わたしの隣の魔法使い


第9章 真実
【その1】


 目を開けると私の足は地面ではなく、地面から少し離れた所に立っていた。
「え?」
 もちろん私は空が飛べるわけじゃない。だから空に浮いた状態で現れた私はそのまま下に落下する。
「きゃー!」
 そして、ドーン!という大きな音が辺りに響いた。
「いたたたた」
 私は尻餅をつく形で地面に思いっきり落ちてしまったらしい。お尻が少し痛くて優しくさする。でも不思議なことにけっこうな高さから落ちた割にあんまり痛くない。
「だ……誰?」
 すぐに誰かの声が聞こえてきたので、私の手が止まった。そして目の前に女性が立っているのに気がつく。
「今、空から落ちてきたぞ?」
 女性の隣には男性も立っていて、その二人が私を不思議そうな目で見つめている。空から落ちてくる女の子。そりゃ誰でも不思議がるだろう。私は恥ずかしくなってはやくこの場から立ち去りたかった。
「お前、はやくどけ……」
「え?」
 目の前の二人とは違った声がどこからか聞こえてくる。
「はやくどけと言っている!」
「え?え?どこなの?」
 私はあたりをキョロキョロとする。でももう一人の姿は私には見えなかった。そして私はここである事に気がつく。私はこの場所を見たことがあった。
(ここはクリスタル・ガーデン……)
 全てが水晶で出来たとても美しい場所。ジハナムで見た輝きを無くしたクリスタル・ガーデンとは違い、今私が見ているここはロビンに連れて行ってもらった時の様に美しい。
「ねぇ、あなたの下、見てみるといいわ」
 女性が笑いをこらえているのがわかる。私は彼女が言われた通り、地面を見てみる。
「え?……あ!あああ!ご、ごめんなさい!」
 私はそこで、自分が人の上に落ちてきてしまった事を知る。だから高い所から落ちてもあまりお尻が痛くなかったようで、私は急いで立ち上がった。
「本当にごめんなさい!まさかこんな所に……」
 私は一生懸命謝りながら自分の下敷きになった人を助けようとする。しかし、私はその人を見てとても驚いてしまった。
「あ……あなたは」
 私の言葉と手が止まる。
「大丈夫なわけないだろう……、って、お前!お前もしかして結李か!?」
 黒く長い髪をなびかせて、目を奪われそうな金色の瞳が美しいロビンが私の顔を見て驚いた表情をしている。私ももちろん驚いていた。こんなにはやくにまた会えるなんて思っていなかったから。
 目の前のロビンは前の夢のように少年の姿ではなく、もう大人の立派な姿だった。やはり前と同じように王様を感じさせる煌びやかなな服装に身を包んでいる。
「うん!うん!よく覚えていてくれたね!」
 私はあなたをとてもよく知っている。でもこのロビンは私に一度しか会った事がない。それなのに覚えていてくれて私はとても嬉しかった。
「変な奴だったからなー。何故かすごい覚えているよ」
 あなたに会う為に夢を見せられているのに、突然の出会いには私は喜ぶ。
「ねぇ、誰なの?」
 茶色の髪に優しそうな表情の女性が、背が高い少し無愛想な男性の隣でロビンに話しかけている。
「結李だ。前に知り合って、今日が2回目の出会いだな」
「何それ?変なのー」
 女性の可愛い笑い方。きっと素敵な人なんだろうと私は思った。
「結李、この二人は俺の友達で、アンとエドだ」
「よろしくね」
「よろしく」
 アンが手を差し出してきたので私は彼女と握手をする。
「ねぇ、あなたも妖精なの?」
「え?えっと……」
 なんていったらいいかわからなかった。もちろん私は人間なんだけど、空から落ちてきたのが人間って言って説得力があるのかどうか。
「結李は人間だ。お前らと一緒でな」
 でもそれをロビンがフォローしてくれる。
「そっか。まあ、オベロンに出会えただけでも十分不思議だし、何が起きてもびっくりしないけどね」
 アンの笑顔は太陽のように明るくて可愛い。その一方で、隣のエドは表情が変わらなくて少し怖かった。でも妖精のように冷たい表情ではなく、きっと不器用かもしれないと思わせた。

