わたしの隣の魔法使い
第8章 闇の国ジハナム
【その4】
「あなたの近くで命の炎が消えようとしている人がいます」
ジハナムの大きな樹まで続く道を歩いていると、私に声をかけてきた女性がいる。それは黒髪がとても美しい女性で、周りの怪物がたくさんいる中でとても浮いていた。
「え?」
私はその声に立ち止まる。私達が歩いている道には柵などはないのに、他の妖精は入ってこようとしない。もしかしたら何か特別な魔力が効いているのかもしれない。だからその女性も道の外から私を見つめながら話しかけてきた。
「死ぬのは悲しい事です。大切な人を失うのはとても悲しい事です」
私は女性の言葉にカイトの顔を思い出す。
「それはカイトのこと?カイトはもう死ぬってこと?」
「その人は大切な人ですか?あなたはこんな所にいていいのですか?」
そして女性は私の前で涙を流しだした。でもそれは普通ではなかった。
「え……」
女性から流れる涙は透明の涙ではなく、血のように赤い涙。それが美しい顔からとめどなく流れ出す。赤い涙のせいなのか、涙をたくさん流しているせいなのか、女性の目はだんだんと赤くなっていく。そして女性は泣き叫び出した。
「もっと生きたかった!私は死ぬ事なんて少しも望んでいなかったのに!」
私は赤い涙を流す女性を見て少しずつ怖くなっていった。
「死はとても悲しいの!一人じゃ辛いの!なんであなたはこんな所にいるのよ!」
そして女性の顔が徐々に老婆になっていきこちらに近づいてこようとしている。私は怖くなって後ろに下がる。
「ユーリダメだ。バンシーに惑わされてはいけない!あれは死の妖精だ!」
ノクトの叫ぶ声が聞こえてくるけれど、私はその声よりバンシーの顔と叫び声に釘付けになってしまい、頭の中が混乱する。
「そうよ、私はカイトを一人にするべきじゃないんだ」
「ユーリ!」
そう、私はカイトを一人にしてきてしまった。あんなに大切な人なのに、私はなんでこんな所にいるんだろう。私の頭の中にそのことでいっぱいで、ノクトが私の体を掴んだけれどそれを思いっきり振り切ってしまった。そして私は来た道を戻ろうとする。
「いけない!娘を止めろ!」
遠くでムガーの叫ぶ声が聞こえてくる。それでも私は操り人形のように他の人の話を聞こうとせず走り出す。自分の使命なんて頭の中にはもう残っていなかった。
「そうよ、死ぬのは悲しい。でもそれを止める事なんて誰にも出来ないのよ」
バンシーはそう呟いていたけれど、それが聞こえる距離には私はもういなかった。だから不適な笑みをバンシーが浮かべていても私はそれを見ることはなかった。
私は戻らなければいけない。もう死ぬんだったら最後までカイトの傍にいたい。
私はそんなことを考えながら走っている。もうどこを走っているなんてわからない。それでも私は無我夢中に走った。今すぐにカイトに会いたかったから。
『違う。結李は彼の最期を黙って見ていられる人じゃないだろう』
「え……?」
私の頭の中に声が聞こえてくる。私はその声に足を止める。
「ロビン?」
それはとても懐かしい声。ずっと私の前に姿を現してくれなかった人の声。
「どこ?どこにいるの?」
『さぁ、もう大丈夫だ。結李、前に進むんだ』
そう言われて私は辺りを見回す。気がつくと私の頭の中の混乱は治まっていて、周りがだんだん見えてくる。そして自分のおかれている状況がわかってくる。
「ここは……どこ?」
私の周りにはいつの間にかさっきとはまったく違う風景が広がっていた。森の中といったら少し表現がおかしいけれど、たくさんのやせ細った枯れ木が生えている荒地。この木達が葉を生やしていたらきっと森になるんだろうと思うほどたくさんの枯れ木が立っていた。足元の地面が黒い沼地で、こんな土では木が育たないのも納得がいく。そして、遥か遠くにあの大きな樹が見えている。私はかなり遠くまで走ってきてしまったようだった。
「ロビン?ロビン?」
私は何度もロビンの名前を呼んだけれど、彼はもう答えてはくれなかった。
「ノクト?ムガー?どこにいるの?」
この世界で唯一の仲間であるノクトやムガーの名前を叫んだけれど、誰も答えてはくれない。辺りはヒッソリと静まり返っていた。
「ノクトが言っていたのに、惑わされてはいけないと」
私はまんまとジハナムの妖精に惑わされてしまった。でもカイトの命が尽きようと言われてジッとしていられるわけがない。
「カイト、会いたいよぉ」
私はカイトの笑顔を思い出していた。いつも優しくて笑顔で微笑んでくれるカイト。私はあなたの顔が見たかった。声が聞きたかった。あなたとなら、こんな恐ろしい所でも何度でも来るのに。
私はカイトのことを思い出して目に涙をためる。でもここで流してはいけないと、手で涙を拭った。
「泣いてはダメ。私は約束したのよ」
そう、私はこんな所で悲しみに浸っている場合じゃない。私は芽衣と約束したんだ。必ずカイトを元気にすると。決して死なせたりしないと。
「だったら前に進まないと」
もう私はカイトに守ってもらう姫ではない。姫は大人しく怪物につかまっていなきゃいけないという決まりはどこにもないんだ。だから私はその殻を破って道を切り開きたい。もう惑わされたりしない。
そして私はとにかく進もうと決めた。どこにいったらいいかはわからないけど、遠くに見えている大きな樹を目指そうと思った。
「カリバーン、私を守ってね」
私の手には聖剣が握られていた。その聖剣は私の問いに答えるようにいつもより強く光りだしていた。
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