わたしの隣の魔法使い


第4章 ロミオとジュリエット
【その11】


 思えばこうやって学校行事を男子と一緒に過ごすのははじめてかもしれない。私と真昼、そして真昼の中学の時の友達二人の四人で学園祭の後夜祭に出ていた。暗くなった学校の校庭にはキャンプファイアが組まれている。なんだか林間学校を思い出した。
「綺麗だね」
 私の隣には眼鏡をかけた阿良川君が立っている。
「うん。火の赤い色って落ち着くよね」
 真昼と新條君があれやこれやと話をしている為、私と阿良川君が残された形になっていた。だから私達は話をする。特に話題もなかったけど、なんとなく話していた。
「ねぇ、結李ちゃんは彼氏とかいるの?」
「え?」
 キャンプファイアの炎の強い赤が私達の顔を照らしている。私は闇夜の中で赤く照らされた阿良川君の顔を見つめた。たぶん彼はそこそこの男前なんじゃないかと思う。顔も整っているし。
「可愛いから彼氏とか普通にいるんじゃないかと思ってね」
 私は笑う。
「いたらここにきっといないよ」
 別に私のことを誘ってくれる人もいないし、もちろん彼氏なんていない。
「それもそっか。じゃあ、好きな人とかはいないの?」
 阿良川君はとってもいい人だった。それに真昼の友達だし。彼の質問は私に興味を示してくれているんだと思っていた。もしかしたら裏から真昼が手を回したのかもしれない。
「うーん、どうだろうなぁ」
 また私は笑う。笑ってごまかした。
 好きな人。私は本当にいないのだろうか。そう私は隣の阿良川君を見ながら思っていた。彼はとてもいい人だと思う。真昼が言うようにいい『物件』なんだと。でも私の心は何も感じてくれない。
「あ、花火よ」
 真昼が空に向かって指差す。それと同時に夜空に大きな花が咲いた。
「うお、本格的じゃないか」
 真昼の隣の新條君が興奮した様子を見せていた。私も綺麗に彩られた花火に感動をする。
 そんな夜空に大きな音が響きわたっている時に、私の手に何かが触れたのに気がついた。私は自分の手の方を向く。すると隣に立っている阿良川君の手が私の手を握っていた。
「……え?」
 私の声は花火の大きな音でかき消されてしまったけれど、隣の阿良川君は優しく私を見ていた。

 その時だった。私の頭に何かが響く。空にはまだまだ無数の花火が上がっていた。
『ユーリ?どこにいる?』
 それはカイトの声だった。私は今の自分の状況を考え、とても焦る。
『こ、校庭にいるよ。花火綺麗だねぇ』
 そしてみんなに悟られないように頭の中で返答する。
『今、屋上にいるんだ。ここは特等席だよ。ユーリもこない?話したいこともあるし』
 私はここで自分の心が思った以上にドキドキしている事に気がついた。カイトの知らない男性に手を繋がられている今の状況。これを私はカイトに絶対に見られたくないと思ってしまった。
『行く。ちょっと待ってて』

 あぁ、私は何かに気がついてしまったのかもしれない。

 人並み以上の『物件』を前にして、ドキドキもしなかった私。手を繋がられても何の感情も起こらなかった。何の興味も沸かなかった。それは私がある人を知ってしまったから。
 それはカイト。もちろん彼が綺麗で完璧な人だからなのかもしれない。でも私はそんな彼に恋をしてしまったのだ。それがこんな形でわかるなんて、なんて私は鈍感なんだろう。彼に婚約者がいても、私は彼と一緒にいるのが好き。彼と話をするのが好き。彼の傍にいるのがとても好きだった。
 だから私は阿良川君の手を離す。
「真昼、ごめん。ちょっと呼ばれちゃって」
「え?ど、どうしたの?」
 そんな真昼の返答を聞く前に私は走っていた。言い訳は後でする。だから今は許して。と。

