わたしの隣の魔法使い


第8章 闇の国ジハナム
【その6】


 広く痩せた荒野をデュラハンの馬で駆け抜ける。私は振り落とされないようにずっとデュラハンに掴まっていた。彼の全身を隠すような黒い鎧に触れると氷のように冷たかった。この鎧の内側には本当に肉体があるのだろうか。それさえ確認できる部分はデュラハンにはなかった。すべてが鎧に覆われている。
「娘、あの魔法使いはどうした」
「え?カイト?」
 急にデュラハンが話しかけてきたので私は驚く。でも私は思い出した。この妖精がカイトをおびき出して今の状態にしてしまったことを。
「力を使い果たして眠っているわ」
「そうか」
「ねぇ、あなたたちは知っていたの?カイトが力を使い果たすと死んでしまう事を」
 しかしそれにデュラハンは答えてくれない。
「知っていたのね。そうよね、そうじゃないとあんなことはしないはずだし」
「すべてはモルガン様の考えなのだ。それに我々も十分苦しんだんだ、娘」
「苦しんだ?」
 何を言っているのかわからなかった。カイトをあんな状態にするのと、ジハナムの妖精となんの関係があるのだろうか。私の頭では何も繋がらなかった。
「すべてを知れば分かる。お前はその為にきたのだろう?」
 そう、私はその為に来た。でも色々知る事に少しずつ怖くはなっている。私は本当に全てを知っていいのだろうか。

 私はかなり遠い所にいたようで、大きな樹は少しずつ近づいてはいるものの、まだ少し時間がかかるようだった。私はデュラハンに掴まりながら周りの景色を眺める。まるで大噴火があった後のように岩と泥のような地面に埋め尽くされた世界。その所々に動く生き物がいるのが見える。ある所からは悲鳴のような声が、またある所からは悲しく泣く声が聞こえてきて私は胸が詰まりそうになってしまった。なんで敵の本拠地についてこんな思いをしなければならないんだろう。
「そうか……」
 私はだんだん分かってきた。ここは怪物が暮らす恐ろしい場所なんかじゃない。たしかに大きくて強そうな妖精達はたくさんいる。私達の世界に出てきた妖精もとても凶悪だった。でもなんか違う。ここは悲しみに満ちた闇の世界なんだと。

 そして少しずつ近づいてくる大きな樹。その樹に近づくとその大きさにとても驚いた。
「なんて、大きいの」
 これが大きいという言葉で表現できるのかわからなかった。高層ビルがいくつも入ってしまいそうなくらいの高さと大きさがある樹は近づくととても神聖で私はとても感動した。周りはこんなにも闇に満ちているのに、なんでこの樹だけはこんなに美しく存在しているのだろう。
「世界樹イグドラシルだ。我々の世界をこの樹が支えている」
 デュラハンの言葉に私は驚く。
「え?イグドラシル?」
 イグドラシル。それはティル・ナ・ノーグにある要塞都市イグドラ=シルと同じ名前だった。
「なんで同じ名前なの……」
 私がそう呟くとデュラハンは少し間を置いてまた口を開いた。
「なるほど。世界樹から逃れていないのか」
「え?それはどういうこと?」
 しかしデュラハンはそれ以上は私に答えてはくれなかった。私もそれ以上は聞こうとはしなかった。

 そして大きな白馬は大樹にゆっくりと近づいていく。
 遠くから見ているとわからなかったけれど、大樹に近づくと根の周りに大きな建物が建っていることに気がつく。それはイグドラシルを包み込むように建っていて、まるでその建物が大樹の一部のように見えていた。
「綺麗……」
 灰色のレンガで出来た大きな古城のような建物は、その肌をツタで隠していたが大樹と同じくとても神聖な雰囲気を出していた。周りとはまったく違ったこの場所がなんだか場違いすぎて私には不思議だった。世界樹イグドラシルといい、この城といい、ティル・ナ・ノーグにあっても少しもおかしくない。
「ユーリ!」
 城の大きな門を入った私達は、向こうの方から呼ぶ声が聞こえてくるのでそちらに顔を向ける。するとそこには眉を下げて心配そうな顔のノクトがこちらに向かって走ってきていた。
「ノクト!」
「ユーリ!良かった。いくら探しても見つからないから心配したんだ」
 私はデュラハンの白馬から降りてノクトに駆け寄る。
「ごめん。もうあんなことはしないから」
 私達は今、城のエントランスのような所に立っている。城の中も精密なレンガ造りでとても立派なんだけど、やはり所々にツタや大樹の根が張り巡らされていて、まるで廃墟のような感じがした。
「ほんとだ。まったく迷惑な娘だな、お前は」
 ノクトが走ってきた方向から小さな緑色の妖精が顔を出す。ゴブリンのムガーだった。
「ごめんなさい。迷惑をかけました」
 もう敵とかそういうのは私の頭の中に少しもなかった。だからムガーに対して深く頭を下げる。
「ふん!まあ、いい。さあ、いくぞ。モルガン様がお待ちだ」
「う、うん」
 そして私達はムガーが歩いていく方にノクトと共に進んでいった。後ろを振り返るとデュラハンがそこから動かずにこっちを見ていたので、私はお礼のつもりで大きく手を振った。



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