わたしの隣の魔法使い
第9章 真実
【その10】
ロビンは王の部屋に戻っていた。モルガンも一緒に部屋の中にいる。
「どうなさるおつもりですか?」
モルガンは部屋の扉の前に立ち、ベッドに座っているロビンを見ている。
「ヤガーバの提案に同意なさるのですか?」
今にも泣きそうなモルガンの顔。そして辛い表情のロビン。
「俺は世界樹を見捨てようとは思わない。だがこのまま闇に飲まれるのを黙ってみているわけにもいかないだろう」
「では……」
「しかし、ヤガーバの提案が最良であったとしても、俺は奴の話を受けるつもりはない」
「王?」
モルガンの顔がさらに不安に満ちた。
「あなたはもしかして……」
私にはモルガンが震える声を出す理由がわからなかった。
「俺がいくら反対しようが、奴はこの計画を実行するだろう。奴は神になろうとしているんだよ」
ヤガーバ。彼は先の王の側近で、野心をすごく持っていた男ということを私はロビンに教えてもらっていた。先帝が原因不明の死を遂げてからヤガーバは皆に怪しまれ、ラタロスク城から追放されたらしい。ファト、セド、フィフスもその時の王の側近だったという話だった。
「しかし、あの計画を実行するには王の許しを得られなければならないはずです」
「そうだな。だから奴は俺を狙ってくる」
ロビンの言葉にモルガンは顔を青くして彼の傍に駆け寄った。
「そ、そんなことを簡単に言わないでください!」
モルガンは跪いてベッドに座るロビンの手を取る。モルガンの手は震えていた。
「大丈夫だ。お前だって知っているだろう?奴に俺は殺せないと」
ロビンの静かな声。
「知ってます。あなたのお命は聖剣でないと奪えないと。でもあなたは覚悟をされているように話されるので……」
「……そうだな。そうかもしれない」
ロビンは軽く笑う。しかしその笑みに力は入っていない。
「駄目です!駄目です!」
モルガンは泣きながらロビンの手を強く握っている。
「……そうですよ!私達は残って残された妖精達と世界樹と共に最後まで生きましょう。闇は消せなくても闇に勝つ事は出来るかもしれません。そうですよ、そうしましょうよ」
涙で濡れたモルガンの瞳がロビンを見つめる。そんなモルガンの頭をロビンは優しく撫でる。
「モルガン、ありがとう」
そしてロビンはベッドから立ち上がり跪いているモルガンを優しく抱きしめた。モルガンは一瞬驚いた表情を見せたけれど、そのままロビンの胸で大きな声を出して泣き始めた。
(本当にどうすることも出来ないの?)
二人の苦しい思いが私の胸にまで伝わってくる。いくら過去だとしても、私はこのままこの状況を見ているしか出来ない自分が悔しかった。
「ねぇ、ロビン。あなたが許さなかったらどうしてヤガーバの計画が実行出来ないの?」
もう部屋にモルガンはいない。今は私とロビンだけだった。私は体を元の大きさに戻され、ベッドにロビンと背中合わせに座っている。
「この世界には妖精王の結界が張り巡らされている。人間や妖精が各世界を自由に行き来することは出来るが、ヤガーバや力の強大な妖精など、王の許しがないと外に出れない妖精もいるんだ」
「そうなんだ……」
今も昔も妖精王の結界は妖精にとって大きなものらしい。
「じゃあその結界を消すにはあなたの許しを得るか……」
「俺が死ぬか、だ」
私はその言葉にロビンのほうを振り返る。彼も私を見ていた。
「死ぬって!駄目だよ。そんな簡単に死ぬなんて言っては!」
私は死ぬという言葉を聞いて、カイトの顔を浮かべていた。死ってそんな簡単に言ってはいけない言葉。
「だが俺はオベロンとしても王としてもこの計画を許すわけにはいかないんだ。残される妖精がいるのに、今まで俺らを支えてくれた世界樹が残されるのに、新しい土地なんかにいけない」
「だからってあなたが死んでいいわけなんかないわ!」
いいわけない。死んだらすべて終わるのよ。もう誰にも会えなくなるのよ。
「でも言っただろう。俺は聖剣でしか死ぬ事が出来ない。聖剣がヤガーバを受け入れるとも思えない」
今にも泣きそうなロビン。私は彼があまりに切なくて抱きしめてあげたかったけれど、それはいけないと両手に力を入れた。
「じゃあどうするの?あなたはどうしたいの?」
私の言葉にロビンは首を横に振る。
「もうわからない。どうしたらいいかわからないんだ。俺がこの地を捨てればいいのか?それで全てが解決するのか?結李、教えてくれ」
もちろん王がこの地を捨てて新しい所へいく決断もある。でもそれは世界樹を捨てて、たくさんの妖精を見捨てる事になる。それがロビンに出来ない事も私は知っていた。ロビンはとても心優しい妖精王だった。
「ねぇ、本当に他に方法はないの?もしかしたら今まで知られていないだけで、闇を消す方法があるかもしれないよ?」
私は出来るだけ明るい声を出す。しかしロビンを見たら泣いてしまいそうで彼を見ないように窓の方を見ていた。夜空には大きな青白い月が出ていて淡い光で大地を照らしている。
