わたしの隣の魔法使い


第5章 わたしの新たなる力
【その6】


 オーガの大きな斧は私目掛けて振り下ろされた。私は自分で剣を持っていたものの、その攻撃を防ごうとは考えることが出来ず、降りてくる斧をただ見つめていた。
 私は斬られると思った。斧に木っ端微塵にされると思っていた。しかし、斧は私の顔の手前でピタっと止まる。
『なにぃぃ』
 オーガが両手で斧に力を込めて私を斬ろうとしている。しかしその斧は少しも動くことがない。一体何が起こっているのかと思っていたら、エアリエルがその斧の刃を片手で掴んでいた。
「そんなものを私に向けるな。胸くそ悪い」
 声のトーンはいつもと変わっていなかったけれど、何故か少しエアリエルが怒っている気がした。そしてエアリエルは自分より遥かに大きな斧を軽々と投げ飛ばす。それと同時にオーガも投げ飛ばされた。
『お前は……風の王か!何でお前なんかがここにいる!』
 ずっとオーガは自信満々だった。しかし、絶対に勝てると思っていた彼の表情は、エアリエルを見て一変する。エアリエルは只者ではないと思っていたけど、こんなにも強い人だと私ははじめて知った。
「そんなことはお前に関係がない」
『くそ!オレはこんな所で負けるわけにはいかないんだ!』
 オーガは立ち上がって再度私とエアリエルに向かって走ってくる。いくらエアリエルが強くてもオーガの大きな体の迫力に私は恐ろしくなった。巨体が走ってくる為地面が地震のように大きく揺れる。しかし、オーガと私達の間にカイトが割り込んできた。
「お前の相手は僕だ。それを間違えるな」
 カイトは魔剣グラムをオーガに向けて斬りかかる。オーガはこちらに向けていた斧を急いでカイトの剣にぶつける。金属が接触する大きな音が辺りに響いた。

「エアリエル、カイトを助けて。あなたならあの怪物を簡単に倒せるんでしょ?」
 カイトがオーガに負けそうなわけじゃない。でもエアリエルなら簡単に倒せる気がして彼に助けを求める。しかしエアリエルは表情を変えずこちらを見ずに言葉を発する。
「私が力を使うのはあの方から命を受けた時のみだ」
「どうして!目の前で仲間が戦っているのに何で助けないの!」
「仲間?勘違いをするな、娘」
 わかっていた。エアリエルはそういう人だって。私が何を言っても彼は絶対に動いてはくれない。でもこのままカイトとオーガの戦いを見ているだけというのは私には出来なかった。
(カリバーン、私に力を貸して。私もカイトと一緒に戦いたいの)
 まだエアリエルに腰を掴まれたままで、ここから少しも動くことが出来ない。でも私は剣に願いを込める。私はもう見ているだけは嫌なの。私はあなたと戦いたい。私は力を手に入れたのだから。
(結李願え。もっと願うんだ。剣はお前の願いを聞き入れてくれる。それはお前の一部なのだから)
 私の心に声が響く。それはロビンの声だった。
(ロビン、私やってみる!)
 やり方はもちろんわからない。でも私は願った。
『私に力を!敵を滅する力を聖剣カリバーンに!』
 私は剣に力を込めて唱える。魔法というよりきっとそれは私の願い。そしてカリバーンが私の言葉に答えるように赤く光り出した。
「なん……だと?」
 私のいきなりの行動にエアリエルの力が緩んだ。私はそれを見逃さなかった。エアリエルの呪縛から逃れるように私は彼から離れた。そして剣をオーガに向ける。カイトもオーガも私に気をとめることなく激しい戦いを繰り広げている。
 戦い方なんてわからない。それにあんな大きな怪物の力を受け止めることなんて私には出来ないこともわかっていた。だから私は私のやり方で戦おうと思った。きっとそれにカリバーンも答えてくれる。
「いっけー!」
 私はカリバーンを振りかざして、それをすぐに振り下ろした。剣が届く範囲には敵はいない。しかしカリバーンから振り下ろした方向に強い閃光が走った。それがオーガの横をすり抜けて庭の奥へ当たる。その瞬間、信じられないほどの大きな爆発が起こった。
『なにっ!』
「!」
 きっとそれは二人にとって予想外の出来事だったはず。オーガとカイトは同時に私を見た。
「何これ……」
 簡単に考えていた。ただ敵を倒したいとばかり考えていた。しかし私が放った力は地面に大きなクレーターを作る。底が見えないくらいの大きな穴。こんなにも破壊力のある攻撃を誰かが受けたらどうなっていたのだろう。
 私は無我夢中だった。自分があの行動をして何が起こるなんて考えていなかった。でもカリバーンならどうにかしてくれると思っていた。その結果がこれで、私はだんだん自分のやったことが怖くなってきた。私の手は震える。
『何だ、その力は……』
 オーガが私の攻撃の跡を見てそして私を見る。
『くそっ。これ以上オレをなめるなー!』
 攻撃がかわされたら次は向こうから攻撃をしかけられるなんてサルでもわかるようなこと。でも私は自分のやったことに震えていて、ずっと剣を見ていた。だからオーガが私に向けて炎を撃ったことはわからなかった。
「ユーリ!」
 それはカイトの声だった。私はその時はじめて自分が攻撃されていることに気がつく。でももちろん炎を避ける暇なんてなく、私はその場に固まってしまった。
 あれに当たるとどうなるんだろう。やっぱり死んでしまうのかな。一瞬の出来事なのにそんなことを考える。これが走馬灯のようなものなんだろうか。私は自分の防衛も忘れてその場に立ちすくんでいた。
 私が愚かだったのだろうか。私はただカイトの助けになりたかった。あなたに守られるだけで想いが募るのは嫌だった。だから戦い方もわからないのにカリバーンに願いを託した。それは愚かだったんだろうか。
 でも私にオーガの炎は当たらなかった。代わりに私の攻撃を受けた人がいるから。

