わたしの隣の魔法使い


第7章 カイトの秘密
【その4】


 私は大抵のものが大丈夫で、蛾もゴキブリもどんな爬虫類でも全然平気。高い所が少し苦手だけど、好き嫌いも特にはない。そんな私でも何をどうしてもしてもダメなものがあった。
 それはお化け。
 私は幽霊という存在がどうしても苦手だった。怖い話も絶対聞かないし、お化け屋敷なんて論外。ホラー映画もドラマも自分からは見ようとはしなかった。それなのに、今私の前には……。
「ムリムリムリ!いやあぁぁぁ!」
 それは確かに人の形をしていて二足歩行なんだけど、体が骨だけで出来ている。少しだけ肉の塊がついている部分もあったけど、どうみても死者が生き返った感じだった。お化けというよりゾンビに近いかもしれないけど、私はこれでもまったくダメで、そんなやつらが何体もこちらに向かって歩いてくるのに体の底から震えていた。
「こっちこないで!お化けは嫌いなのー!」
 私は大泣きする寸前だった。辛うじてカリバーンは持っていられたけれど、向こうが1歩進んでくるごとに私は1歩下がる。それの繰り返しだった。
「ユーリ!大丈夫だから!ワイトは妖精の仲間で幽霊じゃないから!」
 少し遠くでワイトの相手をしているカイトが私に向かって叫んでいる。でも私は自分の剣を構えることが出来なかった。
 ワイトは何体いるのだろう。カイトが1体倒す時間は非常に短かったけれど、その数の多さに少し苦戦している。そして私はまったく相手も出来ないで、向かってくるワイトから逃げることしか出来なかった。
 カリバーンのあの閃光の攻撃をすればよかったのかもしれない。それならこのたくさんのワイトを一掃出来たかもしれない。でも今の私はまったく集中できなくて、カリバーンを見ることさえ出来ない。何をどうすればいいかなんて考える暇もなく、ただ襲ってくるワイトが怖くてしかたがなかった。
「こないで……こないで……あっ!」
 私はあまりに後ろに下がった為、後ろの壁にぶつかってしまった。これ以上後ろに下がることは出来ない。ワイトは私に向かってゆっくりと向かってくる。思考がないのか、私がこれ以上進めなくなってもその速度は変わらなかった。しかしこのピンチに私は足を震わせて座り込んでしまった。怖くて何も出来ないとはきっとこういうこと。
『ガガガ オマエ イタダク』
 ワイトから声が聞こえてくる。それは何重にも重なって大きな雑音となる。私はその声を聞きたくなくて両手で耳を塞いだ。そして大きな涙をたくさん流す。怖い。本当に怖い。
 小さい時、パパが見ていたホラー映画をたまたま見てしまって以来、お化けという存在が怖くなってしまい、その日から一人で寝ることが出来なくなった。今でこそ一人の部屋で過ごすことは出来るけれど、中学一年まで私はママと同じ部屋で夜を過ごしていた。あれは作りものだよ、とか、本当はいないんだよ、なんて教えられてきたけど、私の目の前には実際にそれが存在している。私は心の中で嘘つき嘘つきと叫ぶ。
 ワイトの足跡はすぐ近くまでやってきた。もうたぶん目の前。近くに来ている気配も感じる。でも私はその場に座り込んで耳を両手で押さえていたからその様子を見ることが出来なかった。
「ユーリ!」
 遠くでカイトの声が聞こえる。でも私はカイトの声に答える事が出来ない。
「くそっ、お前達邪魔だ!」
 カイトの焦る声。私はただ心の中で謝るしか出来なかった。
 そして私の肩に何かが触れる感触がした。私はビクッと体を震わせる。それは肩かた頭から背中から色々な所に増えていく。きっと私はワイトに囲まれて、このままどうされてしまうのだろう。
「やめろ!ユーリに触れるな!」
 その時、近くで大きな何かが壊れる音がする。そして次にバラバラと崩れる音も耳に聞こえてきた。
