わたしの隣の魔法使い
第5章 わたしの新たなる力
【その7】
カイトの部屋に入った私は、その部屋の殺風景さに驚く。大きな部屋にはベッドしかなく、カーペットもないフローリングは部屋を冷たく見せた。何度か入ったことのある豪華なリビングとはまったく違うカイトの部屋。私は優しいカイトばかり見ていたけれど、彼は普段こんな寂しい所で過ごしているのだろうか。私は胸が少し痛む。
「カイト、眠っているね」
「まだしばらくはこのままだと思うよ」
私に続いてノクトも部屋に入ってきた。そしてカイトのベッドの上で羽根を止める。カイトは死んだように眠っており、表情も固い。はじめは本当に死んでいるのかと思って手を握ると温かかったので私は安心した。
私はベッドの横に置いてある椅子に腰掛ける。そしてカイトの手を握ったままノクトに話しかけた。
「しかしさ、エアリエルってほんと冷たい人だよね」
私は少しも助けてくれず、表情さえ変わらないエアリエルのことを思い出していた。
「まー、あいつはああいう奴だからなぁ」
ノクトはベッドの上で寝転がっていた。カイトのベッドは小さな体には大きすぎるけれど、ノクトはその場でゴロゴロと体を動かしている。
「でも少しくらい助けてくれてもいいと思うんだけどなぁ。あんなに強いのに」
あの大きなオーガの攻撃を片手で受け止めたエアリエル。かなりの強い力の持ち主なんだと私は思った。それなのに彼は何もしてくれなかった。
「エアリエルは長老の為にしか力を使わないんだよな」
ノクトが言う長老。それはティル・ナ・ノーグの女王ティターニア様のこと。
「でもあれはエアリエルなりの考えがあっての行動だと思うんだ」
「エアリエルの考え?」
ノクトは転がっていたベッドの上から起き上がって、その場で胡坐をかく。そして腕を組んだ。
「前に長老から聞いたことがあるんだ。エアリエルのことを」
「うん」
そして私はエアリエルの話をノクトから聞いた。
エアリエルは風の精霊を統べる風の王であり、女王の一番の従者。生まれた時から女王の傍にいて彼女の身を守っている。
何があっても女王を守る彼は、普段滅多に魔力を使うことはないらしい。それにはきちんと理由があり、いつ狙われるかわからない女王の為に力を温存しているとノクトは言った。だからたとえ敵が百人だとしても、千人だとしても女王に襲ってくるのならば、彼は全力をかけてその敵から女王を守るのだと。自分の身が滅びようと彼は女王を守り続ける。だからエアリエルは女王の身の危険を感じない時は一切戦わないという。
「そうなんだ……」
「だからあのエアリエルの行動も許してやってほしい。ちょーっとばかり愛想なくって嫌になるけどな」
「まあ、そうだね」
私はエアリエルのことをはじめてきちんと知ったような気がした。彼はたしかにみんなに冷たいし、助けを求めても助けてくれはしない。でもそれはすべて女王様への忠誠の為であって、すべてを女王様に捧げているからこそ出来ること。女王様の為に生まれて女王様の為に生きているということなのだろうか。
「でも私達を仲間だとは認めてほしいものだわね」
そう、彼は私を仲間ではないと言っていた。それは少し悲しいこと。
「それはオレだって一緒だよ」
「え?ノクトも?」
ノクトは嫌そうな顔をしながら頭をかく。
「同じ所に住んでいるオレでさえ仲間として認めてくれないからな。ユーリなんて絶対無理だよ」
「そうなのかぁ」
なんだかエアリエルのことがなんとなくわかってきた。冷たい人という考えは変わらないけど、次に会ったら少し彼を見る目も変わりそうだなって私は思っていた。
「ん……」
ノクトとそんな話をしていると、カイトの小さな声が私の耳に届いた。私はカイトの手を強く握り、カイトの顔の傍に近寄る。
「カイト?カイト?起きた?」
まだ目は虚ろだったけれど、カイトの意識がだんだん戻ってきていた。私はホッと胸を撫で下ろす。
「ここは……」
「ここはカイトの部屋だよ」
「僕の部屋……そうだ、僕はオーガと戦っている途中に……」
カイトはボンヤリする意識の中で自分のおかれた状況を思い出しているようだった。私達はそれを見守る。
「大丈夫、もうオーガはいないよ。ユーリも無事だ」
「……そう。良かった……」
そしてまたカイトは目をつぶって眠ってしまった。静かな寝息が聞こえてくる。
