わたしの隣の魔法使い


第8章 闇の国ジハナム
【その1】


 カイトが死んでしまう。
 それを知ったのは昨日の事。私の体にはまだカイトの温もりが残っていて、唇にはカイトの感触が残っている。これがすべて夢だったらいい。これが全て偽りだったらいい。私はそう何度も願ったけれど、それが叶えられることはなく、ただ残酷な現実だけが残っていた。
 頭が重くて、目が痛い。ママが私を察してくれて学校を休むように薦めてくれたけど、私は学校に行くことを選んだ。今は一人でいる方が辛い。
「結李、おはよー。エルドラドランドどうだった?」
 教室に着くとすぐに真昼が話しかけてきてくれた。私はなるべく自分の気持ちを出さないように気をつける。
「うん、楽しかったよ。話題だけあってアトラクションすごかったし」
 あの日の事は本当はもう思い出したくなかった。でも今は耐えようと思っていた。
「そっかー!やっぱりはやく行きたいなぁ」
 私はもう行きたくない。でも私は真昼に合わせて楽しく振舞う。今はそれだけで精一杯だった。少し気が緩むときっと泣いてしまう。
「そういえば、結李って誰とエルドラドランドに行ったの?」
「え?」
 私は真昼の意外な言葉に止まる。
「誰って、カイトだって言わなかったっけ?」
「え?カイト……?誰それ?」
 嫌な予感がした。胸がざわつく。
「おはようー。今日は寒いなぁー」
 その時、私の隣から声が聞こえてくる。それは私の聞いたことのない声。
「おはよう!佐々木。こんな寒い中、朝練お疲れ様だねぇ」
 私はおそるおそる隣を見る。そこには見たこともない男性が立っていた。制服じゃなくジャージを着たスポーツ万能そうな人。
「ん?河原さん、どうした?鳩が豆鉄砲くらったような顔して」
「なにそれー、佐々木。表現古くない?」
 真昼と隣に座る男性との楽しそうな会話。私はそれが頭に入らず、今の状況がわからなかった。
「あなたは誰……?ここはカイトの席じゃないの?」
「結李?どうしたの?ねぇ、カイトって誰なの?」
 私は恐ろしくなって立ち上がった。それを真昼と隣の男性は驚いた表情で見ている。
「違う。カイトはいるの。まだこの世界の中にいるのよ」
 こんなこと信じたくない。なんでカイトが私の隣にいないの?私は教室を出て、ある所に走り出す。
「芽衣!」
 私は隣の教室の出入り口から顔を出し、とても目立つ金髪の少女を見つける。そしてその少女に向かって大きな声で叫んだ。芽衣は私が呼ぶのと同時にこちらを見る。その顔は私と同じでとても辛い表情。芽衣は周りの人達が驚く表情で私を見る中、こちらにゆっくりと向かってくる。
「来ると思っていたわ。静かな所で話しましょう」
 そして私達は重い足取りで屋上に向かっていった。

「そうよ、海斗の記憶はすべて消されたの」
「なんで?なんでそこまでする必要があるの?」
 11月の冷たい風が屋上に吹き荒れている。でも私達はその寒さを感じないかのようにそこに立っていた。
「知らないわ。でもこれは海斗が選んだことなの。あの人が眠る前に自分でやったことなの」
「え?眠る前?」
 芽衣は涙を必死にこらえて私に話をしてくれている。私もそれを見て泣きそうになる。
「白い髪の妖精が海斗になにかしていったの。それから海斗は一度も起きてない。ずっと眠っているの」
 芽衣の大きな瞳から涙が一筋流れる。
「私がどんなに話しかけても、どんなに体をゆすっても起きないの。ねぇ、結李。私は彼と話をしたいだけなの。それさえも許されないの?」
 芽衣は泣きながら私の肩を掴んでくる。震える足を必死に抑える芽衣。
「芽衣、ごめん。本当にごめん……」
 私は震える芽衣を強く抱きしめた。そして一緒になって泣き出す。
 なんでこんなことになってしまったんだろう。誰も望んでいないことがなんで起きてしまうんだろう。私も芽衣もただカイトに笑っていてほしいだけなのに。
 しばらく声に出して泣く私達。どんなに大きな声を出しても風がそれを消してくれる。だから私達は思いっきり泣いた。誰にも言えない私達の悲しみ。周りの人に言えればどんなに気が楽になるか。でもそれを言うことは決して許されることじゃない。
 昨日まで学校で一番目立っていて一番人気のあった『滝沢海斗』という人物のことは、もう誰の頭の中にも残っていない。本人の手によってすべて消されてしまった。カイトがどんな思いでそれを行ったのか私には想像も出来ない。ずっと一人で苦しんでいたのに、何で記憶まで消さなければいけないのだろう。私はそれを思うだけで辛かった。
「芽衣、私は出来るだけのことをやってみようと思っているの」
 まだ泣いている私と芽衣。いつも気が強くて嫌味っぽい彼女がこんなにも小さくて儚く見えたのは初めてだった。
「……」
 自分に何が出来るのかわからない。でも私は普通の人よりカイトに近い位置にいる。そして妖精にもジハナムの妖精にも会える。だったら指をくわえて見ていないで自分から動いてみたい。だって……。
「私もまた元気なカイトと話をしたいもの。彼の笑っている顔をみたいもの。それが出来るなら私はなんだってするつもり」
「結李……」
「だから芽衣、待ってて欲しいの。私がカイトを元気にしてみせる」
 私は芽衣を抱きしめる手を解いて、芽衣と顔を向き合わせる。
「うん……。待ってる。ずっと待ってるから、絶対に海斗を元気にしてあげて」
「約束する。私は自分の出来る限りのことをするから」
 保障のない約束。それでも二人の笑顔を取り戻すのには、それだけで十分だった。
「じゃ、私は行くわ。何かあったら報告するから」
 もう授業はとっくにはじまっている。でも私はそこには戻ろうとは思っていない。私は屋上から校舎に戻る扉のドアを握る。
「私は、あの人のことがずっと好きだったの!」
 その時、後ろで芽衣が何かを叫んだ。私は振り返る。
「でも、私達の結婚の誓いはただ親族が決めた決まりごと。人と結びつきたがらない魔法使いの為に一族が決めた決まりごとなの」
「芽衣?」
「私と海斗の間に愛なんてない。私が一方的に好きなだけ」
 芽衣ははじめて私の前で笑顔になってくれた。
「だからあなたは、自分の想いを信じて前に進んで。海斗もあなたをきっと待ってるから」
 私は優しい笑顔の芽衣に向かって頷く。
 そして私は早足で校門に向かっていく。私の瞳からは涙がたくさん流れていた。きっと芽衣も今頃さらに泣いているだろう。
「きっと見つけてみせる。あなたを助ける方法を」
 これは私にしか出来ない。そして、私になら出来ると信じているから。



<< 前へ  戻る  次へ >>