わたしの隣の魔法使い


第9章 真実
【その4】


「うわ、すごい部屋ねー」
 ロビンと二人になったので私は彼の襟元からヒョコッと顔を出す。そこは豪華絢爛という言葉が似合いそうな部屋で、金色や銀色の家具や調度品などが決まりよく並んでいた。床の見事な模様のカーペットもとても立派で、きっと踏むとすごくフワフワに違いない。
「はじめは目がチカチカしたもんだよ。でも王はこれくらいの所にいなきゃいけないんだってさ」
 もう王の顔でもない、深刻そうな顔もしていないロビンは普通に私に話しかけてくれる。そして私を持ち上げてベッドの上にゆっくりと置いてくれた。ロビンもベッドに横たわる。
「でもここは唯一俺が一人になれる所だ。こんな場所でも心は落ち着く」
「そっか。じゃあ私もいないほうがいい?」
「結李はいいよ。話し相手になってくれ」
 ロビンは寝転がりながら腕を目の辺りに乗せてアイマスク代わりにしている。私もロビンの顔の横辺りで寝転がる。すると視界にベッドの天蓋の絵が入ってきた。
「うわ、綺麗」
 それはとても細かい刺繍の絵ですごく綺麗だった。その絵は緑のドラゴンが大きな樹を守るように翼を広げている。私はそれを見て思い出すものがあった。
「2つの翼に大きな樹。これって紋章の……」
「結李は何でも知っているな」
 私はそれをまた笑って誤魔化す。
「これは妖精王国の古くからある絵で、これが妖精王の紋章になったと言われている」
 いつの間にかロビンも私と同じく絵を見ていた。
「へぇ。あの翼はドラゴンの翼だったのね」
 私が見たことのある紋章は2枚の羽根と樹の紋章だった。私はてっきり妖精の羽根かと思っていた。
「ドラゴンも妖精だからな。世界樹イグドラシルを守っているとの言い伝えだ」
「そうなんだ」
 ワームなら敵として戦った事があるけれど、こんな立派なドラゴンじゃなくて良かったと私は思っていた。
「あぁ、そういえばアンと約束していた事があったな」
 ロビンは思い立ったように体を起こした。
「人間が魔法を使えるようになる方法ってやつ?」
「そうそう。あいつらが次いつくるかわからないが、調べてやるか」
 私は面倒くさがりながらきちんと友達の頼みを聞くロビンがおかしかった。この人はきっと口では文句を言いながら優しい心を持っているに違いない。
「でもどうやって調べるか……そうだ、あいつだ。こういうことはあいつに聞くのが一番だ」
「え?」
 ロビンは立派なコートのままベッドに寝転がっていたのでそれを脱いだ。すると中には腕が見える袖のないすっきりとした服を着ていた。でもその服にも立派な刺繍がしてある。そして、あらわになった肩には妖精王の紋章が描かれていた。刺青なのだろうか。
「結李も行くか?」
 ロビンはコートを壁にかけている。
「うん。よくわからないけど、行く行く!」
「じゃあ、お前は……、この布袋の中でもいいか?」
 今まで着ていたコートを脱いだロビンにはもう隠れる所がない。だから彼は私の前にツルツルな生地の巾着袋のような小さな袋を持ってきた。
「うん、いいよ」
 私はその中に入り、ロビンは腰にその袋を下げた。シルクのような肌触りのいい布はとても気持ちが良かった。うん、首元で掴まっているよりこっちの方が楽かもしれない。
「で?どこへ行くの?」
「本の虫の所だよ」
 そしてロビンは部屋から出て行ってある所に向かっていった。私は袋の口から少しだけ顔を出してその様子を見ていた。

