わたしの隣の魔法使い


第6章 妖精王
【その5】


「私は王子のお付きをしています、ニンフのドリアードと申します」
 彼女の深い緑の髪の毛が後ろで綺麗に三つ網にしている。ドリアードは私達に向かって深くお辞儀をすると、その三つ網が前に垂れ下がった。この三つ網を解くとどれくらいの長さなんだとと思えるくらい長い髪の毛。
「王子はやめろといつも言っているだろう。ノクトと呼べ、リア」
「それはなかなか難しいんですよー。王子でいいじゃないですか」
 二人はとても仲がよい感じで、やり取りを見ているとなかなか微笑ましかった。ノクトのお付きってなんだか少し楽しそうだなぁなんて私は羨ましく思う。
「ノクトみたいな小さな妖精でも王様になれるのねー」
 王様っていったら大きくて威厳があるイメージが強くて、ノクトが王様になった所を想像するのが難しかった。ノクトとドリアードが楽しそうに言い争っているから、私は隣のカイトにこっそりそう言った。するとカイトはいつものように笑って答えてくれた。
「ノクトはピクシーだけど、王位に付く時はそれなりの姿になるはずだよ。さすがのあのまま王様にはならないだろうしね」
「そうだよねぇ。小さな玉座に小さな王様じゃちょっと寂しいよね」
「うんうん」
 二人でそんなことを言って笑いあう。
「お?お?なんかオレのこと言っているのか?」
 そして私とカイトの会話にノクトが入ってきた。私は急いで顔の前で手を振る。さすがに小さな王様なんて王様らしくないなーなんて本人には言えなかった。
「いやいや、何も言ってないよ。何も何も。さ、さ、はやく書庫に行こうよ」
「あー?なんか怪しいなぁ」
 私は誤魔化す為にとにかく笑っておいた。ノクトが怪しむように私を見る。でもすぐに諦めたようだった。
「よし、じゃあ行こうか。ヒポグリフ、また帰りも宜しくな」
 私達の後ろのヒポグリフが嬉しそうに鳴いた。周りには同じようなヒポグリフが何頭もいて、それを世話していると思われる人たちも数人いる。ここはどうやらヒポグリフの港のような所みたいだった。港といっても海があるわけでなく、普通なら水がある所に雲がある。これはやっぱり浮いているということなのだろうか。

 そして私達はヒポグリフの港から奥へと進む。港はイグドラの城壁の外にあるので真っ白い城壁を潜る形で内部に入っていった。
「うわぁ!」
 イグドラの内部に入るとすぐにたくさんの西洋風な家々や市場のような場所が見えてきた。外からだとどこも白く見えていたのは壁だけで、そのほかは色々な色に溢れた家やお店がたくさんある。壁が高い為か、全体的にとても大きく見えていた。私は色々な所をキョロキョロとする。どこを見てもとても楽しかった。
 それに行き交う人々がまたすごい。みんな普通の人間とは違う少し変わった人々。大小様々な背丈。全身が鱗で出来ているような人々。色々な色の肌や髪の毛や瞳。動物のような体に背中から映える羽根。これがみんな妖精なのだろうか。
「ここは普通の妖精達の居住区だよ。色々な店もあるし、楽しいところなんだよな」
 先頭をフワフワと飛んでいるノクトが私とカイトを先導してくれる。一番後ろからドリアードが着いて来ていた。でもあまりに人が多くてはぐれそうだったから、私はカイトの腕に掴まる。それにしても、お店に並ぶ品々の色とりどりなこと。今日は時間がなくて立ち寄れないけど、ここには一度ゆっくり来て見たいと私は思った。
 そして、何人かがノクトを見てお辞儀をしていたので、ノクトが王子様というのはどうやら本当みたいだった。
「あれ……」
 実はここについてから私はある感覚に襲われていた。
「ん?どうした?」
 横にいるカイトが私のふいな言葉に気を止めてこちらを見た。でも私はすぐに首を横に振る。
「ん。うううん。なんでもない。大丈夫」
 カイトにはそんなことを言ったけれど、私はあることを思っていた。それは、ここは初めて来たのに何故か知っているような気がしていたのだ。私はここに来た事がある。でもそれは現実じゃない。
(ロビンもここに来た事があるのね。……そうよね、あなたは妖精なんだもの)
 私はロビンのことを思いつつ、はぐれないようにノクトとカイトについていった。

