わたしの隣の魔法使い


第7章 カイトの秘密
【その6】


 次の朝、学校に着くと教室がなんだか騒がしかった。何故だかいつもより女子が多い気がする。
「どうしたの?」
 私は自分の席に鞄を置いて、前の席に座っている真昼に訊ねる。
「ほら、あれよあれ」
 真昼は教室の後ろの10人ほどの人だかりを指さす。私はなんだろうと思ってそこまで行き、背伸びして見てみた。
「あ……」
 人だかりは全員女性で、中には見たことのない人もいるので他のクラスの人か上級生なのかもしれない。その中心にはカイトがいた。
「ありゃ、やばいねー。この私でもちょっとグラっときちゃったもん」
 いつの間にか私の横には真昼がいて、私と同じように背伸びをしてカイトを見ていた。
 人ごみの中心にはいつもと違ったカイトが囲む女子に次々に話しかけられていた。明らかに困っているカイトの顔。
 いつもと違ったカイトというのは、整った顔にかけている細い黒い縁の眼鏡のことで、シンプルな眼鏡だったけれど、それが余計にカイトの顔を引き立てていた。いつものカイトでも素敵なのに、今日のカイトは眼鏡がさらにその顔を素敵に見せていた。そりゃ女子が騒ぐわけだ。
 しかし、私はカイトの顔を良く見て気がついてしまった。何故カイトが急に眼鏡をかけるようになったのか。
(目がまだ少し赤い……)
 昨日の輝くような赤い色ではなかったけれど、カイトの両目はまだ少し赤くて、それを隠す為の眼鏡だと私は思った。それに気がついている人は周りには誰もいない。
「あ、ユーリ」
 人だかりの中からカイトが私を見つけたらしく、私に手を振ってきた。そして輪になった人だかりが自動的に開いていく。いつもより知的な姿のカイトと目が合った私はドキッとする。しかし、たくさんの女性に見つめられながら、どんな顔をしていいかわからなかった。
「おはよう、ユーリ」
「……おはよう」
 女性の強い視線を感じながら、私はカイトに朝の挨拶をする。女の嫉妬って本当に怖かった。隣の真昼はいつのまにか自分の席に戻っている。うぅ、ひどい。
 そこで朝礼がはじまるチャイムが鳴らなかったら私は胃に穴が空いたかもしれない。でもチャイムのおかげで、たくさんいたカイト目当ての女の子達は自分のクラスへと戻っていった。私はホッとして自分の席につく。
「すごかったね。何事かと思っちゃったよ」
「ごめん。僕もちょっと困っていたんだ」
 カイトの私を見る瞳はやっぱり赤い。教室の窓から差し込む光が当たって、さっきよりさらに赤く見えていた。
「目の色、まだ戻っていなかったんだね」
「うん。まあ、強い力を使ったからね。当分は戻らないかも」
「そっか……、大丈夫?」
「大丈夫だよ。時間がたてば元に戻るし」
 こんな台詞は何度も言っていて、カイトの耳にはタコが出てきているかもしれなかったけど、私には言わずにはいられなかった。それをわかっているのか、カイトも毎回きちんと答えてくれる。
 教室の前では先生が朝礼を始めている。私はその話を聞きつつ、カイトのことが気になっていた。目のこともそうだったけど、いつもと少し違うカイトにドキドキした。
「そうだ、土曜日だけどどこに待ち合わせする?」
 今週の土曜日はカイトとエルドラドランドに行く日。今日が水曜日だから明々後日のことになる。
「駅前でいいんじゃない?時間は、うーん、9時くらい?」
 エルドラドランドは守水駅から電車で3つ目の所にある。開園が10時らしいからきっと9時くらいが丁度いい時間だと思った。
「了解。じゃあ土曜日駅前で待ってるね」
「うん。おっけー」
 私はカイトと約束をしながら、当日は眼鏡姿で来てほしくないかななんて思っていた。こんな姿で1日ずっと見られていたら一体どうなってしまうのか。いや、どうもなるわけではないけれど。でもそんなこと、カイトに言えるわけもなかった。
「え?なになに?滝沢君とエルドラドランド行くの?」
 真昼が私達の話を聞いていたらしく、私の方に体を向けてきた。
「そうだよ。僕がユーリに頼んだんだ」
「へぇへぇ!そうなんだぁ」
 明らかに真昼の顔が面白がっている。
「月曜日、いい報告待ってるからね!」
「……はい」
