わたしの隣の魔法使い


第10章 闇王ヤガーバ
【その3】


「そういえば、ノクトはヤガーバって知っているの?」
 私はまたノクトに抱かれたまま空を飛んでいる。ノクトは背中の透明な羽根を静かに羽ばたかせている。さっきと違うのは私がモルガンを抱いていること。ティル・ナ・ノーグの場所を知られないため、私は彼女の目隠し役を仰せつかった。でも魔法使いにこんなことしても無駄なんじゃないかななんて思うけど、モルガンは少しも嫌がらず私の胸の辺りで丸くなっている。
「それが、オレはまったく知らないんだ。ヤガーバって奴」
「じゃあ、もういないってことなのかな……」
 ヤガーバはティル・ナ・ノーグを作った張本人。そしてロビンの命を奪った人。
「そんな簡単にあいつが死ぬとは思えない」
 口を挟んできたのはモルガンだった。
「ヤガーバは昔から野心を持った奴だった。だから自分の世界を手に入れてこの世を去るなんてことは絶対にありえない」
 モルガンの言葉には憎しみがこもっていた。
「そうなんだ……。でもノクトが知らないっことはどこにいるんだろう」
「さぁな。よっぽど恥ずかしがりやなんだろうよ」
 ノクトの口から出る冗談。でも顔はとても真剣だった。ノクトも前に進もうとしている。
「ノクト……」
 私はノクトを見つめた。
「ん?」
 私の視線に気がついたのか、ノクトは目線を私に落とした。
「本当にいいの?私がこれからやろうとしてることは、あなたの世界を敵に回すかもしれないよ?」
 私の言葉にノクトは軽く笑う。
「今更そんなことかよ。じゃあなんてオレはティル・ナ・ノーグにユーリを連れて行っているんだ?モルガンを連れて行っているんだ?」
「そうなんだけど……」
「ユーリ、いいか?オレは自分の思った通りのことしないと気がすまない性格なんだ」
 ノクトはまた視線を飛んでいる方向に向けながら話を続けた。
「カイトの存在を知ったとき、オレは他の奴らの反対を押しのけ、人間界に会いに行ったんだよ」
「え?そうなの?」
「まあ、今思えば、俺がフェアリー・ドロップを持つ人間と関わる事は厄介なことだったんだろうな。でもあの時オレは人間という妖精とは違う種族と知り合ってみたかったんだ」
 妖精の王子なのにノクトはいつもカイトや私を助けてくれる。
「あいつは最初、すげー無愛想だった。自分以外とあまり関わり持ちたくなかったんだろうな。でもオレはしつこくカイトに付きまとったよ。だから今じゃあいつは大切な友達だ」
 ノクトの表情が一瞬悲しく浮かんだ。カイトが命を消そうとして悲しんでいるのは私や芽衣だけじゃない。ノクトだって顔には出さないけれど、きっと苦しんでいるに違いなかった。だから私達をティル・ナ・ノーグに連れて行ってくれる。二つに分かれてしまった妖精の世界をどうにかしようとしている。カイトを助けようとしている。
「オレがジハナムに行った事はとっくにばれているだろうから、ティル・ナ・ノーグに入った時点で向かえがくるだろうな」
「そう……だね」
 でもそれは計算の上。真実を知って無事で帰れるとは思っていない。でも私はロビンの力を持っている。この力で私は彼らに対抗しようとしている。それがどんなに無謀なことかわかっていても、私はあそこに足を踏み入れる。
「さ、降りるぞ。しっかり掴まっていろよな」
 ノクトは急降下をはじめたので、私はモルガンをしっかりと抱いた。小さなネコのモルガン。静かに動かずに私の胸に抱かれている。
 そして私達は深い森に降り立った。深くて暗い世界。果てがないかのようにどこを見ても深い森が広がっていた。そしてすぐにノクトが歩き出したので私は後ろを着いていく。モリガンも今はもう自分の足で歩いていた。
「オレはティル・ナ・ノーグがすべてだと思っていた。あの世界が当たり前だと思っていた。それなのに、それは全部偽りだったんだな……」
「うううん。それは違うよ、ノクト」
 ノクトが小さく呟いたので、私はそれに答える。
「ティル・ナ・ノーグだって立派な妖精の世界だわ。どんな誕生の仕方だったとしても、あなたや他のたくさんの妖精にとっての故郷。だってあそこはあんなにも美しい」
 私がはじめてティル・ナ・ノーグに足を踏み入れた時の感動。それは今でも覚えている。美しい草原に囲まれて、この世ではないと私は思った。
「でもその人たちに知って欲しいの。闇の世界ジハナムは決して悪い妖精が住む所じゃないということを。故郷はもう一つあるんだってことを」
「ユーリ……」
 今まで黙っていたモルガンが小さな体を私に向けていた。悲しい表情で。
「もちろんわかっているけどね。闇の世界を簡単には受け入れてくれないということを。だからこそ私はティターニア王と話がしたいの。長い時間を経て、王は何を思っているのか」
「そうだな。オレも知りたい」
 そしてノクトが足を止めたので、私とモルガンもそこで止まる。目の前には深い森しか見えていないけれど、そこはティル・ナ・ノーグの入り口。
「まやかしの魔法か。妖精はもう人間を一切中にいれていないんだな」
 モルガンの言葉にノクトは頷く。
「そうだ。この中にはもう人間は入る事が出来ない。魔法を持ったものではないとな」
 そう言いながらノクトはあるものを手に持っていた。それは小さな布袋。
「時の砂?」
 それは以前ここに来た時に、外の時間と中の時間を合わせる為にノクトが使ってくれた魔法。
「そうだ。それだけじゃないけどな」
「え?」
 そしてノクトは私とモルガンにその粉を吹きかけてくれた。
「これでユーリの体は少し魔法を帯びているはずだ。今は普通にこの中に入れるはず」
「そんなものがあるんだ……」
「まあ……また制限つきだけどな」
「そっか」
 永遠に続く便利なものはないとしても、やはり魔法はなんでも可能にしてくれた。だから私は魔法がいつかカイトを助けてくれると今でも信じている。
「さて、準備はいいか?」
 私は一回深呼吸をして大きく頷いた。モルガンも私の横で小さく頷いていた。

 私達3人は人間の世界から妖精の世界への境界線を越えて前に進んでいく。そして私達は妖精界ティル・ナ・ノーグに再び入っていった。



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