 長く続く廊下を歩いていると幾人もの銀色の鎧を着たエルフ達にすれ違う。ロビンがその横を歩くとすべての人が彼にお辞儀をしたり敬礼をしていた。ロビンはそれを素通りすることなく軽く挨拶する。ロビンは王といっても踏ん反り返っている偉そうな王ではなく、一人一人を大事にしているようで、なんだかとても嬉しかった。
 気がつくと私達は外を歩いていた。城の外というわけじゃなく視界全部に城の外壁が見えていたのできっと中庭だと思った。首を上に上げると空の星が見える。
「星がいっぱい……」
 外壁やイグドラシルの枝や葉が邪魔してそんなに広い空が見えているわけじゃないけど、それだけでも星は沢山空に輝いていた。
「結李はたくさんの星を見たことがないのか?」
「うん。こんなにはいっぱいははじめてかも」
 空を埋め尽くしそうなほどの輝く星達。
「じゃあ、いい所に連れて行ってやろう」
「え?」
 ロビンは私が入った布袋を手の平に乗せて走り出した。私の体が少し揺れる。だから私は袋の中でしっかり布に掴まった。
 たぶん階段を何段も上がっていたようで、その度に私の体は何度も上下する。でも腰に下げていた時より揺れは軽減されていたみたいで、私はロビンに感謝した。
「お、王!どうされたんですか?!」
 揺れが治まったかと思ったら次は知らない声が聞こえてきた。
「見張り台を少し借りたい。良いか?」
「え?し、しかし……」
「心配するな。少し星を見たいだけだ」
「そういうことでしたか。了解しました」
「感謝する」
 私は袋の中にいたから今どこにいるかわからなかったけれど、ドアが開く鈍い音が聞こえてきた。
「結李、出ておいで」
 そしてロビンの声が聞こえてきたので私は顔を出す。
「う、うわ!」
 ロビンは今、とても高い塔の上に立っていた。それは城の城壁にいくつか立っている見張り台みたいで、城より背が高い為、周りがとても良く見渡せた。もちろん空がとてもよく見える。
「ここは後ろはイグドラシルで遮られているけど、空はよく見えるんだ」
「すごい。綺麗だね」
 城の周りにはたくさんの建物が立っていたけれど、その向こうはどこまでも続く平野で私はそれが綺麗すぎてなんだか怖くなってしまうくらいだった。
「星ってこんなにたくさん見えるものなんだ」
 私は視線を空に移す。そこには驚くほど沢山の星が瞬いていた。まるで黒い画用紙に大量の砂糖を落としたように拾えないほどの星の数。
 私が住む世界では街の光が邪魔して見えない時の方が多い。でも本当は空にはこんなに星が輝いていた。きっと今でも見えるはずなのに、遮断してしまったのは私達自身。
「この美しい景色を見ていると、俺はここを守らなければいけないと思うんだ。決してこれを壊してはいけない」
「そう……だね。私もそう思う」
 でもこの世界の未来を私は知っている。ロビンにそれが言えればいいのに、私の口から出してはいけない。
「ねぇ、ロビン。聞いてもいい?」
「ん?」
 私は見張り台の石のレンガの上で座って空を見ている。ロビンは頬杖を付いて景色を眺めていた。
「ロビンがこの世界の話をする時、何で少し苦しそうな顔をするの?この美しい世界に何が起こっているの?」
「……」
 ロビンは私の言葉に急に無言になる。
「ご、ごめん。変なこと聞いたよね」
 私はやっぱりいけないことを聞いたと思い、一生懸命誤魔化そうとする。でもロビンはそんな私を見て優しい顔になった。
「いいよ。結李には隠せない気がするし」
 そしてロビンの声のトーンが少し落ちた。
「この妖精の国は今とても苦しんでいるんだ」
「苦しんでいる?」
「ああ。それは一つの理由からではない。沢山の原因があって、それを一つ解決してもまた違った原因が出てきてしまう。俺は平穏を願っているのに色々な種族がいるとそうはいかないらしい」
「そうなんだ……」
 それは私の世界でも一緒のこと。たくさんの人種がいて、すべてが平和に暮らせるとは限らない。戦争だって毎日起きている。
「いつかすべての妖精が幸せに暮らせるといいんだけどな。俺は努力しているつもりだけど、なかなか難しい問題だ」
「そうだね」
 私も知りたい。全ての人が幸せに平穏に暮らせる方法を。
「でもここで負けるわけにはいかないけどな。俺は自分が王である限り何でもしようと思っている」
「うん、ロビンならきっと出来るよ」
 私はロビンに励ましの言葉を言いながら言葉に力が入らなかった。
「さ、そろそろ目的地に向かおうか。夕食の時間も近づいてしまう」
「う、うん!」
 そして私はまた布袋に戻っていった。そしてロビンがどこかへ向かう中、胸の苦しみを必死に抑えていた。



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