わたしの隣の魔法使い


第8章 闇の国ジハナム
【その2】


 私にはずっと頭にひっかかっている事がある。それはワイトと戦った時のモルガンのあの言葉。
『それはいずれ分かるさ。きっとお前は私のもとに自然にやってくる』
 私はずっとそれが引っかかっていた。それに彼女は聖剣カリバーンの事も知っていた。ティル・ナ・ノーグに行っても知ることの出来なかった妖精王のこと。それが敵であるモルガンなら知っているんじゃないかと私は何故か思っていた。
「そうよ。私はカイトを助ける為ならなんでもしなきゃいけないんだ」
 それがたとえ敵の懐の中に飛び込むことだとしても。大丈夫、私にはカリバーンがある。だから簡単にこの身を彼らに渡したりなんかしない。
「でも、どうやってあそこに行くんだろう」
 私はそう考えながら学校の校門から外に出た。
「あ……」
 これからのことを考えながら歩いていた私の前に、ある人物が立っていたので私はとても驚いた。向こうも私に気がついてこちらに歩いてくる。
「ノクト……」
「ユーリ、お前が出てくると思って待っていたよ」
 そこに立っていたのは小さくてフワフワ浮いているノクトではなくて、背の高い立派な衣装に身をまとったノクトだった。私のその姿に少し緊張する。前の姿では王子ということが想像出来なかったけど、今の姿は本当に王子様のようだった。
「ねぇ、本当にノクトなんだよね?」
「そうだよ。これがオレの本当の姿だ」
 そんなことを言われても、私の中ではあの小さなノクトが本当のノクト。だから目の前の大きなノクトを見てもまだ他人にしか見えなかった。でもこれもはやく慣れなければいけない。
「ユーリ、学校を抜け出してどこへ行こうとしているんだ?」
「え?……えっと」
 私は自分の考えをノクトに言っていいものかわからなかった。だってティル・ナ・ノーグの人たちは明らかに真実を知られたくないようだったし、ノクトはあの世界の王子様。
「もしかしてジハナムに行こうとしていないか?」
 私はノクトの言った事に驚く。
「え?なんでそれを?」
「やっぱりな。で、ジハナムの行き方は知っているのか?」
 私はそれに黙る。もちろん知るわけもなかった。ティル・ナ・ノーグの行き方だって私は知らない。
「じゃあ、オレが連れて行ってやる」
「え?な、なんで?」
 なんで妖精界の王子様がジハナムなんかに行きたがるの?私は意味がわからなかった。
「少し確かめたいことがあってな。どうする?ユーリ、行くか?」
 私はノクトの言葉に戸惑っていた。ここでこの誘惑にのっていいものなのだろうか。でも拒んだら他にどうやってあそこに行ったらいいのかわからない。
「……うん。行く。私、闇の国ジハナムに行ってみたい」
 ノクトがなぜ敵の世界に行きたいのかはわからない。でも私はずっと伏せられていたことをこの手に掴んでみたかった。カイトを助けるにはまずすべてを知らなければならない。それが妖精界ティル・ナ・ノーグの王子のノクトの手引きだとしても。その後ろにエアリエルや女王様がいたとしても。
(利用出来るものはすべて利用する。遠慮していたら何も手に入らないもの)
「じゃあ、オレに掴まれ。ジハナムの入り口まで飛んでいく」
「う、うん」
 そして私は王子であるノクトの体に掴まる。その立派なノクトの服はとても触り心地が良かった。

「芽衣が言っていたんだけど、カイトに何かしたの?」
 ノクトは背中に透明の羽根を生やして、私を抱えながら空を飛んでいる。そのスピードが驚くほど速かったけれど、私はそのスピードを体に感じることなく話が出来る。とても不思議な気分だった。まるで動いているのが周りの風景のほうのように。
「あぁ、これ以上魔力を使わないように深い眠りに落ちてもらったんだ。当分は目覚める事はない」
「そうなんだ……」
 ジハナムに行く前にカイトを一目見たかった。この身がどうなるかもわからなかったから。でも私はやめて正解だと思っていた。目覚めないカイトに会ってもきっと私は泣いてしまうだけだったから。
「それで寿命が戻るわけじゃないけど、これ以上縮める事は出来ないからな」
「そうだね」
 あとどれくらいカイトが生きられるかわからない。それを知る方法は私にはない。ノクトもこれはわからないと言っていた。
「間に合うかな……」
「どうだろうな。でもやるだけのことはやるんだろう?」
「うん。簡単に死なせたりなんかしないよ」
 私の決意は固い。これから敵の本拠地に向かうのも少しも怖くなかった。どんな大きな敵が現れたとしても私は立ち向かう。
「いいか、ユーリ。ジハナムはティル・ナ・ノーグとはまったく違う。周りに決して惑わされるなよ」
「う、うん」
 そしてノクトが急降下してある所に降り立つ。
「また森……」
 そこは妖精界ティル・ナ・ノーグの入り口のような深い森の中だった。私はそこでノクトに下ろされる。やはり私にはここが一体どこなのかわからなかった。
「ユーリ、オレの後ろを離れるなよ」
 道のない深い森の中をノクトは歩き出した。私はノクトからはぐれないように必死に着いていく。でもどこを歩いてもまったく同じ景色で私は気が滅入りそうになってしまう。
「見えてきたぞ、あれが入り口だ」
 そんな同じ風景の中で、私はノクトの指差す方に顔を向ける。するとそこにはとても大きな真っ黒い門が見えてきた。森の中に立っている黒い巨大な門。それはとても異様な光景だった。何かに支えられているわけではなく、ただ門だけそこにある。
「何これ……」
 私とノクトはその門に近づいていく。遠くからではわからなかった門の本当の姿に私はとても怖くなってしまった。それはまるでオーギュスト・ロダンの地獄の門のように恐ろしい姿をしていて、数々の彫刻にはたくさんの妖精達が苦しむ姿が表されている。そして門の中央には妖精王の紋章が光によって浮き出ている。これがきっとジハナムの結界。
「見るだけで胸糞悪くなる入り口だな」
 ノクトも嫌な顔をしてその門を見つめていた。でもこれを見て不快に思わない人はいるのだろうかと思えるほど見るだけで恐ろしい門だった。私は背中に嫌な汗を流す。
「ほほー、本当にきやがった」
 その不意の言葉に私は聖剣カリバーンを手に握った。ノクトも身構える。
「まあまあ、今はそちらと戦う気はないよ」
 そこにいたのは緑色の小さな怪物だった。その後ろに大きな茶色い怪物も立っている。
「モルガン様 言った通り 向こうから 来た 殺す?殺す?」
 トロールのサグは明らかに楽しそうだった。足を一歩動かすだけでも地面が軽く揺れる。
「まあ待て。丁重に扱えとのご命令だ。おいお前ら、オレに大人しくついてこい」
 そう言ってゴブリンのムガーは結界を潜り抜けて門の中に入っていく。門はいつの間にかその口を開いていた。
「こい こい 変な事したら 殺してやる」
 ムガーの後ろからサグも着いていく。
「ユーリ、行くぞ」
「う、うん」
 そして私達も2体の怪物の後ろについて闇の国ジハナムの門を潜っていった。



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