わたしの隣の魔法使い
第8章 闇の国ジハナム
【その3】
恐ろしい姿をしたジハナムの門の中に足を踏み入れた私達。中に入ると長く暗い洞窟が続いていた。所々に松明の炎によって明るくはなっているけど、それでも冷たく寂しい何もない岩だらけの洞窟。
「ちょっと、どこまで歩くのよ」
私とノクトはムガーとサグの後を着いて行っている。ムガーの小さな体がヒョコヒョコ動き、対照的にサグの大きな体が周りを揺らしながら歩いていく。もしかしたら罠なのかもしれないけど、この中では二人を信用するしかなかった。そうじゃないとどこへ行っていいのかわからない。
はじめは恐ろしかった緑色のゴブリンは、今までの恐ろしい妖精達の体験で慣れてしまったのか、あまり怖くなくなっていた。だからこうして普通に話しかけることが出来る。それでも後ろのトロールは怖かったけど。
「もう少しで着く。周りが騒がしいからお前はもうしゃべるな」
「え?騒がしい?」
私はゴブリンのムガーにそう言われて辺りを見回す。でもそこには何もいなかった。
「何もいないじゃない。何を言っているの?」
「うるさい。黙っていろ」
「だまってろ だまってろ お前食うぞ」
私はムガーの言っている事に首を傾げた。
「ユーリ、黙っていた方がよさそうだぞ」
私の後ろを歩くノクトが私の耳元でそう囁いた。
「え?どういうこと?」
「よく目を凝らして周りを見てみるといいよ」
私はノクトに言われた通り、何もない岩だらけの洞窟をジッと見つめる。でもやっぱりそこは岩だらけで何も……。
「え?何これ……」
たしかにそこは岩だらけだった。でも岩だけなのに、少しずつ赤い点が浮かび上がる。
「え?え?え?」
その点は1つ、2つとだんだん増えていき、しまいには何十、何百という数の赤い点が辺りの岩に浮かび上がっていた。そして岩から奇妙な声が聞こえてくる。声というより叫び声といったらいいのだろうか。その叫び声で耳が痛くなる。
「だから言っただろう、お前らが来たことで騒がしくなっていると」
ムガーが少し離れた所で溜息をついている。私はすぐにムガーがいる方に走る。
「こ、これは……何?」
「スクライカーだ。危害は加えないだろうが、あまりここに長居はしない方がいい」
「スクライカー?この赤い点は一体何なの?」
「あれはあいつらの目だ。ここには数え切れないくらいのスクライカーが住んでいる」
スクライカーというのが何なのか私にはわからないけれど、この数え切れないくらいの赤い点がその妖精の目だと思うととても恐ろしかった。私はこんなにもすごい数の妖精に見られている。
「わかったなら先に進むぞ。モルガン様を待たせると面倒だ」
「う、うん……」
赤い目だけの姿の見えない妖精。私はいきなり自分は歓迎されていない所に来てしまったんだということを思い知る。でもスクライカーの叫び声が強すぎてはやくここから立ち去りたかった。
「よし、出口が見えてきたぞ」
スクライカーの叫び声が弱くなってきたかと思うと、前に光が見えてきてムガーの歩く速度が上がる。サグも早く歩き始めたので地面が大きく揺れだした。私とノクトも後に続く。
そして私達は光の中に入っていった。暗い場所から急に明るい場所に出ると目が悲鳴を上げる。私は少しの間目をつぶり、そしてゆっくりと開ける。
光の中に飛び込んだはずだった。だからそこは明るい所だと思っていた。でもそこに光があったのは、洞窟よりかは明るいというだけで、洞窟の先の世界はまったく明るい世界ではなかった。私達が住む人間界や、美しい妖精界とはまったく違う世界。
「……何、ここ」
「ここが闇の国ジハナムだ、娘」
「これが……ジハナム」
私は目の前に広がる世界に足が震える。『闇の国』と呼ばれるジハナム。私はここに来て『闇』と呼ばれる理由が分かった気がした。
どこまでも続く岩だらけの黒い地面には、いくつもの血のような赤い水溜りがあり、そこからは何かが噴出している。空には真っ黒な厚い雲が広がり、いくつもの稲妻が怒り狂う龍のように空を駆け巡っていた。雨は降っていないものの、その漆黒の空はいつ泣き出してもいいと思えるような嫌な雲が何層にも重なっていた。
そしてその続く世界の中にひしめき合う黒い生き物達。個々にどんな形をしているのかはわからないけれど、無数の何かがそこには存在している。
「これがすべて妖精……」
私はイグドラ=シルのことを思い出していた。あそこでは美しい要塞の中に妖精達が楽しそうに暮らしていた。幸せに満ち溢れていた。でもここではその欠片も見る事が出来ない。まるで私は地獄を見ているようだった。
そしてそんなとても広い荒れた荒野の中心に立つ大きな樹。まるで空を支えているかのような巨大な樹は、荒れた世界には似合わない位に青緑の葉をまとっていた。
「あそこにモルガン様はいる。周りを見ずにオレに着いて来い」
私がいる所から大きな樹まで1本の道が通っていた。そこを通るのだろうけど、その間にはたくさんのジハナムの妖精達がいるようで、私は怖くて足が震える。だからムガーが歩き出しても私は歩けないでいた。
「行こう、ユーリ」
その時、ノクトが私の背中に手を当ててくれたので、足の震えがひとまず和らぐ。それでもやっぱりこの世界の中を歩くというのは怖かった。
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