わたしの隣の魔法使い


第10章 闇王ヤガーバ
【その2】


 カイトの家に着いた私達を迎えてくれたのは芽衣だった。
「結李、おかえり」
「ただいま、芽衣」
 私達はもう睨みあったりしない。敵意も向けない。芽衣は私を笑顔で迎えてくれたので、私もそれに答えるように笑顔になる。でもすぐに私は悲しい顔を芽衣に向けた。
「ごめん、芽衣。まだカイトを助ける方法は見つかってないんだ……」
 そんな私に芽衣は優しい表情をしてくれた。
「そう……。でも結李は頑張っているんでしょ?」
 私は頷く。
「ならいいよ。私は結李を信じているし」
「芽衣……」
 私は芽衣の優しい心に触れて胸が詰まる。その温かい心に無性に泣きたかった。声に出して泣きたかった。でも今はそれは許されない。

 私達はリビングに通され、それから私は自分が体験したこと知ったことをすべて芽衣に話した。普通の人なら絶対に信じてくれない事も、芽衣は静かに聞いていてくれた。そして何度も真剣に相槌を打ってくれた。
「私は石は受け継がなかったけど話はお爺ちゃんから色々聞いていた。でも結李が言っている事は初耳のことばかりだわ……」
 それは当たり前だった。これはカイトでさえ知らない真実。
「私達は騙されていたのね。利用されていたのね……」
 私はまた頷く。そう、アンはヤガーバによって利用され、その末裔であるカイトは命を落とそうとしている。フェアリー・ドロップは人間に魔法を持たせる事ができるけれど、その代償として命を吸っていく。それは良い妖精の為に使っていたはずなのに、真実はまったく違っていた。カイトがこれを知ったらどんな顔をするんだろう。優しいカイト。私は本当はあなたにこれを知って欲しくない。
「……ねぇ、芽衣。カイトはまだ眠ったままなの?」
 私はここにゆっくりしているわけには行かなかった。カイトの命はいつ消えてもおかしくない。だから私は一刻も早くティル・ナ・ノーグに行かなければならない。
「ええ。ずっと眠っているわ」
 芽衣の寂しい顔。私は胸が痛くなった。
「少し……会ってもいい?」
「ええ。もちろんよ」
 無理に笑顔を作る芽衣。それが私にもすぐわかった。でも私も芽衣の笑顔に笑顔で答えた。お互いが見せる悲しい笑顔。
「ありがとう。じゃあちょっと行ってくるね」
 カイトは彼の部屋で眠っている。私は立ち上がってリビングを出て行った。一瞬芽衣に視線を落としたけれど、彼女はこちらを一切向かなかった。

 カイトの部屋の前。中からは声も物音も一切聞こえてこない。私はそっと部屋のドアを開ける。
 何もない殺風景なカイトの部屋。窓から薄暗い光が差すだけで、他にはカイトが眠るベッドしかなかった。私はゆっくりカイトに近づいていった。カイトは白い髪の毛のままその場で深い眠りについている。それはもう命の炎が消えそうな証拠だった。
「カイト、久しぶりだね。いつ以来かな……」
 カイトと最後に話したのは、エルドラドランドに行ったの日の夜。それはもう遥か昔に感じられた。あんなに毎日一緒にいたのに、今は彼がこんなにも遠く感じるのがとても寂しかった。怖かった。このまま消えてしまうんじゃないかと私はとても不安だった。
 そして、私はベッドに座ってカイトの顔に触れる。美しいカイトの顔。でも今の彼は決して私に微笑んでくれない。彼からは静かな寝息は聞こえるけれど、体はとても冷たかった。まるでもう命がここにないかのように。
「私はあなたに出会って、本当に色々な事が周りに起こるようになったよね」
 出会いは突然だった。
『ごめん。本当にごめん』
 あなたが初めに私にいってくれたのは謝罪の言葉だったよね。
『でも言えないこともあるっていうのもわかってもらえるかな?』
 あの時はあなたが魔法を使えることも、妖精がこの世界に存在することも全然知らなかった。
『僕は滝沢海斗。よろしくね、ユーリちゃん』
 そうそう、はじめは私のこと『ユーリちゃん』って呼んでいたよね。
 それは本当に昔に思える記憶。もう何年も、何十年も。でもよく考えるとまだそんなに時間は経過していないことに私は笑う。
「今までの人生は何だったのと思えるくらいすごい時間だよね」
 私はカイトとぶつかって体にロビンの命の欠片を貰ってしまってから、運命ががらっと変わってしまったんだ。
「何も残さないように静かに生きてきたのに。全部あなたのせいだからね……」
 何度も何度も色々な場所に移り住む運命だった私。友達もその場でしか出来ず、いつも心は一人だった。でもこの場所に来て私はかけがえのないものを手に入れてしまった。無くしたくないたくさんのものを。
「ねぇ、聞こえている?私の声、届いている?」
 眠ったままのカイト。彼はいつも私を助けてくれて、いつも私を楽しませてくれて、私はあなたと一緒にいるのがとても好きで、あなたに婚約者がいると知っていてもあなたの傍にいたかった。
 でも私はあなたの命を縮める存在だった。だからこうして触れてはいけないのはわかっている。もうここにいてはいけないのもわかっている。それでも私はあなたを愛してしまった。
「カイトの声、聞きたいよぉ……」
 優しくて温かいあなたの声。私はそれを聞くだけで元気になれる。不安なんかどこかへ飛んでいってしまう。少しだけでいいの。ほんの少しだけでいいの。
「カイト……カイト……」
 でもそれさえも私には許されない。ここで起こすことは彼の命を縮めてしまうこと。だからこれ以上声はかけられなかった。私は彼の体を思いっきり揺らして起こしたくなる衝動を必死で止めた。大きな声で泣きたくなる気持ちを必死でこらえた。まだ何も解決していない。だからここで泣くわけにいかないんだ。
 そして私は一回頷いて、ベッドから立ち上がりカイトを見下ろす。誰かが部屋に入ってきたというのに彼は少しも動かない。動いてくれない。
「……カイト、私、もう少し頑張ってくるね。きっとあなたを助けてみせるから」
 私は動かないカイトにそう言いながら、自分の心に気合いをいれる。そしてカイトの部屋を出て行こうとする。

『ユーリ』

 その時、私の耳に私を呼ぶ声が聞こえてきたので、私は足を止めた。それは懐かしくて温かい声。私が何度も求めたあなたの声。でも私は泣きそうな心を必死に抑えて、それに振り返らず前に進もうと決めた。今振り返ってはいけない。ここで信念を曲げるわけにいなかったから。

(ありがとう。それだけで十分。カイト、私、頑張ってくるから)

 誰よりも愛しいカイト。私はあなたがいるから頑張れる。あなたがいるから前に進める。だからお願い。私が帰ってくるまで絶対にその命を消さないで。



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