わたしの隣の魔法使い


第9章 真実
【その11】


(ロビン!ロビン!!)
 私は急いでロビンのもとに駆け寄る。しかし私の体はすでに完全に透明になっていて、ロビンの体に障ることは出来なかった。いくら大声を出してもロビンはこちらを振り向くことはない。辛うじて立っているロビンは今にも倒れそうで私は彼の体を支えてあげたかった。でもどんなに願っても私が彼の体に触れる事は出来ない。傷口から真っ赤な血がカリバーンを伝って少しずつ床に零れ落ちる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 ティターニア姫の小さな体が震えている。
「ヤガーバになにかされたのかい?」
 ロビンの声はとても穏やかで優しい。
「こうしないとエアリエルが……エアリエルが……」
 姫の大きな瞳から流れる大粒の涙。ロビンは手を伸ばしティターニア姫の頭に優しく手を置いた。
 聖剣でしか命を奪うことが出来ない王。しかしヤガーバに聖剣は扱えない。だから彼はこんなにも無垢な姫にこの役目を託したのだろう。エアリエルというティターニア姫の大切な人を使って。
「そうか。お前は優しい心の持ち主だね」
「兄様……ごめんなさい……」
「いいんだよ。これが正しい選択なんだ」
 そこでロビンは体に刺さったカリバーンを苦痛の表情を浮かべながらゆっくりと抜く。聖剣にはロビンの赤い血がべっとりと付いていた。そして体から大量の血液が流れるので、それを片手で抑える。
「兄様!」
 ティターニア姫も一緒にロビンの傷口を両手で押さえる。姫の美しい白いドレスが赤く染まっていく。
「ティターニア良く聞くんだ。これから何があってもお前は強く気高い王になるんだ。決してヤガーバに屈してはいけないよ」
「でも、私は兄様がいないと……」
 ロビンの体が今にも倒れそうなのが分かる。私はどうしようも出来なくて彼の後ろで泣くしか出来なかった。
「大丈夫、お前は俺の妹だろう?俺を助ける為に沢山勉強したんだろう?」
「うん……」
 ティターニア姫の辛そうな表情にロビンは本当に優しく微笑む。目の前の少女は自分のことを刺し、今にも命の炎が消えそうなのに、その罪を少しも感じていないように彼の表情は穏やかだった。
「だったら大丈夫だ。それにエアリエルが助けてくれる」
「……」
「エアリエルはいつもお前を助けてくれるだろう?」
「うん……」
「だったらお前は彼を信じて立派な王になるんだ。わかったな?」
 ロビンを見ながらティターニア姫は小さく頷く。彼は小さな彼女の頬を伝う涙を拭いながら、愛しい表情でたった一人の妹を見ていた。
「ティターニア様!」
 その時、廊下の奥の方から大きな声が聞こえてくる。
「エアリエル!!」
 それは薄い緑の髪をなびかせたエアリエルだった。姫は彼を見るなり、走って抱きつく。
「エアリエル!私……私!」
 真っ赤な血に染まったティターニア姫の手や体。それを見たエアリエルはロビンの方を向く。そこには真っ赤な血に染まった王が立っていた。
「あぁ、オベロン王!こんなことに……こんなにことになるなんて!」
 ロビンを見た瞬間、大きな涙がエアリエルの瞳から流れる。
「僕のせいで……僕のせいで……!」
 ティターニア姫を抱く小さなエアリエルの体は明らかに震えていた。その後ろから数人の人影がこちらに近づいてく。
「おおっと、まだ死んでもらっては困るんだよ」
 その中の一人にあのヤガーバがいた。ヤガーバは神父のような黒く白い模様の入った衣装を身にまとっている。その後ろには3人の騎士を連れていた。
「ヤガーバ……」
 ロビンの声は震える。こんなにも血を体から流してまだ立っていられるのが不思議なくらいだったけれど、彼はまだ傷を押さえながらヤガーバを睨んでいる。
「お前もわかっていただろう。こうなることが」
 もう死ぬ寸前の王を前にヤガーバは笑顔だった。
「これで本当にお前は妖精達を導いてくれるんだろうな?」
 もう動く事は出来ない。剣を振るう事も出来ない。でもロビンの声は鋭くて敵意があった。
「あぁ。それは約束しよう。俺もこのまま闇の飲まれたくはないからな」
 一歩一歩ヤガーバはロビンに近づいていく。
「オベロン王!!」
 その声にそこにいた皆が振り向く。そこには恐怖の表情を浮かべたモルガンが立っていた。
「い、一体これはどういうことなのです?!な、何なのです!」
 モルガンは目の前の状況がつかめていなくて声が震える。
「モルガン!そこから動くな!!」
 ロビンはモルガンに向かって大声を上げる。すると傷口から大量の血が噴出した。そして床に座り込む。
「王!オベロン王!」