「カイト……」
 私は今、カイトに抱きしめられるような形で立っている。
「カイト!カイト!」
 私は見てしまった。カイトが背中でオーガの攻撃をもろに受けた所を。あれは私が受けるはずだった攻撃なのに、カイトは瞬間移動してその攻撃を自分で受けた。一瞬だったからカイトは魔法を使う時間もなくそれを体で受けたのだ。
「カイト!カイト!」
 私はただカイトの名前を呼ぶ。でもカイトは動かなかった。背中には大きな火傷の跡のようなものが出来ている。
「ノクト!ノクト!カイトが!カイトが!」
 私は必死に叫ぶ。ノクトも急いでこちらにやってきた。そして自分の体を振って妖精の粉をカイトに振り掛けている。
『美しいねぇ。仲間同士の愛かい?はっ。そんなの虫唾がはしる』
 カイトは動かない。それをオーガが見逃すはずがなかった。オーガが勝ち誇った顔でこちらに歩いてくる。私はとにかくこの場をどうにかしないととカイトをそっと地面に寝かせ、カリバーンを構えた。
『ほほぉ。お前がオレの相手をするというのか?』
「……そうよ!カイトに手出しはさせない!」
 自分より何倍も大きくて、1歩歩くたびに地面が揺れる恐ろしい怪物。それが私に向かって歩いてくる。私の足は震えた。でもここで負けるわけにはいかない。私のせいでカイトはあんな姿になってしまったんだ。ここは私がどうにかしなければならない。
(どうしたらいいの、ロビン。私はここで負けたくない)
 頭は真っ白だった。体全体から恐怖で冷や汗が流れる。そして私はまたさっきのように剣を振りかざしてすぐに振り下ろす。しかし剣は何の攻撃も放ってはくれなかった。
『2発目はなしかい?お嬢ちゃん。じゃあその剣でオレを斬るのかい?』
 明らかに楽しんでいる声。私は何度も剣を上に下にやってみた。でも剣はそれに答えてくれない。
(どうして!どうして何も出ないの!このままじゃやられちゃう!)
 頭はあまりの恐怖に混乱する。もう集中することなんて出来なかった。
『じゃあ今度はこちらからだ。今度は手加減しない』
 オーガは斧を振りかざす。それは確実に私に目掛けて振り下ろされる。
(ロビン!ロビン!ロビン!助けて!)
 どうにもできない私はただ願うしか出来なかった。そしてロビンに助けを求めた。しかし次の瞬間、ドーンっと何かが倒れる大きな揺れを感じた。

