わたしの隣の魔法使い


第10章 闇王ヤガーバ
【その5】


「ドリアードに聞いたんじゃ。お主が闇の国に行ったことをな」
 私達3人と1匹は長い階段をゆっくりと下に降りていっている。先頭はドワーフのデックだった。
「そうか……。で、ドリアードはどうした?」
「下手に動くとまずいから、書庫に残してきたよ」
 ドリアードはノクトの御付きで、元気なニンフだった。
「……それは良かった」
 ノクトの声がホッとしているのが分かる。もしかしたら私達のせいで彼女になにかあったら……と思っていたので私も胸を撫で下ろした。
「で、お前たちはこれから王に会いに行くのか?」
「ああ、そのつもりだ」
 ノクトの言葉にデックは小さく溜息を付く。
「やはりこうなってしまうんだな。いつかはこうなると思っていたが……」
 前にデックに会った時、彼はすべては動き出していると言っていた。それは今の事なのかもしれない。
「なぁ、デック。聞いていいか?」
「なんだ?」
 ノクトは前を歩くデックを見ながら真剣な顔で話す。
「お前は今の状況をどう思っているんだ?お前は前の世界から生きているんだろう?」
「あぁ。ワシはオベロン王が生きていた時からずっと世界を見てきている」
 あの時はまだ髭も生えていなかったデック。彼はロビンを見て嬉しそうに笑っていた。
「そうだな……。ワシはティル・ナ・ノーグに長い間住んでいるが、少しも好きになれない。だが、生きていく為にはこれほど安定した場所はないと思っている」
「安定した?」
 ノクトが眉をひそめる。
「昔の妖精界には感情が溢れていた。笑いがあり、涙があり、怒り悲しみ、すべてがあった。感情があるから争いが起こる。感情があるから滅びてしまう」
 デックの声がだんだん暗くなっていく。
「しかし、ティル・ナ・ノーグには感情を抑制する魔法が掛かっている。だから決して争いが起こらないんだ。もうあの時の過ちは起こらないんだよ」
 悲しみに満ちたデックの声。きっと彼はあの時のことでとても悲しんだに違いない。
「だが、オレは感情を持っている。どこに魔法がかかっているというんだ」
 年老いたドワーフがフッと笑う。
「それは生まれた時からこの環境で生きているから気がつかないだけだ。お前がいくら憎しみに包まれようが、この世界ではそれが争いに変わる事はない」
「な……」
 この世界はたぶん理想の世界なんだと思う。感情が抑えられていて争いが起こらない。それは、無益な戦争を行っている私達の世界に必要なことかもしれない。
(でもそれは生きていて楽しいと言えるの?ただ生かされているようにしか思えない……)
「さぁ、ワシが案内出来るのはここまでじゃ。あとはお前たちで好きにせい」
 階段を一番下まで降り、大きな扉を開けてくれたデック。その先には驚くほど広い空間が広がっていた。またここに来るなんて私は思っていなかった。
「これが本体か……」
 私の横を歩くモルガンが呟く。
「なるほど。世界樹を作ったというわけか」
 私にはモルガンが言っていることがわからなかった。これが世界樹?要塞ではなく?
「何を言っているの?これが世界樹なの?」
「そうだ。この大きな要塞には魔力が循環している。その根源はわからないが、妖精の力を吸って、何かがあそこから力を吐き出しているのだろう」
 モルガンが指差す方向を私は見る。そこにはクリスタルの塔があった。
「そんなことが出来るのね……」
「あぁ。でもそれにはすごく大きな力と犠牲が必要だ……」
 私は小さなモルガンを見ていた。ロビンの傍にいた時の彼女はこんなに力に溢れていなかった。それなのに今はまるでロビンのような王の顔と声を持っている。
「モルガン、あなたには何でもわかるのね」
 私の視線にモルガンは軽く笑った。
「時間はたくさんあったからな。それに私は王を助けたくて必死だった。無駄だとわかっていてもな」
 果てしない時間。私には想像出来ない何百年という時間。その間、彼女は王の為に知識を手に入れていた。それが彼女を王にしたのかもしれない。

 要塞には前と同じように歩いてでは行く事が出来ない。私達の前には1匹のヒポグリフが待っていた。
「ありがとう、デック。お前はしばらくドリアードとどこかへ隠れていてくれ」
「ああ、わかっとる」
 ノクトはデックに別れを告げて、ヒポグリフに跨った。私もモルガンを抱いてノクトの後ろに跨ろうとする。
「そこのケット・シー」
 すると後ろからデックの声が聞こえてきたので私は跨るのをやめてデックの方を向く。
「お前を残して行ってしまってすまなかったな……」
 デックは私たちの方ではなく地面を見ていた。それはまるで顔向け出来ないと言っているかのように。そしてモルガンは腕の中で軽く笑う。
「何故謝る。お前が闇に飲まれる事は王の望みではなかったはずだ。だからこうして新しい世界で生きている事は喜ばしい」
「し、しかし……」
 そこには年老いて偉そうにしていたデックの姿はどこにもなかった。私の目の前にいるのは、オベロン王を慕っていたあの日のデック。
「デック。お前はお前の考えでここにいるのだろう?それを誰が咎めるのだ。私もお前が生きていて、こうしてまた会えることがとても嬉しいよ」
「モルガン……」
「それにお前は私達に手を貸してくれた。それでいいではないか」
 モルガンが私に目線を上げて頷いたので、私はそれに答えるようにヒポグリフに跨った。
 そしてヒポグリフは嘶きながら空高く舞い上がる。
「デックにはあなたがモルガンだって分かっていたのね」
 私は腕に抱くモルガンを見ていた。
「あぁ。あいつも長い時間生きているってことだな」
 途方もない長い時間。その時間はすべてを変えていた。同じものなんて一つもない。世界は変わってしまったから。
「さぁ、水晶の塔に直接行くぞ。ユーリ、しっかり掴まっていろよな」
「え、は、はい!」
 そして私達は、要塞都市イグドラ=シルの中心に2本立っているクリスタルの塔に向かってすごい速度で飛んでいった。あそこにティターニア王がいる。もしかしたらヤガーバもいるかもしれない。
(無謀な事をしようとしているのはわかっている。ロビン、私達を守って……!)



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