わたしの隣の魔法使い
第8章 闇の国ジハナム
【その5】
どれくらい歩いただろう。大きな樹との距離は少しも縮まず、私は同じ風景の中をずっと歩いていた。枯れ木が沢山立っている何もない沼地。空は相変わらず泣きそうなくらいどんよりしていた。
「はぁはぁ。もうダメ、歩けない」
柔らかい沼地をずっと歩いている為、足が思った以上に疲れる。靴には泥がこびり付いていてとても重くなっていた。カリバーンを杖変わりにここまで歩いてきたけれど、あまりの疲労に私は枯れた木の幹に座り込んだ。
「あーぁ。私はどこまで走ってきたんだろう」
私は疲れた足をさすりながら辺りを見回す。長い時間歩いているのに何故か一向に景色が変わらず私は頭を傾げる。
「もしかして、同じ所を歩いていたりする?」
なんだか嫌な予感がしていた。遠くの大きな樹とも距離が少しも縮んでいない。こんなに歩いているなら少しは近づいてもいいものなのに。
私は少し考えてから立ち上がって周りの木にカリバーンの刃で印を何ヶ所かつけた。もし同じ所を何度も歩いているならこの印がついた木がまた見えてくるはず。そして私は重い足取りで再び歩き出した。足が悲鳴を上げているけど、ここで座っていても解決は出来ない。
「やっぱり……」
そしてしばらく歩いてみて周りの木に自分のつけた印を見つけたので、私は再度木の幹に座った。やっぱり私は同じ所を何度もグルグルと回っているみたいだった。それがどうしてなるのかはわからない。でも私は前に進めない場所に来てしまったようだった。
「私をまた惑わそうとしているんだ……」
ジハナムに入ったら周りに惑わされてはいけない。ノクトは確かにそう言っていた。だったらこの少しも変わらない景色がジハナムの妖精の手によるものだとしても少しもおかしくはなかった。でも私はそこで焦ったりはしなかった。心はとても落ち着いている。
「じゃあ、どうしたらいいんだろう。下手に動くのは敵の思う壺なのよね」
そして私は何気なく手に握っているカリバーンに目線をおろす。
「カリバーン、あなたになら出来る?私を正しい道に導いてくれる?」
それは願いというよりかは誰もいない寂しい所での呟きなだけだった。だから何も期待はしていなかった。しかしカリバーンは私の言葉に答えるように強く光出した。
「え?え?」
私は慌てて下を向いているカリバーンを上に持ち上げる。するとカリバーンの先から一筋の光が遠くを指していた。
「もしかして、そこに向かえってこと?」
もちろんそれにカリバーンは答えはしない。でも私は光の指す方向へ歩き出した。
闇の国で一人になってしまった私。それはとても寂しくて不安な事なのだけど、私にはカリバーンがついていた。いつも私を助けてくれて、私を導いてくれる。だから私は聖剣カリバーンを信じている。
「それにロビンもついていてくれる」
どこにいるのかもわからない。誰なのかもわからない。でも私はロビンがいつも見ていてくれていると信じていた。だからこんな恐ろしい場所でも一人で前に進む事が出来る。
「だからこの道は先に続いているはず」
私はカリバーンの指す方向を泥で重くなった足にも負けず歩き出す。すると、さっきとはまったく違った風景が急に周りに広がった。それは光に導かれた方向に進んでからすぐの事で私はとても驚いた。
「え?」
出口に出た事はとても喜ばしいことなのだけれど、それより今私の目の前に広がっている景色に私は目を丸めていた。私はこの場所を知っている。
「ここは……クリスタル・ガーデン?」
夢の中でロビンが連れてきてくれた水晶の庭園が私の目の前で広がっている。でもあの時とはかなり違っていた。
たしかに水晶の地面に水晶の岩で出来た場所なのだけれど、その水晶が少しも輝きを放ってなくて黒く汚れている。そして流れる川は少しも澄んではなく、赤く濁っていた。
「何、ここ?クリスタル・ガーデンじゃないの?」
あの時の夢のような場所は今は姿を変えて、とても不快な場所に変わっていた。一体ここはどこなんだろう。ロビンが連れて行ってくれたあの場所とは違うのだろうか。
「娘、久しぶりだな」
私の頭は混乱していたけれど、そのいきなりの声に驚き後ろを振り返る。
「あなたは!」
そこにいたのは真っ白い大きな馬に乗った騎士だった。エルドラドランドにいた時は顔が透けて見えていなかったけれど、今はボンヤリと甲冑が見えている。それでもやはり頭部は透けていた。
「デュラハン!」
「ここにいるってことは、迷いはもうないってことか」
デュラハンの馬が軽く嘶いた。
「迷い?」
「そうだ。迷いの森からよく抜け出したな。娘」
やはりあの森は魔力によるものだったんだと私は知った。
「そうよ、私はもう前に進むしかないの。前に進んですべてを知りたい」
「そうか。なら連れて行ってやる。後ろに乗れ」
私はデュラハンの申し出を少しも躊躇することなく受け入れる。
「うん!」
そして白い馬の後ろに跨った。彼の体に触れると人の感触がしたので、体全てが透けているわけじゃないんだと実感する。そして馬は勢いよく走り出した。いきなり走り出すから私は後ろに落ちそうになり、それを必死に抑えた。
そして私達は大きな樹に向けて風の様な速さで走り出した。
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