「ねぇ、魔法って私には使えないの?」
 私達はクリスタル・ガーデンの中で各々が好きな行動を取っていた。ロビンは木陰で横になって、エドは岩の上に座って草笛の綺麗な音色を奏でている。私とアンは並んで川の中に足を入れている。冷たい水がとても気持ちいい。
「無理だな。お前らの体は魔法が使えるようには出来てないからな」
 それは私も知っていたけど、特に口をはさもうとは思っていない。
「えー?そうなの?残念ぶー」
 アンの口がプクッと膨れる。
「アンに魔法を使わせたら、世界が食べ物になってしまうな」
 今まで草で音を鳴らしていたエドがそう口をはさむ。低い落ち着いた聞き取りやすい声。
「うわ!それって嫌味?どうせ私は食べる事の大好きな女ですよー」
 その会話に二人はとても仲が良い事が分かる。とても楽しそうなやり取り。明るいアンと冷静なエド。二人の姿に私はこの世界ではない所で苦しんでいるカイトの姿を思い出していた。
「でも、使えないわけじゃないらしいけどな」
 ロビンが呟く。
「え?」
「力を与える方法はあるらしい。よくは知らないけどな」
 アンは川から上がって、ロビンの方に近づいていった。そしてロビンの傍に座り込む。
「それが大事なんじゃない!オベロンお願い!調べてきて!」
「は?」
 ロビンはアンの要求にあっけに取られている。
「私、どうしても魔法使ってみたいんだもん。お願い!オベロン!」
 アンは手を合わせて必死にロビンにお願いをする。ロビンは深く溜息を付いた。
「おいエド。お前の幼馴染の要求を俺は呑んだほうがいいのか?」
 ロビンはエドに助け舟を求めているようだった。
「知らん。アンは一度走り出したら止まらない」
 エドも呆れた顔でアンを見ていた。でも私は止まらないアンがとても可愛いなと思っていた。魔法はやっぱり一度は使ってみたいもの。
「まあ、調べてみるよ。でも出来なくてもガッカリするなよ」
 アンの顔が一瞬で明るくなる。
「やった!エドも聞いたよね?!」
「はいはい。聞いた聞いた」
 エドはそう言うと、座っていた岩の上から立ち上がる。
「さぁ、そろそろ帰ろう。じき夜がやってくる」
 エドが空を眺めているので私も顔を上に上げる。さっきまで空は青く澄んでいたのに、いつのまにか少しずつ赤くなり始めていた。
「あ、うん。もうそんな時間か」
 そろそろ夜がくるようだった。私も川に入れている足を出してハンカチで拭いた。
「じゃオベロン、また来るね。結李もまたね」
「気をつけて帰れよ」
 そしてアンとエドは二人並んで帰っていった。

「さて」
 二人がいなくなって、この場は静まり返っていた。
「結李、お前は一体何者なんだ?」
 私はロビンの問いにギクッとする。
「俺の幼名を知っていたり、いきなり空から現れたり、ほんとうに人間なのか?」
「私は……」
 なんて説明すればいいんだろう。もちろんはっきり説明してはいけないことは分かっている。
「ごめん、言えないの。でもあなたの敵ではないわ。それじゃダメ?」
 こんな曖昧な答えでは納得してもらえないだろう。でも私は言えなかった。
「うーん。本当に俺の敵ではないのか?」
 ロビンの美しい金色の瞳が私を見つめる。
「違うわ。絶対に違う」
 私の声は真剣だった。私がロビンの敵になるはずなんてありえない。
 ロビンはしばらく私の顔を見つめながら考えているようだった。
「……そうか。わかった。じゃあこれ以上聞くのはやめておこう」
 ロビンの答えに私はホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、俺はもう帰るけど、結李はこれからどこへ行くんだ?」
「え?」
 どこへ行く?私はどこへ行けばいいんだろう?
「ごめん、わからないの」
「は?なんじゃそりゃ」
 ロビンの呆れた顔。でも私はどこへ行ったらいいなんて分かっていない。だってあなたに会いに来たのだから。この世界を知りに来たのだから。
「じゃあ、俺のところに来るか?」
「え?」
「なんかよくわからないが、お前といると楽しい気分になる。行く所がないならしばらく俺の相手をしてくれ」
 これは願ってもないこと。私は大きく頷いた。
「うんうん!行く行く!お願いします!」
「でも人間のお前をこのまま連れて行くのは少し厄介だから、体を小さくするがいいか?」
 私はこれも大きく頷く。
「お前は変な奴だなぁ。まあ、ずっと退屈していたからいいか」
 そしてロビンは私の額に手を当てる。私は彼の懐かしい香りに胸が少し苦しくなった。
『汝の体を流れる尊き魂よ しばしその力を抑え 我が意に従え』
 ロビンの口から流れる美しい言葉。そして次の瞬間、私の体は小さく縮んでいった。



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