わたしの隣の魔法使い


第10章 闇王ヤガーバ
【その4】


 ティル・ナ・ノーグに足を踏み入れた私達。そこは相変わらず右も左も黄金に輝く世界だったけれど、今はもう、前に感じた特別な気持ちはどこにもなかった。広がるのはただの黄金色の世界。
「ここにもまやかしの魔法がかかっているのか。本体は別の所か?」
 モルガンがティル・ナ・ノーグをネコの小さな足でヒョコヒョコと歩いている。
「これって幻の世界なの……?」
 地面も感じる。草原も触る事が出来る。小川の水の匂いもする。それが幻なんて私には信じられなかった。でも確かにティル・ナ・ノーグの本当の姿はこれの地下に存在する。
「ああ、これは全てまやかしだ。ヤガーバは何を恐れているんだ?こんなにもまやかしをかけるなんて」
 モルガンの独り言のような呟き。
「恐れている?そうなのか?」
 ノクトは目の前の風景がまやかしということは知らなかったようで驚いた表情をしている。
「真意はわからない。でも恐れるものがないなら、こうやって壁を作らないはずだ」
 私は今でも自分が見ている風景が幻というのが信じられなかった。金色に光った草を何度も触る。でもやはりそこには存在していたし、魔法というのは何て不思議なんだろうと改めて思っていた。
「王子、お戻りですか」
 このまま素直にユグドラ=シルに入れると思っていなかったから、出迎えの声が聞こえてきても私は少しも驚かなかった。
 私達の前には金の刺繍が入った黒いローブを着た5人の人物がいつの間にか立っていた。王の側近のファト、セド、サイン、フォルス、フィフスだった。彼らははじめて会った時のように冷たい表情で私達を見ている。その顔にはロビンの近くにいた時にはなかった複雑な模様の刺青が入っていた。彼らは遥か昔からこの世界で生きている。
「しかし、私達はあなたをユグドラ=シルにいれるわけにはいきません」
 側近の一人から聞こえてくる声。冷たく単調な声。
「それはオレがジハナムに行ったからか?」
 前もそうだった。ノクトは彼らを見るとき、すごく嫌な顔をする。
「そうです。闇に触れた者を通すわけにはいきません」
「闇に触れた?触れたら一体どうなるというんだ?オレは少しも変わりがない」
 妖精が闇に触れると一体どうなるのか。それは私にはわからなかった。でもモルガンはこうして生きている。そしてノクトも私も体に変化はない。
「どうならなくても関係ないのです。私達はもう一切闇に関わるわけにはいかない。過ちを犯すわけにはいかない」
 女性の声が5人の中から聞こえてくる。
(サイン……)
 ロビンの側近だった短髪の美しい女性だったサイン。でも今はあの時の表情がどこにもなく、何も考えていないかのような無の表情。ただ口だけが動く。
「だが、オレは妖精が苦しんでいるのを見過ごす事は出来ないんだよ。なんでお前らは平気なんだ?」
 ノクトの苦しそうな声。
「見過ごす?それは違います」
「違う?何が違うって言うんだ」
 側近の一人が小さく笑う。
「見過ごすんじゃない。私達はとうの昔にあそこを見捨てたんです。それは今更覆される事はない」
「な、なんだと?お前らはそれで平気なのか?!仲間が苦しんでいるんだぞ?!」
 ノクトが側近達に食って掛かろうとするので、私はノクトの体を抑えた。まだ王にも会っていないのに、ここで終わるわけにはいかない。
「平気?平気ですよ。私達はもうとっくにそんな感情を捨ててしまったのですからね」
「な……」
 側近の答えにノクトは唖然とした表情をする。私もわかっていたけれど、やっぱり聞きたくなかった。
 私はヤガーバの言った言葉を思い出していた。『怒りや悲しみなんて世界にはいらないのです。むしろ感情がないほうが世界を少しも傷つけないでしょう』という言葉を。彼はこの世界を作る時に、それを実行したのかもしれない。
「それに王の命令で、もう人間をこの世界にいれないことになったんです。だからそこのあなたがいる限り、これより先には進ませません」
 側近の一人が私を指差す。その冷たい目線に私の体は少し固まった。長いローブの袖から見える手にもたくさんの刺青が入っている。
「じゃあ、王にだけでも会わせてくれ」
「それも許されません。闇を王に触れさせるわけにはいきませんから」
「なっ……」
 やはり簡単にはいかなかった。でもそれはわかっていた。私は自分の感情を必死に抑え、怒るノクトの体を止める。モルガンはずっと隣で静かに話を聞いていた。
「では私達はこれで。入り口の封印を解こうとしても無駄ですよ。もう王子は入る事が出来ませんから」
 そして消える側近の5人。私達はそこで立ち尽くしていた。
「ずいぶんと変わったな。あいつらも」
 ずっと黙っていたモルガンが口を開く。
「体に彫られた紋章は感情抑制か。ヤガーバは恐ろしい事をする」
 小さなネコはずっと何かを考えているようで、私達の周りをウロウロと歩き回っていた。
「でもこの世界を保つ為には当たり前の行動か」
 モルガンは誰に話しているわけじゃなかった。一人でブツブツと話している。そして思い立ったようにノクトに顔を向けた。
「王子、この世界の入り口はどこだ?」
「え?あ、ああ、こっちだ」
 モルガンに何か考えがあることを悟ったノクトは草原の中を歩いていく。モルガンも後ろから着いて行ったので、私も何も言わず着いていく。しばらくして、地面に扉が見えてきた。
 ノクトはしゃがみこんでその扉に手を当ててみるけれど、扉は動いてはくれなかった。
「あいつらが言った事は本当のことだったか。オレの魔法は受け付けないらしい」
 ノクトが何度呪文を唱えても、扉は少しも答えてはくれない。ノクトが諦めて立ち上がると、次にモルガンは扉に触った。しばらく何かを考えているようにモルガンは扉を触っていた。
「……開かなければ壊す事も考えたが、今の私には無理か」
「壊す?そ、そんなことを考えていたの?」
 モルガンは笑う。
「この先にいかなければ道は開かないのだろう?それならば無理やりでも開けなければならない」
 それはそうなんだけれど、そんな無理やり道を開いていいのか私にはわからなかった。
(でもこれを通らなければ先に進めないのよね……。カリバーンならこれを壊せるのかしら……)
 カリバーンは王の紋章を壊す事が出来る。だからこの扉ももしかしたら壊せるかもしれない。
「私もやってみる」
 私は左腕の銀の腕輪を優しく触る。
『聖剣カリバーン、出ておいで』
 そして私はカリバーンを元の姿に戻して構えた。扉を壊す事はきっとティル・ナ・ノーグの妖精全てを敵に回すこと。でも私は王に会わなければならない。だって私はカイトを助けたいから。諦めるわけにはいかないから。私は聖剣を振り上げる。
「え!?」
 しかしその時、私達の道を塞いでいた扉がゆっくりと開いていったので私は急いで動きを止めた。
「な、何なの?」
 私はもう少しで振り下ろしそうになった剣をゆっくりと戻していく。すると扉の中から一人の人物が出てきた。
「こんなことだろうと思ったよ。さ、お前たち、急いで入れ」
 中から出てきたのは顔中が髭で覆われている背の小さいドワーフのデックだった。



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