わたしの隣の魔法使い
第10章 闇王ヤガーバ
【その1】
私の夢に度々出てくるロビン。はじめはそれが一体誰なのかわからなかった。ただの夢だと思っていた。しかし色々な事がわかっていく度に、彼が妖精王ということがわかって、彼の残酷な過去を知ることになった。何故カイトではなく私の夢の中に彼が出てくるのか。それは私の体の中にロビンの命が流れているから。フェアリー・ドロップは妖精王の涙ではなく、ロビンの命そのものだった。
私は真実さえ知ればカイトを救えると思っていた。真実の中に答えがあると思っていた。でも見つけたのは妖精の世界の悲しい過去だけ。私は一体どうしたらカイトの命を救う事が出来るのだろう。
「ここは一体……」
私はまだ世界樹の足元でロビンを抱いたまま悲しみに暮れている。悲しくて切なくて苦しかった。この空間があの時のままだということも私にはとても辛くて、もう少しはやく来ていればロビンが助かったのではないかと錯覚してしまう。
そんな王の為の空間にモルガンが初めて足を踏み入れる。
「……ユーリ、それは……その方は……」
気がつくとモルガンが私の後ろにいた。モルガンの後ろにはノクトもいる。水の音はしなかったので、この空間を飛び越えてきたのかもしれない。
「モルガン、オベロン王だよ。あなたの王……」
私は抱きしめるロビンをモルガンの方に向ける。でももうロビンは動く事もなく、話をすることもない。
「……本当に王なのか?」
モルガンの顔が悲しみに染まる。そこには闇の国ジハナムの女王ではなく、ロビンの御付きのモルガンがいた。
「そうだよ……。本当にこれがオベロン王なんだ……」
私はロビンのもう覚める事もない顔を眺める。それはあんなに残酷な最期を迎えたのにとても安らか。
「あぁ……あぁぁ!」
モルガンが私の隣に座り込み、ロビンの顔を両手で触る。もちろんもう温もりは感じられない。
「探していました。長い時間ずっと探していました。それがこんな所にいらしたなんて……。あぁ、王……王……」
モルガンの頬にたくさんの涙が伝う。彼女はきっと王が刺されたあの場所をきっと何度も探したに違いない。でも彼女にはここに入る事が出来なかった。この場所の存在さえ知らなかった。
「やっと見つけた。やっとあなたのお傍にくることが出来た……」
モルガンの悲しみが広い空間に広がる。私もそれに共鳴するように瞳から大粒の涙が流れる。ずっと会いたかったけれど会うことが出来なかった愛しい人との再会。それがこんな形になるなんて。
「ユーリ……」
長い時間、彼女はもう動かない王に話しかけてきた。たくさん涙を流していた。
「お前は王の最期まで見てきたんだな……」
私は頷く。
「ねぇ、モルガン。あれからどうなったの?あなたはフェアリー・ドロップを追っていったはずなのに、何故ジハナムの王になっているの?」
モルガンは顔を上げて、私の顔を見つめた。今はもうモルガンの顔には闇の国の女王としての表情はない。
「私はあれからヤガーバを必死で追いかけた。この方の命を取り戻そうと」
モルガンは遥か昔の記憶を話し始める。
「しかし、ヤガーバは王の命を人間に渡してしまったんだ」
「人間……?」
「私がヤガーバを追いかける事は、彼には計算ずくだったんだろう。私が人間を殺せないこともな。だからその為に人間を使い、魔力と魔剣を与えた」
私は嫌な予感がする。人間に渡ったロビンの命の石、それは……。
「だから私がその人間の所に行った時、こう言われたよ。『お前か、オベロンを苦しめている妖精というのは。私が退治してやる』ってな」
オベロンを知っている人間。私の頭にはある人物が浮かんでいた。
「ねぇ、その人間ってもしかして……」
「そうだ。オベロン王の友達であったアンだよ」
「……そんな」
アンは魔法を使いたいといっていた。それがどうやってヤガーバの耳に入ったのかはわからない。でも妖精界から自分を追いかけてくる敵を排除するにはとてもいい材料だったに違いない。それをヤガーバが見逃すはずもない。上手く言葉を操って、彼はアンに魔法を持たせた。
「そして姫によってこの世界には結界が施された。だが姫の結界はオベロン王のように完全ではなかったんだ。不完全な結界の隙間から邪悪なものが出てきて、新しい妖精の世界に危害を加えないとも限らない。その為にヤガーバは人間を使ったんだ。私だけでなく、あいつの世界を守る為にな」
モルガンの言葉は少しずつ静かになっていく。
