わたしの隣の魔法使い
第8章 闇の国ジハナム
【その10】
私は気がつくとほんのり明るい部屋でベッドに横になっていた。
「ここは……」
私は暗い天井に目をやる。そこは木の根でびっしりと埋め尽くされていた。
「ユーリ、起きたか?」
ベッドの横にはノクトが椅子に座って私を見ている。ベッドの横には古いランプがあり、そこから洩れる橙色の温かな光がノクトの姿をより幻想的に見せていた。
私はベッドから体を起こして辺りを見回す。大きな窓から見える空はとても暗くて、もしかしたらジハナムに夜が訪れたのかもと思った。でも月や星は出ていない、真っ暗な空。やはり夜になっても厚い雲に覆われているのかもしれない。
「ジハナムにベッドなんて不思議だね」
周りの木の根だらけの廃墟のような場所とは違い、私が寝ているベッドやシーツは綺麗な白い色をしている。ホコリの臭いもまったくしなかった。
「モルガンが用意してくれたんだ。元はこのベッドも古くなりすぎて崩れていたんだけどね」
「そうなんだ……」
ジハナムの女王がこんなことまでしてくれるなんてとは思うけれど、過去のモルガンならきっと優しい顔で人の世話をしてくれそうと私は勝手に想像していた。
「やはり起きたか」
「あ……」
暗くなった部屋の向こうから女性の声が部屋に響く。そしてヒールが地面に当たるコツコツという音がゆっくりと聞こえてきた。
「まだお前の体の中の魔法が安定していないようだな。もう一度寝れば安定するはずだ」
妖艶なモルガンがランプの光に照らされてさらに艶やかになる。
「じゃあ寝れば続きが見れるって事ですか?」
「そうだ」
モルガンはそのままベッドに腰掛ける。すると黒く長い髪がベッドに広がった。私はその姿に胸をドキドキさせた。
「モルガン、あなたはロビンと知り合いだったんですね」
小さなロビンとまだ幼さが残っていたモルガン。私は今その二人を見てきた所だった。だから目の前の大人のモルガンを見て不思議な気分になる。
「ロビン……、久しぶりにその名前を聞いたな」
「そっか、オベロン王って言った方がいいですね」
私の目の前の美しい女性は少し寂しそうに頷く。
「それでも懐かしいけれどな。私があの方のお声を聞いたのはもう何百年も前の話だ」
「何百年……」
それは果てしなく長い時間。そんな長い時間、この人たちはこの暗いジハナムにいるのだろうか。
「さぁ、眠れないのであれば眠りの魔法をかけてやろう」
「は、はい。お願いします」
一度寝て再度寝るというのはなかなかできる事じゃなくて、私の目はとても冴えていた。だからモルガンの申し出を私は喜んで受け入れる。
「じゃ、また行ってくるね、ノクト」
「ああ、オレはずっとここにいるから、安心して行って来い」
「うん」
夢と分かっていても近くで誰かが付いていてくれるのはとても安心すること。だから私はまた眠る事が出来る。そして私はベッドに横になって目をつぶった。すると額に温かい感触がしたのでモルガンが私の額に手を置いているんだと思った。
『この者を休息へと導け』
モルガンの呪文に私はすぐに眠りへと落ちていく。それは深い眠りと共に、遠い遠い過去への旅だった。
まだ私は何も知ってはいない。でもモルガンのおかげで知ることが出来る。それはとても嬉しい事だけど、その真実を私は受け止める事が出来るのだろうか。
いや、受け止めなければいけないんだ。
だから私はまた過去に戻っていく。私が生まれる遥か遥か昔の世界に。まだ妖精が人間の近くで暮らしていた世界に。
「……ロビン、ごめん。私のことを怒っているかな?」
私は完全に眠りに入る前に頭の中で声を発していた。それに誰かが答える。
「怒ってはいないよ。これは結李が信じた道なんだろう?」
それはロビンの声。過去の彼ではなく、私を知っているロビンの声。
「うん」
「じゃあ、俺を無視して前に進め。でもその先に何があっても決して泣くんじゃないぞ」
「うん……」
泣かない。泣きたくない。
「結李。俺の結李。何があっても君は君の思う通りに行動してくれ。その為に俺の力をあげたのだから……」
そして私は完全に眠りへと落ちていった。
<< 前へ
戻る
次へ >>