わたしの隣の魔法使い
第9章 真実
【その12】
静かになった廊下に座るロビンと私。ロビンの魔法によって体が透明になってしまった私は、ロビンにさえその存在を気づいてもらえなくて、彼はたった一人で死と戦っていた。私はそれがあまりに辛くて、何度も魔法が解けてと願ったのだけれど、私の願いは聞き入れられなかった。
「結李、まだいるのか?」
(いるよ!私はここにいるよ!)
ロビンの震える声に私は何度も大きな声で答える。しかしロビンは私がいる方を向いてはくれなかった。
「なぁ、結李。俺は結局たくさんの妖精を裏切ってしまったんだな」
でもロビンは私に向けて話を続けてくれた。もう見えていないとしても、私は彼の前に座って彼の声に耳を傾ける。
「どれくらいの妖精が残されるのかわからないが、きっとたくさんの妖精が闇に飲まれてしまうんだろうな。それを阻止することも、妖精すべてを守る事も出来なかった」
ロビンはフッと小さく笑った。
(ロビン……)
「俺は王失格だな……」
私は自分の姿が彼に見えなくても大きく首を横に振った。
(違う。あなたは王失格なんかじゃない。こうして役目をきちんと果たしている。王としても兄としても)
闇の飲まれようとしている世界。そこから逃れる為のヤガーバの策。それは決していい条件ではなく、犠牲になる妖精達もたくさんいた。王ならばまずは自分の身を守る事も考えられただろう。しかしロビンは闇の飲まれる妖精達と同じ末路を選んだ。もちろんそれは最良の決断じゃないかもしれない。でも私はそんなロビンが優しくてとてもいい王だと思っている。
「さて、そろそろ時間だな」
(え?)
私はロビンが急に立ち上がったので驚いた。命もなく体の血もほとんど流れてしまったのに、彼はまだ動く事が出来る。しかしとても弱い動きだった。支えてあげられない自分が悔しい。
(ロビン?どこへ行くの?)
「俺は母の前で命の炎を消したいんだ……」
聖剣カリバーンを杖代わりに一歩一歩ゆっくりと前に進むロビン。彼は王の部屋の扉を開けて中に入っていった。私も一緒に中に入る。そしてロビンはカリバーンを掲げた。
『我をあなたの元に導きたまえ』
ロビンは小さな声で言葉を紡ぐと、突然部屋の中のどこかから大きな音が聞こえてきた。
(え……?)
私はその音が部屋の壁の一部が動く音だと気がついた。壁の向こうには下へ通じる階段が見える。
「ここは王しか入れない間だ。もちろん人間で入るのはお前が始めてだな」
(そう、なんだ……)
まるで私と会話をするように話すロビン。私はもう自分が見えていないということを考えるのをやめた。私はロビンの傍にいて、彼の最期までの時間を一緒に過ごしたかった。
そして私達は地下へ続く階段を降りていく。何段も何段もゆっくりと降りていく。ロビンはカリバーンを支えにして降りているため、地面と金属が当たる音が大きく響き、階段にはその傷がたくさんついていた。
どれくらい下に降りてきただろう。一番最後の階段を降りた時に、大きな広間に出たことに私はとても驚いた。
(すごい……)
そこはとてもとても大きな地下空間で、一面の美しい湖のような水面が広がっていた。そして蛍のような光の粒がたくさん飛んでいる。その真ん中には大きな樹の幹が立っていて、とても太い幹は長い時間そこを守っているように私には思えた。
妖精の母なる樹イグドラシル。地上では決して見ることの出来ない彼女の姿がここにはあった。
「イグドラシル……あなたの足元で眠ってもいいだろうか?」
ロビンはゆっくりと樹の根を守るような水の中に体を沈めていく。そして世界樹の方へと歩いていった。
(ロビン……)
美しい青い水がロビンの血によって少しずつ濁っていく。しかしロビンは世界樹の元にゆっくりと向かっている。
「母上、俺を許してください。本当はあなたを守りたかった……」
ロビンは辛い顔をして世界樹を見ていた。その金色の瞳からは涙が流れる。
「妖精達を守れず、母を守れず、俺は世界を見放した。そしてこの悪夢は未来永劫続くかもしれない。何故こんな辛い思いをしなければならないのですか?これが俺の定めなのですか?」
しかし世界樹は答えてはくれない。静かな空間には音さえも聞こえてこなかった。
「こんなことなら普通に生まれたかった。普通の妖精として過ごしたかった。何故俺は王として生まれなければならなかったのでしょう……」
答えの出ない疑問。
「でも信じています。あなたがこの世界を見捨てていないことを。いつかきっと、あなたはすべてを守ってくれる……」
ロビンは世界樹の根元にたどり着き、世界樹を背に太い根に座り込んだ。そして聖剣カリバーンの刃を両手で持ち、その黒い刃を血が流れる腹のあたりに持っていく。
(ロビン……?何をするの?)