「もう大丈夫だ。あとは自然と起きるのを待つだけかな」
ノクトがカイトの顔を色々と調べながらそう言う。あんなに固かったカイトの表情がやわらかくなってい為、それは本当らしい。
「オレはもう帰られないといけないけど、ユーリはどうする?」
外はもう暗くなっていた。帰られないといけないけれど、このままカイトをおいて帰ることは私には出来ず……。
「私はもう少しここにいるよ。カイトが心配だし」
「そっか。じゃああとは任せるな」
「うん、わかった」
そしてノクトはカイトの部屋の窓から外に出て行った。途中で消えたのを確認して私は開いた窓を閉める。部屋は少し寒かった。
「でもほんとうに何もない部屋。暖房器具もないのね」
私は体に寒さを感じて、何かはおるものがないかと辺りを探す。でも部屋の中にはカイトの制服しかなかった。
「これ借りても……いいよね」
他の部屋にいくわけにも行かず、私はカイトの制服のブレザーをはおった。カイトの大きな制服。私は彼の匂いにドキッとした。
そして私は椅子の横の間接照明を付けて、また椅子に座る。カイトの寝顔が間接照明のオレンジ色の光の照らされた。
「やっぱり綺麗な顔……」
私はカイトの眠る顔を見ていた。通った鼻筋、均等のとれた顔の各パーツたち、そしてまだ魔力が残っているのか流れるような綺麗な金色の髪の毛。物語から飛び出してきたような彼の姿に私は見とれる。そして、その美しい顔に触れたくなって私は手を伸ばす。
「あー!ダメダメ!また変な気持ちになっちゃう」
私は自分がなんてことをしようとしていたんだろうと手を急いで元に戻す。あぁ、こんな綺麗な顔をじっと眺めていたらもっともっとカイトのことを好きになってしまう。もう彼から逃れられなくなってしまう。それだけはダメだと私は部屋を無意味に歩き出した。
どれくらいの時間がたっただろう。私は腕時計を持ってなくてこの部屋にも時計がない為、今の時間はまったくわからなかった。きっとママが心配していると思っていたけど、私は帰る気にはなれなかった。
私は椅子を窓の傍に持ってきてずっと外を見ている。
「あの力、本当にすごかったな」
私は窓の外を見ながら自分が使った力のことを考えていた。聖剣カリバーンから放たれた閃光はあんなにも大きな穴を庭に作ってしまった。その庭が外に見えている。太陽が落ちて辺りが暗くなった為、肉眼では確認できないけれど、まだあの穴は残っているはず。あんな恐ろしい力を私はカイトに向けてしまった。
「……当たらなくて良かったのかな」
オーガを倒したい一心だった。カイトを助けたかっただけだった。でも私はカリバーンの力に怖くなる。
「あの剣の中にはなんて力が籠められているんだろう。ロビン、私にあの力を使いこなせというの?」
ロビンはただ願えと言っていた。願えば私にも力が使えると。でもあの力は使い方を間違えれば味方まで傷つけてしまうような気がしていた。あの時オーガに命中していたら、近くにいたカイトはどうなっていたんだろう。私は頭を抱えて深くため息をついた。
「私に出来るのかな。私に本当にあれを使いこなすことが出来るのかな」
私の後ろで静かに眠るカイトを見て、私はこれからどうしたらいいのか考えていた。私のせいで彼は傷ついてしまった。私が力を持っても結局は何も変わらなかった。
「カイトは私を守ってくれた。でも……」
私は胸が苦しくなってきた。自分の非力を感じていた。カイトはオーガと互角に戦っていた。でも私が割り込んだせいでカイトは大きな傷を負ってしまった。やっぱりどんなことをしても私はカイトに迷惑をかけてしまう。
「ごめん。ごめんカイト……。ごめんね……」
私はただ泣いた。声に出して泣いた。とめどなく涙が流れる。
「何で泣いているの?」
私は一人で泣いていた。自分の弱さが悔しくてただ泣いていた。でもそこに優しい声が入ってくる。
「カイト……」
カイトはベッドから体を起こしていた。そして私を見ている。間接照明の淡い光がカイトを照らしていた。
「ユーリ?何かあった?」
でも私は答えることは出来なかった。こんなにも優しいあなたを傷つけてしまった自分が許せなかった。だから私はその場で泣くことしか出来なかった。
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