わたしの隣の魔法使い


第6章 妖精王
【その3】


 妖精の国の書庫っていうんだから、私は頭の中で勝手にこんなイメージを作る。
 誰も足を踏み入れない古い石造りの建物の中に何百年も前の本がたくさん並んでいて、私がそこに入ると何層にも貯まったホコリが宙を舞う。本の中には劣化しすぎて読めないものや、いつの時代の文字だかわからないような貴重な物が沢山あり、半日かけても目当ての本は見つからなかった。
 そんなイメージをずっと作っていた。だからそれを楽しみにしていた。

 でも私のイメージは脆くも崩れ去っていった。

 ティル・ナ・ノーグの入り口から少しの時間歩いた所に、地面に扉がある所があった。ノクトはそこで私達を止める。その扉は鉄で出来ていて、見るからに重そう。扉の中央には綺麗な紋章が彫られていた。でも大きさはそんなに大きくなく、普通の家の扉の半分くらいだろうか。
「ねぇ、ティル・ナ・ノーグって寂しい所ね。ずっと草原と川しかなかったわ」
 私は長時間ではないにしろ、そこそこ長い距離を歩いてきた。しかしその間、周りには黄金の草原が続いているだけで、他にはまったく何もなかった。たまに蛇行する浅い川を渡るのが単調な道のりの唯一の楽しみだったかもしれない。綺麗な所だけど、同じ風景が続くのは少し飽きてしまう。それに妖精なんて一人も見当たらない。ここは本当に妖精の国なのだろうか。
「ここらへんが特に寂しいんだよなぁ。でもまあ、上はどこもちょっと寂しいか」
「上?」
「そう、上。オレはこれからこの地面の扉を開けようと思っている。それは何でだかわかるか?」
 ノクトの小さな体でどうやってその扉を開けるのかわからないけど、私はある考えが頭に浮かんだ。
「あ」
 私はなるほどっと思った。
「でもどうやって開けるの?重そうだし……」
 まだ地面の上に立っている扉なら押すなり引くなりできるけど、重そうなものを地面から持ち上げるのはすごく大変そう。私には絶対無理だと思った。
「それはこうやってやるんだ」
 ノクトは地面の扉に向かって手を当てる。そして何かを唱えた。すると紋章が光りだす。
「うわ」
「これも一種の結界みたいなものなんだよ。それだけここの守りは固いんだ」
 カイトが私の横で同じようにノクトを見ている。ティル・ナ・ノーグに入れても、この扉を開けられないと意味がないらしい。
「さ、これでオッケー。先に進むぞ」
「え?何か変わったの?」
 たしかに紋章は光ったから扉はノクトに反応してみたいだったけれど、その重そうな入り口は閉まったままで、ノクトが失敗したのかとはじめは思っていた。しかしノクトは扉に向かって落ちていく。
「あ!」
 てっきりノクトは扉にぶつかるんだと思っていた。私はそれを止めようとさえした。しかし、ノクトは扉がそこにないかのようにすり抜けていく。
「ユーリ、目に見えていることが全て真実じゃないんだよ」
 カイトが私にそう言ってノクトの後に続いた。カイトも扉をすり抜けていく。私も遅れてはいけないとカイトの後に続いた。
 不思議だった。たしかにそこには扉があるのに、まるで立体映像のように私の体をすり抜ける。これも魔法の一種なのだろうか。
「さ、後は降りるだけだ。もう少しだから頑張れ」
 扉の先には長い長い階段が下へ続いていた。階段といっても、人間の世界のようなきちんとしたコンクリートの階段ではなくて、土の坂に所々に石や木で足場が出来ていただけだった。何度か滑りそうになって、その度にカイトに助けてもらった。
「見えてきた。見えてきた。あそこが出口だ」
 どれくらい下に降りただろう。帰りにこれを登るかと思うとため息が出るけど、とにかくかなり深く降りてきたと思う。私はその先に待っているものにドキドキした。
 そして最後の段差を降りる。私は深く息をはいた。少しやり遂げた感があり、それだけたくさんの段差を私は降りてきたのだった。降りている時が気がつかなかったけど前にはまた扉があり、それが私の身長の何倍も大きな扉だったからとてもビックリした。ノクトはさっきと同じように扉に手を当てて何かを唱える。
 すると、扉がギギギっと鈍い音を立てて開いていった。私はだんだん緊張してきた。
「ようこそ、ユーリ。ここがティル・ナ・ノーグだ」
 そして私達三人は扉を潜り中に入っていった。
「うっわ!何なのこれ!」
 扉の中に入った私はすぐに目を丸くする。そこには私の想像を超えた世界が広がっていた。

 どこまで続いているかわからないほど大きな空間の中央に、城のような大きな建物がそびえ立っている。それはあまりに大きい為、1つの城というより、建物がいくつも重なって出来た要塞のように思えた。下には地面はなく、雲のような霧のようなものが漂っている。なので、建物は空を浮いているように見えた。実際はどれくらい高い建物なんだろう。
 そしてこの空間全体が大きなクレーターのような感じで、私達は断崖絶壁に小さく飛び出ている足場に立っているような感じだった。後ろにはもちろんあの大きな扉がある。しかし右も左も急な壁が続いていた。
「すごい……」
 私は次に上を見上げてみた。ここは地下のはずなのにそこには満天の星空が浮かんでいる。しかし夜のように真っ暗なわけでなく、ほんのり明るい夜空。月の様なものも空に昇っていた。ここはなんという幻想的な空間なんだろう。
 妖精の住む所っていったら木の中だったり花びらだったり私はそういうイメージをしていた。しかしそれは違っていて、実際はこんなにすごい所に住んでいるようだった。
「あの中心にもしかして女王様が?」
 要塞の丁度中央に透明の塔のようなものが二本建っている。煙突のようにも見えるけど、城の頂のようにも見える。その先が淡く光っていた。
「そうそう。誰だってあれじゃわかるよな。ここを攻めてこられたらすぐに場所がばれそうだ」
 確かに私はこの要塞を見てまずあのクリスタルの塔が目に入ってきた。なんて綺麗な塔なんだろう。
「ティル・ナ・ノーグにはこういう地下空間が数個あって、ここは一番大きな所なんだ。まあ人間界で言う都会ってやつなのかな」
「へぇ」
 そんなこと言われてもいまいちピンっとこないけど、都会って言うからには他に田舎っぽい所もあるのかな。そっちは私のイメージ通りの木や花に囲まれているといいけど……なんて思ってみる。
「さ、じゃあ書庫に向かおうか」
「うん……って、どうやって行くの?」
 ここはすぐ目の前で行き止まりで、そこから先は断崖絶壁。私はどうやって少し離れた要塞に行くのかがわからなかった。
「人間じゃあそこに行くのは無理かもなぁ」
 そうか、ノクトには羽根があった。羽根さえあればあそこまで飛んでいくことが出来る。でも私やカイトにはそんな便利なものはない。
「そういう時のためにこれがあるんだよ」
 ノクトは地面にゆっくりと降りる。そしてある所で足を止めた。
「あれ……」
 ノクトがたっている所を良く見ると、岩が少し盛り上がっていた。明らかに不自然な盛り上がり方。
「もしかして……」
 私は顔を上げてノクトとカイトに確認を取る。二人が頷いたので私は行動を起こした。
「よーし!」
 そして私は地面の盛り上がっている岩を足で強く踏んだ。



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