わたしの隣の魔法使い


第9章 真実
【その8】


「ひどい……」
 私は空から視界に入ってきた凄まじい惨劇の跡を見ていた。真っ白い雪の中に倒れる数十、数百もの妖精達。時間が立っているのか、黒い水溜りのような血の後がいたるところに見えていた。そして少し離れた所にはたくさんの家が焼け、崩れた姿も見えている。ここには動くものは一つとしてない。
「生き残った者はいないか、探せ!」
 ロビンはサインとフォルスに命令を下す。それを聞いた二人のヒポグリフが同時に嘶いて地上へと降りていった。そして二手に別れ、低空飛行をしながら死体が転がる雪に覆われた大地を調べ始めた。
「なんでこんなことが起こるんだ」
 ロビンの声は怒っていたけれどどこか悲しそうだった。
「俺ら妖精にだって憎しみや怒りの感情はある。だが仲間同士殺しあうなんてバカなこと……」
 私はロビンの言葉に返す事も出来ず、ただ黙って聞いていた。でも聞きながらこんなことを思っていた。
(まるで人間のよう……)
 人間は些細なことで争いを始める。それがたとえ同じ仲間の中だとしても。妖精は気高くで神聖なものだと思っていたのに、なんでこんなにも人間のようなのだろう。本当にこれが本来の妖精の姿なのだろうか。
「王!生き残った者を見つけました!」
 しばらくして、遠くからフォルスの声が聞こえてくる。彼は何かを見つけたようだった。ロビンはすぐにヒポグリフの手綱を打ち、下に降りていく。
「この男です。どうやら人間のようですが……」
 フォルスは一人の男を連れていた。眼鏡をかけ無精髭を生やした学者風の男で、両手をフォルスによって持たれ自由は奪われている。
「お前は何者だ?」
 ロビンはその男に向かって少し厳しい声で話しかける。
「俺は助言をしてやっただけなんだ。その末路がこれだ。まったく妖精って奴らはバカばっかりだな」
 男の視線は定まってなく、空を見ながらブツブツと呟く。
「なんだと?!お前、アスガルの民に何を言った!」
 ロビンは男の胸倉を掴む。
「俺が言った事?あぁ、言ったさ。長老の息子にな」
「なんて言ったんだ!」
 ロビンの力は強くなったようで、男は苦しそうな顔をする。
「長老よりお前のほうがいい指導者になる。だから不要なものは殺せってな。残していてもお前の出世の邪魔になるだけだしな」
「なっ……お前、なんてことをしてくれたんだ!」
 ロビンは男の頬を思いっきり殴った。男は雪の中に勢い良く倒れこむ。すると男は大きな声で笑い出した。
「お前らは甘いんだよ。なんですべてを手に入れられる力を持っているくせに、こんな所でのん気に暮らしているんだ。力があるんならすべてを制圧すればいい。すべてを手に入れればいいんだよ!」
「うるさい!フォルス!こいつを連れて行け!二度とここに来れない様に遠くに連れて行け!!」
「はっ!」
 フォルスがまだ笑いながら叫んでいる男の体をロープのような物で縛り、ヒポグリフの後ろに荒っぽく乗せ、天高く舞い上がってどこかへ消えていった。
 下を向いてその場に立ち尽くしているロビン。私はその顔を覗き込むと、彼は涙を流していた。
「ロビン……」
「恐れていた事が起こってしまった。そうだ、俺らは力を持っている。妖精界も人間界も我が物に出来るくらいのな。だが欲を持ってはいけないのだ。欲を持ってはこうなってしまう……」
 私達の周りにはたくさんの妖精の死の姿が見えている。家の壊された後も見えている。きっと戦いがある前までは真っ白い雪に囲まれた温かな集落だったのかもしれない。それが今はもう死の静寂に包まれていた。
「オベロン王!大変です!」
 サインが遠くから声を張り上げながら走ってくる。その顔はとても必死で、何か大変な事が起こっていると予感させた。
「とにかくこちらに!」
 ロビンは涙を拭い、サインが呼ぶ方向へ走る。私は振り落とされないように強くロビンに掴まった。
「闇がやってきています。もう手がつけられないほどに」
 二人は焼けて煙が上がっている集落の後地で足を止めた。
「なっ……」
 そこで見たもの。それは恐ろしい光景だった。
(これは……)
 黒い血の中から生まれる鎧を着た生物。人間のようだけど、それは私も見たことがあった。
(ワイト……)
 モルガンが操っていた恐ろしい死者の妖精。甲冑の中は何もなく目だと思われる二つのものが青白く光っていた。それが流れた血の数だけ生まれ出ようとしている。たぶん数百ほどの数。そして、今まで雪で白く覆われていた地面がだんだんと黒くなっていく。
「ここはもうダメです。はやく戻りましょう!」
 サインがロビンの腕を掴み、ヒポグリフが待っている場所まで走った。その間ロビンの目は虚ろで、心はここにないようだった。
「ロビン!ロビン!」
 私はロビンに必死に呼びかける。
「ロビン!!」
 後ろから迫ってくる闇。このままでは私達はこれに飲み込まれてしまう。闇は私達の走る速さより早い。
(もう駄目!)
 ヒポグリフまでもう少しなのに、もう間に合わないくらい闇は後ろまで来ていた。私はもう駄目だと思い、目を閉じる。
『永遠に止まる事のない時の流れよ しばしその力を抑え立ち止まられよ 我が名はオベロン 妖精の長であり 世界樹イグドラシルの息子なり』
 しかし私の耳にロビンの呪文が聞こえきたので私は目を開ける。するとロビンは背中に大きな黒い羽根を生やして空高く飛んでいた。サインも少し離れた所でヒポグリフの背に乗り飛んでいる。
「ロビン……!だ、大丈夫なの?」
「あぁ、すまない。もう大丈夫だ」
 下を見ると、黒い闇はアスガルを中心に白い土地を広い範囲で侵していた。しかし今はそれ以上動こうとはしていない。黒い闇はある光の輪がその動きを止めているようだった。輪の真ん中にはあの印が浮かび上がっている。
「王の紋章……」
「あそこだけ時間を止めたんだ。でもこれも長くはもたないだろう」
 恐ろしい事が起きてしまった。妖精の無残な死という悲しみから生まれてしまった闇。それが今、美しい世界を壊そうとしている。
(これじゃまるで闇の国ジハナムだわ……)
 ジハナムの生まれたわけ。私は今、それを目の当たりにしているかもしれない。
「サイン、戻るぞ。城に帰り皆と話し合わなければならない」
「はっ」
 そして私達はラタトスク城へ帰っていく。その間、ロビンはひと言も話してはくれなかった。



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