「そして私はこの世界に閉じ込められ、闇に飲まれた。闇の飲まれた妖精がどうなるのか誰にも分からなかった。だが私は次の起きた時、自分が生きている事に驚いた。もしかしたらこのラタトスク城が守ってくれたのかもしれない。そして必死にこの世界を救おうとしているうちに王となったんだ」
私はそこであることを思い出す。
「で、でも。私はこの世界を知ってから、ジハナムは結界を消す為にフェアリー・ドロップを追っていると聞いた。ジハナムの妖精達もそう言っていた。それは何でなの?」
モルガンはフッと笑う。
「あれからとても長い時間が流れ、真実はいつの間にか闇に葬られてしまった。偽りの真実がこの世界には生まれてしまった。それにこの世界に長い時間いると、心が犯されてしまうんだ。自分が自分でないような気がしてくる」
「モルガン……」
「たしかに私もお前を追った。いつのまにか王の命さえ手に入ればこの絶望がどうにかなると思っていたんだろうな。それだけオベロン王は光に包まれた存在だったんだよ……」
悲しい表情でロビンを見つめる彼女の姿がそこにはあった。
「でももちろん、外へ出て王の力を持つ人間に敵うなんて思ってはいなかったよ。無駄なこともわかっていた」
「え……?じゃあ、あなたは妖精が石を持った人間に倒される事を知ってもそれを止めなかったの?」
「ああ、そうだ。もしかしたら石を持って帰ってくるかもしれない。もしかしたら人間が石を渡してくれるかもしれない。私は無駄な期待を長い間持っていた。まあ、結果はこうだけれどな」
犠牲になった妖精達。私はそれを彼女に攻め立てたかったけれど、モルガンの悲しい表情を見て何も言えなかった。言ってはいけないような気がしていた。
「でもお前が聖剣カリバーンを持っているのを見た時、何かが変わる気がしていた。だから私はお前をここに呼んだんだよ」
「モルガン……」
ロビンに刺さったままのカリバーンは色をなくして灰のような色に変化をしていた。この空間で唯一変わった所はこのカリバーンの姿だけだった。
「ねぇ、モルガン。私はもう一度ティル・ナ・ノーグに行ってみようと思うの」
「ティル・ナ・ノーグに?」
「うん。私に何が出来るかわからない。力だって全然ない。でも私はロビンに言われたの。この悪夢を断ち切ってくれと」
「ユーリ……」
私はノクトを見つめる。
「全ては繋がったの。私は妖精王ティターニアに会いたい。連れて行ってくれるよね?」
ノクトは私を見て頷く。
「当たり前だ。俺もこんな悪夢断ち切りたい」
ノクトが私に手を差し伸べてくれたので、私はロビンの体をモルガンに渡してノクトの手を取る。その温かな手の温もりに彼の心にはロビンのような光があるのかもしれないと思っていた。ノクトがティル・ナ・ノーグの王子だとしても、私は彼を信じている。
「ユーリ!」
ノクトが羽根を出して飛び立とうとした時、モルガンが私達を止める。
「私も連れて行ってはくれないか?」
「え?」
それは意外な言葉で私はとても驚いた。
「だが、ジハナムの女王をティル・ナ・ノーグに連れて行くなんて……」
ノクトが声を詰まらせる。
「大丈夫だ。私は何もしない。第一、外ではケット・シーの姿でしか動けないしな」
ティターニア王の結界は完全ではない。それでも力の強い妖精はこの闇の世界から外へ出る事は出来なかった。だからモルガンは力を弱めて外へ出る事が出来る。
彼女の目は真剣だった。ノクトは少し考える。
「お願いだ。私はこの目でティル・ナ・ノーグという所を見てみたい。オベロン王の命と引き換えにした世界を見てみたいんだ」
彼女の悲しい言葉に私はノクトの方を向く。
「私からもお願い。もし彼女が何かするようだったら、私が止めるから。ね、ノクト、お願い」
ノクトは私の顔を見て、小さく溜息を付いた。
「……わかった。その代わり、場所は教える事は出来ない。それでいいな?」
モルガンの表情が少し明るくなった。
「感謝する。妖精の王子よ」
そして私達は闇の国ジハナムを後にする。今はもう入った時に恐怖や恐ろしさは少しもない。ただ悲しみだけが残っていた。
「ノクト、ティル・ナ・ノーグに行く前にカイトの所に寄ってほしいの」
その前に私はカイトに会いたかった。どうしても彼の顔が見たかった。
「わかった」
ノクトは私を抱きながら空を飛んでいる。その横を黒いネコの姿をしたモルガンも飛んでいた。
「モルガン、ちょっと寄り道、いい?」
「わかった。私は着いていく」
そして私達は進路を変え、カイトの家へと向かっていった。
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