 何の報告だよ、なんて自分の中で突っ込んでみたけど、それは口にはしなかった。真昼の言いたいことは言われなくてもすごく伝わってくる。でもカイトと私の間に何かあるはずがない……よね?
 朝礼が終わり1時間目の用意をしていると、急に教室がざわつく。窓側の席の私と真昼は外を見ながら話をしていたからはじめは気がつかなかったんだけど、ある声でそれが何なのか知る。
「結李、ちょっと話があるんだけど」
 そこには長い金髪のツインテールをなびかせて、芽衣が私の前に立っていた。明らかに敵意のある目。
「え?」
 私が訳が分からないという表情をする。
「芽衣、やめろ」
 隣のカイトが私と芽衣の間に入る。しかし芽衣の表情は変わらなかった。
「嫌よ。私は結李に言いたいことがあるの!」
 芽衣の大きな声に教室がざわつく。しかし芽衣は声の音量を下げずに話す。
「いい?これ以上海斗にかまわないで。海斗の傍は私だけで十分なのよ!」
 それを言い終える前にカイトが芽衣の手を引っ張って教室の外に連れて行こうとしていた。私はそれを呆然としながら見ていることしか出来なかった。もちろん芽衣に反論なんてする暇もなく。
「今度なにかあったら、私はあなたを一生許さないから!いい?!わかった!?」
 芽衣が去った後も教室はざわついていた。何人かは私を見ている。
「ちょっと結李、あの子になにかしたの?」
 何かした……のかもしれないけど、私はここで頷くわけにはいかなかった。
「さ、さぁ。カイトとよく一緒にいるからなんか勘違いされているんだよね」
「そうなんだ。彼女、そういう感じするもんね」
 真昼は私を疑うことなく信じてくれた。でもまだ周りの視線は痛かった。
 たしかに私は最近ずっとカイトと一緒にいる。芽衣の存在を忘れているわけじゃないし、彼女がカイトの婚約者だってこともわかっている。でも私はカイトの傍にいて守られていることに満足をしていたのかもしれない。もしかしたら自分はカイトにとって少し特別かもしれないと思っているのかもしれない。それにカイトを危険にさらしているのも確か。昨日なんてあんな強い力を使わせてしまった。だったらあれだけのことを言われてしまってもしょうがない。自分の不甲斐なさに腹が立つ。
 元々私はただ偶然にカイトにぶつかってしまったが為に運命が変わってしまった。そんなただの偶然の女がのこのこと出てきて婚約者の芽衣はとても心配しているのだろう。私が彼女の立場でもきっと同じようなことをするに違いない。
 でも私はカイトに惹かれていた。それは紛れもない事実で、自分の心には嘘をつけなかった。それでどうするわけでもないし、告白をしたいとか思ったことはない。でも私はカイトのことを見るととてもドキドキした。あなたのことをずっと考えてしまう。この気持ちに私は一体どうしていいのかわからなかった。
「ごめん、ユーリ。芽衣が変なこといって」
 カイトがため息をつきながら教室に帰ってきた。
「ううん。いいの。こっちこそごめん」
「なんでユーリが謝るの」
 それでも私は謝るしか出来なかった。
「ねぇ、カイト。芽衣とはいつから婚約しているの?」
 私は誰にも聞こえないくらいの小さな声で話をする。これは一度聞いてみたかったこと。今がその時じゃないかと私はカイトに訊ねる。
「たぶん生まれた時からかな。そういう決まりなんだ」
 私の小声に対して、カイトは普通のトーンで話をする。この話は秘密なのかそうじゃないのか私にはわからなかった。
「そう……なんだ」
 あれ?
 私はそこである疑問が頭の中に生まれた。じゃあ、あの『僕は誰のことも好きにはならない』『僕と一緒にいても不幸になるだけだから』という言葉は婚約者がいてもカイトの口から発せられた言葉なのだろうか。それって少しおかしい気がする。
(カイトに聞ければいいのに……)
 思えば、私はカイトのことを何もわかっていないのかもしれない。ずっとわかっているつもりだったけれど、カイトが何を背負ってきて何を思っているのか、よく考えると全然わからない。だから芽衣という存在がいてもカイトの口から発せられる誰も好きにならないという言葉の意味がわからなかった。
 それでも私はカイトに嫌われるのが怖くて何も聞くことが出来なかった。



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