だ。王の資格のないものが王になるなんて」
『そう、俺もそれは考えた。だから長い時間、この娘と同化する為に眠っていたのだよ』
 モルガンは体をバタつかせるが、ヤガーバの呪縛から逃れる事は出来ない。
『それにな、もう俺を裁く奴はいないんだ。だから力を手に入れた俺が王になっても許されるんだよ、モルガン』
「くそっ」
 モルガンはすばやく呪文を唱えてまた光の玉を作り出し、さっきより近距離になったヤガーバに向けて光を放とうとする。しかし、ヤガーバの周りに壁があるかのようにその攻撃は彼には当たらなかった。
『無駄だ。お前たち妖精に王は殺せないんだよ』
 私はそれを聞いてロビンのことを思い出した。そうだった、ロビンも聖剣でしか死を与える事が出来なかった。だったら今の王であるティターニア王でも同じこと。
『たしかお前だだったよな。俺を追放したのは』
「そうだったらどうする」
『ふん。その体では何も出来ないくせに、強情だな』
 ヤガーバは手を軽く上に挙げすぐに下へと下ろした。するとモルガンの体は飛ばされ、遠くの壁に強くあたる。
「モルガン!!」
 私とノクトは同時にモルガンが飛ばされた方に顔を向ける。モルガンがぶつかった水晶の壁には大きな亀裂が走っていた。
「くそっ!」
 ノクトも同じようにヤガーバに向けて攻撃をしようとする。
『やめておけ、王子』
 しかし、それをヤガーバの声が止めた。
『言っただろう。お前たちの攻撃は決して俺には通用しないと』
「それならこれはどう!」
 私はずっと怖かった。自分の目の前で起こった争いに逃げ出したくもなっていた。しかし、私はロビンに力を貰った。それは王の力。だからここは私が立ち上がらなければならない。
 私は聖剣カリバーンをヤガーバに向け構える。この剣なら王を傷つけることは出来るはず。
 私はそう思っていた。
『聖剣か。たしかにそれなら俺を殺す事は出来るかもな』
「そうよ」
『人間、お前の望みは一体なんなのだ?』
 ヤガーバにカリバーンの刃を向ける私。しかし、ヤガーバは表情一つ変えず私を見ていた。
『俺を殺せば、この世界は崩壊するぞ?』
「え?」
『何も知らないようだから教えてやろう。ティターニアはこの世界の世界樹なんだよ』
 私はヤガーバが言っている事が理解できず、ただ聖剣を構えていた。
『妖精は人間とは違う。力を与えてもらわなければ生きる事が出来ない。だから俺は考えたんだよ。世界樹をこの手で作ってしまおうとな』
 ヤガーバの赤い瞳が私を見つめる。まるで私の体は石になったかのように動かなくなった。
『その為には尽きる事のない力が必要だ。幸い、ティターニアはオベロンほどの強い力を受け継いでいた。さすが世界樹から生まれた最後の姫だ』
「なっ……」
『だからティターニアを殺す事はティル・ナ・ノーグを崩壊させることなんだよ。お前はそれでも俺を殺すというのか?』
 私はどうしていいのかわからなかった。もう自分が何をしたらいいのかも。
『それにこの世界は平和だろう?争いも起こらず静かに暮らす事が出来る。何故お前たちはそれを止めようというのだ』
「それは……」
 ヤガーバの言っている事は正しかった。ティル・ナ・ノーグは平和で、いくら感情が抑制されていても、妖精達は平穏に暮らしていた。でもそれならジハナムの妖精は一体どうしたらいいというのだろう。
『人間は愚かだな。自分では何も考えられないのか』
 ヤガーバは笑う。
『誰かの言葉がなければ動く事が出来ない。すぐに流される。あの時の人間と一緒だな』
「え?」
 あの時の人間。私はその言葉に固まる。
『俺は助言をしてやっただけだ。自分の望みを叶えたいなら少し甘い声を発すればいいと』
「ヤガーバ!それは……」
 ヤガーバに飛ばされ、体にたくさんの傷を負ったモルガンが必死に立ち上がろうとしている。
『事の発端なんてどうでもいいことだ。いずれあの世界はああなる運命だったのだからな』
「ヤガーバァァ!!」
 しかし、モルガンは立ち上がることが出来ず、その場に倒れこむ。
「ヤガーバ、あなたは……。あの世界を壊したのは……」
『だったらどうする。すべて済んだ事だ。それか何か?お前が俺に刃を向けるか?』
 私はそこで、カリバーンがいつもより強く光っている事に気がついた。
(ロビン……あなたも怒っているのね……)
 ロビンも知らなかった事をヤガーバは口にした。それに怒らないわけがない。たしかにティル・ナ・ノーグは平穏で、争いがないかもしれない。でもこれはヤガーバの欲求の為に作られた世界。私はそれをこのままにすることが出来なかった。一方が幸せでも、もう一方が苦しんでいいわけなんか絶対にない。
 そして私はヤガーバを睨みながら聖剣を振り上げようとする。しかし、何故かカリバーンを動かす事が出来なかった。私の体は動くのに、カリバーンは固まったように動かない。
「え?ど、どうして?」
 私は何度もカリバーンを動かそうとする。でもそこから少しも動かなかった。
『どうした?その剣で俺を殺すのだろう?』
 その時だった。私の手に強い熱さが走る。
「あつっ!な……!?何?!」
 私は熱くなった自分の手を見る。するとそこには金の指輪が浮かび上がっていた。
「こ、これは……」
 それははじめてティル・ナ・ノーグに行った時にティターニア王に頂いた指輪。それは私の身を守るものだと言っていた。それが何故今になって現れるの……。
「も、もしかして……」
『そう。それをつけている限り、俺を狙う事は出来ない。だからいくらその手に聖剣を握ろうが、無理だってわけだよ』
 その指輪は私の身を守るものなんかじゃない。ヤガーバの身を守る指輪だった。



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