「動くな、動くなよ、モルガン」
 ロビンはモルガンまでも巻き込みたくなかったのだろう。こちらに来ないように命令する。もしかしたらロビンが魔法を使ったのかもしれない。モルガンはそこから動けないという表情をしていた。
「美しい部下への愛だな。ふん、胸糞悪い」
 ヤガーバは王の前で座り込む。そしてロビンの胸に手を当てた。
「な、なにをするつもりだ……」
「なに、お前の魔法をちょっと借りるだけだよ」
 ロビンはヤガーバの言葉に何かを思い立ったようで、驚いた表情を見せる。
「お前、まさか……」
 そしてヤガーバは何かを唱え始めた。するとロビンは苦しそうな表情をする。
「うわああぁ、や、やめろ、やめろ、ヤガーバ!」
 しかしもうロビンには彼に抵抗する力は残っていなかった。ロビンがヤガーバの手を握ってもそれ以上動かす事は出来ない。
 そしてロビンの体の中から一つの強い光が現れる。
「信じてはいなかったが、本当にこんなことが出来るんだな」
 ヤガーバはその光を手に取り、また笑みを浮かべた。
(え……?)
 ヤガーバは手に取った光はだんだんと弱くなっていき、彼の手の中に一つの石が残されていた。
「これが生命の石か。妖精王のみが生み出せるという奇跡の石。この目で見れるとは嬉しいことよ」
(何……生命の石って?あれって、フェアリー・ドロップじゃないの?)
 ロビンの体から出てきた石。それはカイトが持っていたフェアリー・ドロップだった。私はこの石は妖精王の涙から出来たと聞いていた。でも実際は違っていた。
 フェアリー・ドロップは妖精王の、ロビンの命そのものだった。
「さて、これで準備は出来た。お前たち、行くぞ」
 ヤガーバは立ち上がり、廊下を歩き始めた。その後ろから3人の騎士も付いていく。その一人がティターニア姫も連れて行こうとするので、エアリエルがその手を払った。
「私が連れて行きます!触らないで下さい!」
 エアリエルの強い視線に、騎士は彼を睨みつつヤガーバの方に歩いていった。その後ろからティターニア姫を抱いているエアリエルも重い足取りで向かおうとする。
「エアリエル!」
 それを一つの声が止めた。エアリエルはその声の主を見ずに歩みを止める。
「エアリエル、何があっても、どんな敵が襲ってこようと、ティターニアを守れ」
 ロビンの震える声。私は触れる事が出来なくても彼の体を支えるように後ろから抱きしめた。
「それがお前の味方だとしても、ティターニアを苦しめるのであれば排除しろ」
 ロビンの命の炎はもう消えそうだった。命を抜かれて血をこんなにも流してもまだ声が出せるなんてありえないことだったけれど、彼は妖精の王で、強い魔力を持っている。きっと魔力が、彼の意思が体を動かせていたに違いない。
「だからお前は強くなれ。すべてに恐れられるくらい強くなれ。それがお前の使命だ。わかったな、エアリエル!」
 エアリエルはロビンの言葉にこちらを見ずに大きく頷く。そしてそのままヤガーバの消えていった方にティターニア姫を連れてゆっくりと歩いていった。
「王!」
 モルガンはそこで体の拘束が解かれたようで、王の部屋の前で座り込むロビンに駆け寄った。彼女の顔は涙で濡れていた。
「王!何でこんなことに……何で!」
 彼女の手から温かい光がロビンの傷口へと流れ込む。きっとこれは治癒の魔法に違いない。しかしそれをロビンの手が止める。
「もういいんだ。命を抜かれてしまったからそんなことをしてもしょうがない」
 ロビンは泣きじゃくるモルガンに優しく微笑む。
「モルガン、お前に最後の命令をしてもいいか?」
「王……最後なんて言わないでください……!」
「あはは、そうだな……。じゃあお前にいつもの命令だ……」
 ロビンの声は明らかに弱くなっていく。
「ヤガーバを追え。そして生命の石を取り返し砕いてどこかに捨ててくれ。あんなものが存在してはいけないんだ」
「王……、わかりました」
 しかしモルガンはそこから動こうとしない。ロビンの命はもう尽き果てそうで、動けるはずはなかった。
「モルガン、はやく行け……」
「王!し、しかし!王!」
「はやく行けと行っている!」
 その時だった。ロビンは手から強い光をモルガンに向けて放つ。
「王!いや!待ってください!!」
 その光に飲まれるモルガン。光はだんだん小さくなっていく。
「いままでありがとう、モルガン」
「いやーーーー!」
 そして光は完全にその場から消えていった。この場に残っているのはロビンと、誰にも気づかれない私だけだった。



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