「ユーリ!?大丈夫か?」
 私はその声に顔を上げる。そこには遠くで戦っていたカイトが座り込んでいる私を見ていた。カイトは私の顔を見て安堵の表情をする。私の周りにいた数体のワイトはいなくなっていたので、きっとさっきの大きな音はワイトがグラムによって崩された音だったに違いない。
「カイト……カイトー!」
 私はただ怖くて怖くて、カイトの顔を見るたびホッとして抱きついてしまった。そしてカイトの胸の中で大声で泣く。まだここが戦場だというのに。それはまるで子供のように。
「大丈夫だ。俺が君を守るから」
 カイトも私を強く抱きしめてくれた。そして小さくそう囁いてくれた。しかし、数え切れない位の数の多いワイトが私とカイトの方に向かって歩いてきている。一体どこからこの数は沸いてくるのだろう。
「……これだけは使いたくなかったが」
 そしてカイトは小さく息を吐き、何かを呟き始めた。
『我が体を流れる真紅なる命よ 眠れる神聖なる魂よ 我が名に従い力となれ すべての闇を打ち払う刃となれ』
「え……?」
 カイトが呪文を唱えると辺りが一瞬静かになる。まだカイトの胸の中にいた私も、その静けさに顔をあげた。
「カイト……?」
 それは不思議な光景だった。私を抱きしめているのは確かにカイトなんだけど、私の目の前にいたのが本当にカイトなのかわからなかった。
 真っ白になった髪の毛に、真っ赤な燃えるような両目、それは獣の目であるかのような真っ赤な光を発している。そして体から発する真っ白い光。その姿は神々しくてまるで神様を見ているようで私は背筋が凍ってしまうかと思った。
『浄化せよ』
 それは本当にカイトの声だったのだろうか。低く唸るような言葉がカイトの口から発せられる。そしてその瞬間、大きな叫び声にも似た声が辺りから聞こえ始める。
「ワイト達が……」
 その叫び声はワイトが発したもので、何十、何百といるワイト達がその場で苦しみ崩れていっている。頭蓋骨だけの骨の人形が苦しむという表現は少し変かもしれないけど、本当に苦しむような仕草を見せ、苦しむ声を発している。そしてあんなにいたワイトは骨が砂となり、すべて消えてなくなっていった。
 すべてのワイトが消えた後、驚くほど静かな空間にまた音が戻ってくる。遠くから聞こえる車の音や街の雑音、近くの猫が鳴く声、それらが聞こえてきて私はホッとした。人は無音では生きていけないとこういう時に実感する。
「カイト、本当にありがとう」
 私はこの戦いでカイトの足を思いっきり引っ張ってしまった。いくらお化けが嫌いだからってあれだけ足を引っ張ることは決してよいことではない。私はカイトに沢山謝ろうと、まだ私を抱きしめてくれているカイトを見る。
「カ、カイト?!」
 そこには目をつぶり、意識がないカイトが私に支えられる形で立っていた。何故だか重さは感じない。
「カイト?カイト?どうしたの?どうしたの?!」
 私は焦ってカイトに何度も声をかける。しかしカイトは目を覚まさなかった。
『しばらく寝かせてあげて』
 それは声だった。そしてその声の主が姿を現す。
「ノーム」
 とんがり帽子の可愛い妖精。ノームがカイトの横から姿を現した。
『ご主人様は力を使いすぎて少しだけ気を失っているんだ。しばらくすると目が覚めるからしばらくこのままでいてあげて』
 もう髪の毛は黒く戻っているけど、汗を流し辛そうなカイトの表情。私は私の膝を枕にしながら、カイトをその場に寝かせることにした。
「カイト、ごめん。ごめんね……」
 私のせいでまたカイトをこんな姿にしてしまった。しかし、私はその場でただ謝るしか出来なかった。



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