わたしの隣の魔法使い
第9章 真実
【その7】
ロビンと側近であるサインとフォルスは、揃って鎧を装備しているヒポグリフの背に乗って空をすごいスピードで北に向かって飛んでいる。城の中にいた時は白いローブを着てわからなかったけれど、サインもフォルスも思ったより若い顔をしていて、金色の鱗がたくさん張り付いたような鎧を身にまとっていた。共に耳は長く、顔もとても整っている。どちらがサインなのかどちらがフォルスなのかわからないけれど、一人は男性で一人は女性だった。
そしてしばらく飛んでいると、空がだんだんと灰色の雲を帯びてくる。空が今にも泣き出しそうだった。地上も城の周りの青緑色の草原とは違い、大きな岩や土の地面が目立つようになっていた。それに少しずつ気温が落ちてくる。私は少し体を震わした。
「大丈夫か、結李」
「う、うん。なんか寒いなっと思って」
「アスガルは北の大地に存在する国だから、ラタトスク城の辺りよりとても寒いんだ」
「じゃあどんどん寒くなっていくのね。うぅ、寒いの苦手……」
こんなことならもっと厚着をしてくるんだったと私は後悔していた。
「そうか、ちょっと待ってろ。おい!サイン!」
ロビンがサインを呼んだので私はゴルゲットの中に頭を隠し、そこからこっそり外の様子を見ていた。サインもフォルスもロビンの前を飛んでいて、そのうちの一人が速度を落としてロビンの横についた。それは薄い茶色の短髪の美しい女性だった。
「王、何か?」
サインの声は女性にしては少し低いけれど、男装をしているようなサインには似合っていた。
「お前、非常食用の皮袋を持っていたよな」
「はい。常備しております」
「それを少し貸してはもらえないだろうか?」
ロビンの要求にサインは不思議な顔をする。
「理由は聞かないでくれ。ただ、必要なのは皮袋だけだ。中身は他に移してほしい」
「……はい。了解しました。少々お待ち下さい」
サインはロビンの言っている事に疑問を持っている顔をしていたけれど、ヒポグリフの手綱を持ちながら王に言われた通りの行動を始めた。そしてすぐに皮の袋をロビンに差し出す。それをロビンは受け取った。
「ありがとう。恩に着る」
「いえ。また何かあったらおっしゃってください。すべては王の為に」
彼女はそう言うと持ち場へと戻っていった。ロビンはサインが元の位置に戻ったのを確認して、皮袋の縫い目を解いて一枚の皮の布にする。
「結李、これを体に巻いているといい」
そしてそれを私に渡してくれた。
「あ、ありがとう!」
私は皮の布を受け取ると、思ったより手触りがフカフカなのにとても喜んだ。そして体にそれを巻くと体の震えが徐々に止まっていく。
「あったかい。ごめんね、わざわざこんなことまでしてもらって」
「いいんだ。また何かあったら言ってくれ」
ロビンはそう言うと私の方に向けていた顔を前に戻す。そしてまた厳しい表情に変わっていった。気がつくと空からは真っ白い雪がパラパラとこぼれていた。
(妖精の世界にも雪は降るのね)
それは私の世界と一緒。でも見た目は似ていてもここにはとても不思議な空気が流れている。人間がいる世界のように無機質な世界ではなく、すべてが生きているような温かな空気。
「ねぇ、ロビン」
私はロビンと同じように前方を見ている。灰色の空と雪が積もった白い地面。それはとても寂しい景色だった。
「ん?」
「教えてほしいことがあるの」
雪は少しずつ強くなっているのに、不思議と私達には雪が当たらなかった。これも魔法の力なのだろうか。どこでも魔法の力が感じられるこの世界。それは人間が住む世界とはまったく違っているのは今も昔も同じで、夢をなくしてしまった私の世界では映画やゲーム、本の中でしかこんな不思議な感じる事が出来ない。
「どうした?結李」
私は疑問に思うことがある。ここがジハナムの過去の姿というのはわかったことだけど、私はカイトにはじめにこう教えてもらった。「昔は人間も妖精達も仲良く一緒の世界に暮らしていたという。しかし、時を経て人間を傷つけようとする妖精が出てきたり、妖精を嫌う人間が出てきたり、世界は混乱しはじめた」と。しかし、その姿はここにきて少しも感じられない。
「人間の世界と妖精の世界ってまったく別のところにあるの?」
ジハナムに入る時、私は禍々しい門を潜って入っていった。ティル・ナ・ノーグに入る時もそうだったけど、人間の世界にそれらの入り口があって、その入り口を入る事でまったく別の世界である妖精の世界に入る事が出来るんだと私は思っていた。だってここは人間の世界とはまったく違う。
「いや、一緒だ。一緒じゃなかったらアンもエドもここに来る事は出来ないだろう?」
たしかにアンもエドも自分の足で帰っていっていた。でもそれは魔法によって戻されるということではないのだろうか。私の時と同じように。
「結李が何故そんなことを聞くのかわからないけれど、たしかに人間界と妖精界は同じ所にある」
「じゃあ人間もここに普通に入ってこれるの?」
「ああ、当たり前だ。まあ、好んで入ってくる人間はなかなかいないけどな。あの種族は俺らのような力を持っている者を嫌う習性があるらしい。それでも妖精界に住んでいる人間だっているぞ」
「そ、そうなの?」
確かに変わったものは忌み嫌われるかもしれない。人間はそうやって生きている。
「ほとんどが研究者ばかりだけどな。人間は魔法は使えなくても知識を吸収する力はすばらしいと思う。だから王としても人間がこの世界に入る事を禁じようとは思っていない」
「仲良く一緒の世界」には暮らしてはいないけれど、昔はやはり人間は妖精の近くで生活していたんだと私は思った。それが何百年という長い時の流れの中で、伝えられた話が少しずつ変わってもおかしくはない。
「でも不思議ね。近くにあるのにここにはこんなにも魔力が満ちている。人間はこの力を手に入れたくても絶対に無理なのに」
「妖精は人間のように生まれるわけじゃないからな。魔力が満ちた物から生まれるから魔法を使う事が出来る。でもそれは妖精界に世界樹イグドラシルがあるからなんだ」
「世界樹が?」
あんなに大きな樹だったけれど、もうとても遠くに飛んできている為、その姿を確認することは出来ない。
「そう。この妖精界は空も地面も雨でさえ魔力を持っている。それは世界樹イグドラシルが放出する力によって生み出されるといわれている」
妖精界のすべての源とロビンは言っていた。
「でも世界樹だってただ力を俺らに与えているわけじゃない。妖精の感情を根から吸い込んで力に変えるんだ」
「妖精の感情?」
「妖精が笑い、怒り、泣き、楽しむ。それらすべての感情の力を世界樹は力にする。だから妖精界は世界樹があり、妖精がいて、それで成り立っているんだよ」
私はロビンの話を聞いてなんてすごい世界なんだろうと思っていた。たぶん一つでもかけてはその均衡は崩れてしまうんだろう。この美しい世界はそうなって出来ている。やはり私達の世界とはまったく違っていた。
「王、見えて参りました」
声が聞こえてきたのでロビンは前を見る。私も同じく前を向いた。すると金髪の長い髪の毛のフォルスが前を指差している。その先にはいくつもの煙が上がっていた。
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