「魔法は何でも可能にするじゃない。だからきっと大丈夫だよ。何か解決法があるよ」
私は声が震えないように必死に言葉を作る。でも私は知っていた。だって私は未来から来たんだもの。今は美しい妖精界は闇の国ジハナムになり、妖精達はティル・ナ・ノーグという新しい土地に行くことになる。未来はとても残酷だった。
それに、魔法が何でも出来るなら、カイトはどうして死ななければならないのだろう。魔法は万能ではないことは私はもうとっくに知っていた。そして私はここまで真実を知っても、彼を助ける方法は見つかっていない。私は色々なことが頭を巡って流さないと決めていた涙がこぼれる。必死に止めようと思っても一度流れてしまった涙は止められなかった。
「何も出来ないって苦しいね。大切な人を助けたいだけなのに、なんで何もすることが出来ないんだろう」
私は涙が止まらない瞳を両手で覆う。それでも涙は次々と溢れ出てきた。
ロビンが苦しんでいる。だから私は泣いている場合じゃないのに、私の涙は止まらない。それはカイトのことだけじゃない。ロビンの心の辛さがあまりに切なくて、そして何も出来ない自分がとても悔しかった。
「結李……」
「ご、ごめん、ロビン。私が泣いても何にもならないのに」
「いや、結李ごめんな。お前にこんな思いをさせてしまって。そうだな、この力でなんとか出来たらいいんだが、そうもいかないらしい」
ロビンは自分の両手を辛い表情で見ていた。
「いくら強い魔法を使えても、本当に救いたい人達を救えないなら意味がないよな。だったらこんな力欲しくなかったのに……」
でもロビンは顔を上げて軽く笑った。私はそれに驚いてロビンを見つめる。
「でも俺はもう決めたんだ。何もしなくても奴らは俺にしかけてくる。それを待とうとな」
「ロビン?」
「結李、ここにいても辛い現場を見るだけだ。お前はもう自分の世界に戻れ」
「え?」
ロビンはベッドから立ち上がった。
「あとは俺の問題だ。お前までそれを背負い込む必要はないんだ」
ロビンは覚悟をしている。一人で立ち向かおうとしている。たしかにこれから先の真実を知るのは怖かったけれど、私はロビンを一人に出来なかった。したくなかった。
「私はまだここにいる。私はあなたに導かれてここにいるんですもの。だから私は最後まであなたを見ている」
「俺に導かれて?」
私は左手首の銀の腕輪を触るとカリバーンは熱を持っていた。それはまだ生きている本当の主人が目の前にいるからだと私は思った。
『おいで、聖剣カリバーン』
私はそんなカリバーンを呼び出す。その姿を見てロビンは驚いた表情を浮かべた。
「なんでお前がこれを持っている……?」
「だってあなたに貰ったんですもの」
私はカリバーンを両手で優しく抱いている。赤い淡い光がカリバーンから洩れていた。
「俺が……?」
ロビンは恐る恐る私のカリバーンに触れる。ロビンが触れるとカリバーンは嬉しいと言う様に強く光りだした。
「だから言ったでしょう?私はあなたに導かれたの。あなたにこれを貰ったの。」
ロビンは強い光を放っているカリバーンを見て、そして私を見る。
「お前は何者なんだ?」
私はその問いに優しく笑う。
「私は河原結李よ。ただの女子高生。それだけよ」
「結李、お前は……」
その時、王の部屋の扉から小さなノックの音が聞こえてきた。私はその音に驚いてカリバーンを元の姿に戻す。
「兄様?」
扉の向こうから小さな声が聞こえてくる。それはとても可愛い声だった。
「ん、ティターニアか。ちょっと待ってろ」
扉の方を向くロビンはティターニア姫に返事をしてからまた私の方に体を向ける。そして私の体に手を回した。
「え?ロ、ロビン?」
今、私はロビンに抱きしめられている。温かな彼の温もり。久しぶりのロビンの温もり。
「結李、じゃあ俺はまたお前に会えるというわけだな」
「うん。また会えるよ」
隠す必要はなかった。だって私達はまた会う事が出来るのだから。
「そうか。じゃあそれまでお前を探すとしよう」
ロビンの抱きしめる力が強かったから私は胸が苦しくなる。そして次の瞬間、私は体の異変に気がつく。
「え?え?」
私は自分の体がだんだん透けていく事に気がついた。
「さよならは言わない。また会えると知ったから。ありがとう、結李」
はじめはこのまま現代に戻されるのかと思った。でも私の体が完全に透明になってもこの場から移動することはなかった。じゃあなんでロビンはあんなことを言ったの?
そしてロビンはティターニア姫が呼ぶ扉を開けた。
「待っていたよ。俺の愛しいティターニア」
(え?)
私はその状況を見て体が凍る。
「ごめんなさい。ごめんなさい。兄様……」
小さくて可愛いロビンの妹ティターニア。彼女がロビンの体を聖剣カリバーンで貫いていた。
「いいんだ。これでいいんだよ。ティターニア」
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