『なにぃぃぃぃ!』
 私は目をつぶっていた。今度こそ自分の死を感じていた。しかしそこから聞こえてきたのはオーガのうろたえる声。私はゆっくり目を開ける。
「え?」
 私は自分の目の前で起きている状況に驚いた。オーガがそこで尻餅をつく状態で体を震わせている。さっきの大きな揺れはどうやらオーガが倒れた音だったらしい。そして私とオーガの間にいるのは……。
「ロビン!」
 体は透けていてたぶん実体ではないと思う。そんなロビンが片手に聖剣カリバーンを持ちながらオーガの前に立っている。でも私もカリバーンを持っていた。
『何だ、何なんだ。一体何だって言うんだ!何で!何で!!』
 怪物がロビンを見ながら恐怖の顔を見せる。ロビンは少し笑って何かを唱える。その声は小さすぎて何なのかわからなかった。
 そして次の瞬間、オーガの体が少しずつ溶けていった。
『うがぁあぁ。オレはこんな所でこんな形で死ぬのかぁ。やめろぉ!やめてくれぇ!』
 しかしオーガの熔解は止まらず、そのままオーガが消えていった。大きな怪物のあっけない幕切れ。

「ロビン……」
 敵を倒したロビンはこちらの方を振り向き、私に近づいてきた。
「ロビン、ありがとう。ごめんね、私には戦うことはやっぱり無理なのかも」
 私は死ぬと思った。いくら武器を持ったからってどうやってやったらいいかもわからないし、あんな怪物を前にして動くことが出来なかった。カイトが庇ってくれて、ロビンがきてくれなかったら私は確実に死んでいたはず。
(そんなことはない。結李には出来るはずだ。もっと願え。そうしたらカリバーンは答えてくれる)
 ロビンは私に優しく微笑んでくれた。
(ダメなら今みたいに俺を呼ぶんだ。決して君を死なせたりはしない)
「ロビン……」
 私はただロビンを見つめていた。体は透けていてもロビンの私に対する優しい気持ちが伝わってくる。
「ユーリ!大丈夫か!一体何があった!」
 急に私とロビンの会話の間にノクトが入ってきた。私は声のするほうを向く。ノクトはこちらに飛んできていた。私は今度こそロビンのことをノクトに伝えようと、ロビンと目を合わそうとする。
「え……?」
 それは一瞬の出来事だった。ロビンは振り向いた私の唇にそっと口付けをしてその場から消えていった。それは透明だったから実際に唇に感触はなかったんだけれど、ロビンは確かに私にキスをしたんだと思う。
「いきなりオーガが溶けていったんだ。ユーリ、一体何をしたんだ?」
 ノクトがこちらに飛んできながらそんなことを言っている。私は少し呆然とした。でもすぐに我にかえった。
「え?見えてなかったの?」
 私の前にはノクトがいた。
「何を?何が見えていたんだ?」
 ノクトの話だとロビンは私にしか見えていなかったようだった。でも説明しようにもロビンのことがやはり口から出てきてくれない。
「そうだ!カイトは!カイトは!」
 私のせいで大きな傷を負ったカイト。私はカイトを寝かせた方を急いで見る。そこにはカイトはいなかった。
「大丈夫。カイトは家の中で寝ているよ。傷もそんなに深くない」
「そっか。よかった。本当によかった……」
「でも失神の魔法がかけられていたらしく、しばらくは目を覚まさないと思う」
「そっか……」
 それでもカイトが無事なら安心した。
「ユーリ」
 ホッとしたのも束の間。私を呼ぶ冷たい声が聞こえる。
「エアリエル……」
 冷たい表情のエアリエル。彼は私達を少しも助けてはくれなかった。どんな心の持ち主なんだろう。
「私はティル・ナ・ノーグに戻る」
「え?」
 てっきりたくさんの小言を言われるんだと思っていた。カリバーンについても嫌なことを言われるんだと思っていた。でも彼は帰ると言っている。
「ノクト、カイトの事はまかせたぞ」
「わかった」
 そしてエアリエルは自分の体の周りに風を起こしてそこから消えていった。エアリエルの消えた後はただの小さな竜巻が残るだけだった。



<< 前へ  戻る  次へ >>