「結李、俺はずっとここにいる。ここでお前が来るのを待っている。お前がこの悪夢を断ち切ってくれ……」
再び聖剣カリバーンは妖精王オベロンの体を貫いた。今度は自らの手によって。刃の先は後ろの世界樹まで達している。
(ロビン!!)
私は思わずロビンに手を伸ばす。もう触れられなくても触れたかった。助からなくても助けたかった。しかし、そこで私の視界に霧がかかっていくことに気がつく。それは夢から覚める時に見る現象と私は知っていた。
(駄目!まだ駄目!ロビン!ロビン!)
しかしもうロビンは何も話してはくれない。動いてもくれない。
(ロビン!ロビン!!いやーーーー!)
そして私はこの長い夢から現実へと戻っていく。真実という名の長い夢。それはとても残酷でとても悲しかった。
「ユーリ、おかえり」
目が覚めると、寝る前と同じようにノクトがベッドの横に座っていた。私は体を起こして周りを見渡す。そこは朽ち果てたけれど、たしかに知っている部屋だった。
(ロビン……)
私は今までロビンとこの部屋にいた。夢を見る前はわからなかったけれど、今ならここがどこかわかる。だって懐かしいと思えるほど時間は立っていない。外の廊下で彼は血に染まり、そして命を失った。私は苦しくて胸を押さえる。
「ユーリ?大丈夫か?」
ノクトが心配して声をかけてきてくれたのは分かっていたけれど、私はそれを無視するようにベッドから立ち上がった。
「ユーリ?」
そして私は銀の腕輪に触れる。
『カリバーン、お願い、出てきて』
私の言葉に聖剣は姿を元に戻す。私のカリバーンは血には染まっていないけれど、ロビンの悲しい表情が思い出される。そして私はカリバーンを掲げてある呪文を唱えた。
『我をあなたの元に導きたまえ』
私が呪文を唱えると、大きな音と共に部屋の一部が動き出した。すべてあの時と一緒。私は部屋の動きが止まる前に走り出す。
「ユーリ!!」
長い階段、階段の一段一段に付いた刃の傷。すべてがあの時と一緒で私は苦しくなる。でも私はあの時、この階段を踏む感触を感じることなく降りていった。でも今は感じる事が出来る。
そして最後の階段を降りると、大きな広間に出た。大きな世界樹の幹が目に入ってくる。もう何百年もたっているのに、ここは少しも変わっていない。闇にも飲まれていない。あの時のまま、そのままで残っていた。
「どこ……?どこなの……?」
私は水の中に入っていき、ロビンが最期を迎えたあの場所を探す。しかし水の抵抗は強くてなかなか前に進めなかった。こんな重い水の中、深い傷を負ったロビンは母に会いにいったのだ。私は必死に涙をこらえながら前に進む。
そして足に樹の根を感じるようになり少しずつ水位が下がっていったころ、視界にあるものが入ってきた。
そこに誰かが座っている。私はそれを見て、瞳にたまった涙が流れ出す。
「ロ……ビン?」
それは体を剣で貫かれて世界樹を背に座っている妖精の亡骸。長い時間が流れたのに、さっき命の炎を消したようにそのままの姿で、そこで私を待っていてくれた。私は急いで彼に駆け寄り彼を抱きしめる。
「ロビン!あぁ、ロビン!」
無駄だと分かっていても私は大きな声で彼に声をかける。やっと触れる事の出来たのに、その時にはもうこんな姿に変わっていた。さっきまで元気に笑ってくれていたのに、楽しく話してくれていたのに、彼はこんな姿に変わってしまっていた。もう二度と動く事はない。
「ロビン……」
私が生まれる遥か前からずっとロビンはここにいた。その途方もない長い時間の中、彼はずっと一人で私を待っていてくれた。
「ロビン、ただいま。長い間一人にしてごめんね……」
カイトを助けたい一心で私は夢の中に飛び込んだのに、その真実があまりに大きすぎて胸が張り裂けそうだった。ロビンが私に教えてくれなかった事、ティル・ナ・ノーグの妖精が知られたくなかった事。それを私は知ってしまった。
(カイト、私どうしたらいいの。私は何をしなければならないの?)
<< 前へ
戻る
次へ >>