 街並みが色とりどりな場所からいつのまにか真っ白な神殿のような場所に変わっていた。行き交う人々もまばらで、顔が見えないローブを着た僧侶のような人々ばかりだった。さっきまで見えていなかった中央の水晶の塔も空を見上げてると見えるようになっている。私達はどうやらイグドラ=シルの中央付近にきているようだった。
「書庫長にはさっき断りいれておきましたよ。人間の方々が今日来るって事を」
 ドリアードが私達にも聞こえるように後ろからノクトに告げる。
「あー、そういえばそれを忘れていた。よくあの爺が許してくれたな」
「私は普段からデック様とは仲が良いですからね。王子とは違います」
「なんだ?それはオレに対する嫌味か?」
 二人は本当に仲がよかった。でも小さなノクトとドリアードが二人で言い争っているのはなんだか面白い。どう見ても小さなノクトの方が弱そうなのに、ドリアードが従っているなんて。不思議なものだ。
「デック様は書庫の長をされている方なんですよ。少し気難しいドワーフですが、根はとてもいい方です」
 ドリアードが私にそう教えてくれた。
「人間を嫌っているからどうなることやらだけどなー」
 彼女の言葉を否定するかのようなノクトの言葉。
「王子!」
「ほんとのことを言ったまでだよーん」
 まるでハエを捕まえるかのようなドリアードの動き。それを簡単にすり抜けるノクト。私はそれを見て声を出して笑ってしまった。だって面白いんだもの。まるでコントのような二人。横のカイトも笑っている。
「ほんとにノクトって王子なの?面白いなぁ」
 こんなお気楽な王子が王様になったら、さぞかし周りは大変なことになるんだろうななんて思う。
「こんなんでも王子なんだよなー。残念ながら」
 ノクトは両手を頭の後ろに持っていってニヒヒっと笑っていた。

「さ、着きましたよ。ここが書庫です」
 いつのまにかドリアードが列の先頭になっていて、ある場所で止まった。私もカイトもドリアードにあわせて歩みを止める。そこはまたも真っ白な石造りの荘厳な建物。周りすべてが同じような建物だから、私だったらどれがどれだかわからないだろう。でもドリアードはその建物の石の扉を思いっきり押す。するとゆっくり扉が開いていった。
「デック様ー、連れてきましたよー」
 扉が開くとそこは白い小さな空間で、ドリアードの大きな声が響いた。窓のようなものはそこにはなく、壁には幻想的な男性や女性の彫り物が沢山してあった。家具のようなものも一つもない。ただの小さな空間。
「デック様ー?どこですかー?!」
 そこはどう見ても小さな部屋。窓もなければ扉もない。だからなんでドリアードがこんなに大きな声で叫ぶのか私には分からなかった。
「爺ー。どこだー?」
 ドリアードの声に反応がないので、ノクトも叫び出す。でも返答はどこからもなかった。
「勝手に入るぞー。いいのかー?後で色々言っても遅いからなー」
 ノクトのそれにしばらく待ってみたけれど、やっぱり反応はなかった。
「入っていいってことだよな、リア」
 目に見えていることが真実じゃない。ここにきた時カイトにそういわれた。だからこの小さな空間に何もなくても驚いてはいけないんだ。
「た、たぶん。……大丈夫だと思います」
 ドリアードは少し弱気になっていたけど、ノクトはそれを無視するかのように何かを唱える。
『我らを英知の間へ導け』
 そしてその声と共に何かがゴゴゴっと動き出す。
「え?え?え?」
 それが床だとわかった時には、床はもうかなり下まで降りていっていた。



<< 前へ  戻る  次へ >>