わたしの隣の魔法使い
第7章 カイトの秘密
【その5】
ビルの合間から差し込む月の光が私とカイトを照らす。私は私の膝の上で静かに眠っているカイトを見ていた。少し前まで苦しい表情をしていたカイトは今は優しい顔で眠っている。私はそれを見てとにかく安心した。
暗い路地裏は誰も通ることもなく静かで寂しい。音といえば遠くから聞こえてくる街の雑踏の音だけだった。そんな中私は何もすることなく、ただカイトを眺めていた。その美しい顔に触れるとひんやりと冷たい。
「その男があんな技まで使えるとは予想外だったよ」
そこには誰もいないと思っていた。だから油断をしていたのかもしれない。声が聞こえてきても私は動くことが出来なかった。
「だ、誰!?」
「久しぶりだね、お嬢ちゃん」
声と同時にチリンっという音がどこかからか聞こえてくる。それは小さな鈴のような音。
月の光が差し込む所以外は真っ暗で、目が慣れていないとそこに何があるかはわからない。私の目は長時間闇に晒されていた為、なんとなく闇の中に何があるのかわかっていた。そんな闇の中で何か小さなものが動き、こちらに向かってくる。
「あなたは!」
その声の主が闇から光の中に入ってくる。それは小さな黒猫で、こちらに向かって優雅に歩いてきた。
「モルガン……」
「へぇ、覚えていてくれて私は嬉しいよ」
私は学園祭のことを思い出していた。この猫はあの時は私を捕まえようとしていた黒猫。だから私はカイトを膝に寝かせたまま身構える。
「安心しな。今の私にはお前を捕らえるほどの力は残っていないよ。この体に戻すのにもこんなに時間がかかってしまったしな」
私の近くまで歩いてきたモルガンは、フワッと体を浮かし、私の目線の位置辺りで留まった。私はモルガンの言葉が本当のことなのかわからず、カリバーンの姿を戻し構えずに片手に握っていた。
「お前、それは本物の聖剣カリバーンか?」
「え……?」
私はモルガンからカリバーンの名前が出てくることに驚いた。
「まあ、それはいい。しかし、数打てば当たるなんて思ったけど、私の作戦は見事失敗。その男、なかなかやるわね」
猫が足を組んで色っぽく話すっていったらなんだか変だけど、私の目の前のモルガンは実際そんな感じで私に話しかけていた。
「……ってことは、あなたがあのワイトを操っていたの?」
「ピンポーン。その通りだよ。あいつらはバカだから、ああでもしないと決まった動作はしないしね」
あんなたくさんのワイトを呼び出してしまうほどのこの猫は一体何者なんだろうと私は思った。そしてモルガンは私の方に軽やかに飛んできて、カイトの額に小さな手を乗せた。
「ふーん。この男、だいぶ力を使ったみたいだね。人間にしては良くやると思うが……」
「何?……何なの?」
途中で止まるモルガンの意味ありげな言葉。しかし彼女はそれ以上は答えてはくれなかった。そしてモルガンはカイトの額に手を当てながら何やら考え事をしているようだった。
こんなに近づいてきてもモルガンは私を捕まえようとはしない。はじめはもしかしたら嘘かと思っていたけれど、彼女に力が残っていないというのは本当らしかった。そしてモルガンはまたフワッと飛んで元に位置に戻る。
「お前、ジハナムに来ないか?」
「え……?」
それはいきなりの誘いで、私は一体この猫が何を言っているのか分からなかった。ジハナムっていったら敵の本拠地。
「何を言っているの?!私が何であなたたちの所に行かないといけないよ」
するとモルガンはフッと笑う。
「まあ、そうだね。でもお前にとっても決して悪いことではないはずだよ」
「悪いことではない……?一体どういうこと?」
モルガンの体が徐々に透けてくる。私は彼女の言っていることが分からずに何度も問いかける。
「それはいずれ分かるさ。きっとお前は私のもとに自然にやってくる。その時を楽しみにしているよ」
そして黒い猫は私の視界から完全に消えてしまった。言葉に謎を残して。そしてまたその場所に沈黙がやってくる。
「一体何なのよ……」
私にはわからなかった。何故私が敵であるジハナムの妖精に誘われなくてはいけないのか。『自然にやってくる』?そんなこと絶対にありえないこと。私がジハナムにいったら悪い妖精が人間界に出てきて、ティル・ナ・ノーグを襲ってしまう。それを避ける為に私とカイトはこうして頑張っているのに。
「……ん」
私がモルガンに言われたことで色々と混乱している時に、眠っているカイトから声が聞こえる。
「カイト?」
カイトは眠りの世界からこちらに戻ってきたようだった。
「ん、ここは……」
そしてカイトはゆっくりと目を開ける。
「あ……」
カイトの瞳はまだ両目とも赤いままで、光は発してないものの、透き通った赤い色が綺麗だった。
「そうか、僕はワイトとの戦いで……」
「うん。ずっと眠っていたよ。体、大丈夫?」
カイトは私の膝からゆっくりを体を起こす。
「もう大丈夫。ユーリ、膝を貸してくれてありがとう」
真っ赤な瞳が私の体を捕らえる。その瞳に吸い込まれそうで私は動けなかった。
「ほんとに?本当に大丈夫?」
私はモルガンの言葉が気がかりだった。引っかかる彼女の言葉。
「ユーリは心配性だな。僕が大丈夫っていうんだから、大丈夫だよ」
でも瞳の色はあの時のままで、これで本当に大丈夫というのだろうか。私は心配な顔をする。その顔を見たカイトが私の長い髪を触った。
「ユーリがあんなに怖がるなんて思わなかったよ。そんなに幽霊が嫌い?」
「あ……」
そうだった。私はカイトの前ですごくすごーく取り乱しだったんだ。今更になって私の顔が熱くなる。
「でも可愛かったかな。ユーリの意外な一面」
「……もう、からかわないでよぉ」
カイトがクスクスと笑う。私もそれを見て一緒になって笑った。
「エルドラドランド、お化け屋敷もあるみたいだから、一緒に入ろうね」
「え……?」
お化け屋敷?私は赤くなった顔を一瞬で青く染める。
「ムリムリ!無理だってば」
私は思いっきり動揺する。それを見てカイトはまた声に出して笑って私の頭に手を回した。
「ユーリはかわいいなぁ。……良かった。君が無事で」
カイトの優しい声が私の耳元で囁かれる。私はその心地よい声に酔いしれそうだった。
「ごめんね、カイト。私はなかなかあなたの役に立てないや」
「いいよ。ユーリには僕に守られるお姫様でいてほしいから」
それはとても嬉しいこと。でもカイトのこんな姿を見てしまって私は複雑だった。
「何があっても僕が君を守ってあげるから」
それでも私はカイトの言葉に小さく頷く。
「……」
でも私は思い出す。西角君が教えてくれたあの言葉を。
『僕は誰のことも好きにはならない』
今ここでそれを聞ければいいんだけど、私の口からはそれを出すことが出来なかった。私はカイトの温もりに幸せを感じながら、それでも彼は私のことをなんとも思っていないのではないと心の中で震えていた。
でもそれでも良いかもしれない。あなたに婚約者がいても、あなたが私のことをなんとも思っていなくても、それでも私はあなたの傍にいられるだけで幸せなのかもしれないと。
「さ、帰ろうか。僕が送るよ」
私はカイトと見つめ合う。私は微笑んで頷く。カイトも微笑む。
この微笑を見ていられるなら私は幸せなんだと。
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