 私の胸は高まる。今は一刻も早く彼に逢いたかった。逢ってどうするわけでもないのに、今はカイトに逢いたかった。階段を駆け上がる足が速まる。そして私は屋上に出た。すると大きな夜空が視界の中に入ってきた。
「うわっ」
 大きな夜空に上がる大きな花火。それは想像以上に大きくて、私の胸を激しく鼓動させる。そしてカイトがこちらを見ていた。
「どう?特等席でしょ」
 いつもの笑顔。でも夜空の花火に照らされたカイトの顔はいつも以上に綺麗だった。
「カイト……」
 私は一歩前に出る。気持ちに気がつくのがこんなに苦しいことなのかと私ははじめて知った。もう彼の顔をきちんと見ることが出来ないかもしれない。でも私は彼に触れたくてカイトがいる方へ歩いていった。
「どうした?何かあった?」
 たぶん私はいつもと違う表情をしていたに違いない。カイトが少し心配そうな顔をする。違うの。私はあなたを……。
「ううん。なんでもない。でも、ほんといい場所だね。花火がこんなにでっかい」
 私は屋上の一番空が見える場所で座る。コンクリートの地面が少し冷たかった。その隣にカイトも座った。隣にあなたを感じて、私の胸は大きく高鳴る。花火の音が大きくてよかったと思った。
「ユーリが魔法をはね返した件は後でノクトに知らせるよ。向こうの意見を聞かなきゃね」
「うん。わかった」
 ノクトを呼ぶのが今じゃなくて良かったと私は思っていた。もう少しカイトと二人でこうしていたいから。夜空の花火はとても綺麗だったけど、私は今、カイトと二人だけのこの空間を幸せと感じていた。
「ユーリ」
「ん?」
 もうどれくらい花火があがっただろう。もしかしたらそこらへんの花火大会と同じ規模なのかと思えるくらいすごい数が空を彩る。
「僕は君がフェアリードロップの力を少しもらってくれて良かったと思っているんだよ」
「え?」
 それは意外な言葉だった。
「まあ、確かに仕事はすごく増えたし、前より神経を張り巡らせなければならないんだけど」
 そう。私はそう思っている。カイトにとって私は邪魔者なんだと。でも夜空を見るカイトは優しい顔をしていた。私はそんな横顔を見てドキドキする。
「僕はずっと一人だったんだ。もちろんノクトや精霊達がいるから寂しくはない。でもずっと一人で戦ってきた。でも今は君がいる。君が僕の世界に飛び込んできたんだ」
「カイト……」
 カイトは私の方を向いた。私達は目が合う。
「ユーリはいつも自分のせいとか、自分が邪魔者とかいうけど、全然そうじゃないんだ。逆なんだよ」
 カイトの顔がとても近くにある。私はその目に釘付けになってしまった。もうこの目から離れることは出来ない。
「それは本当?本当にそう思っているの?」
「ここで嘘を言ってどうする」
「そうだけど……」
 嬉しかった。ずっと私はカイトに負い目を感じていて、自分さえいなければばかり考えていた。でもカイトはそう思っていなかった。
「今まではただ義務としてジハナムの妖精を退治してきた。それに疑問さえ感じることもあった」
 ジハナムの妖精達。私がフェアリードロップの力を持つまでは何のために出てきていたのだろう。それをただ退治するカイト。
「でも今は違う。今は君を守るという使命が出来た。だから僕は今、自分に力があることを誇りに思うんだ。だから……」
 私達は見つめあいながら真剣な言葉を発する。
「これからも僕に君を守らせて欲しい。それでいいだろう?」
「うん。私も守って欲しい。あなたに守って欲しい……」
 今すぐにでも触れられる距離。そしてあなたに触れたかった。私はカイトの方に顔を近づける。

「あー!見つけた!こんな所にいた!」
「え……?」
 それは想像していなかった。私の動きは止まる。
「……芽衣。まだいたのか」
 芽衣の軽やかな声が花火の音に混じって聞こえる。カイトは私に向けていた顔を芽衣の方に向ける。
「一緒に帰ろうと思って探していたのよー。そしたらこんな所にいるんだもん。さ、さ、帰ろう、海斗」
 芽衣は私を無視しているのがわかる。でも私はどうしていいかわからず、そこから動けない。
「でも、ユーリに話があるんだ」
「えー!そんなの明日でいいじゃない。家帰って今日の打ち上げしよって言ったでしょ」
 芽衣はカイトの腕を引っ張っていた。私はそんな二人を見たくなかった。
「カイト、話は明日でいいんじゃない?丁度休みだし、家に行くよ」
「え?」
「じゃ、下に友達待たせているし、私は行くね」
「ユーリ?」
「んじゃ、またね。カイト、芽衣」
 私はそんなことを言いながら、カイトも芽衣も見ていなかった。今は帰ることだけを考えていた。
 そして私は走る。下で誰かが待っているなんて嘘。今から真昼のところに戻れば、きっと温かく迎えてくれると思う。でも私はそういう気分ではなかった。今は一刻も早く家に帰りたかった。

 カイトが私のことを邪魔者じゃないと言ってくれて嬉しかった。これからも私のことを守ってくれると言ってくれれて本当に嬉しかった。でも。
「カイトには芽衣がいる。私ってば、何を考えていたんだろ」
 走りながら私の目から涙が流れているのに気がついた。私の中にこんな感情があるなんて思っても見なかった。どんなにカイトを想っても、彼には婚約者がいる。それなのに私ってば……。私はこの気持ちに気がついてはいけなかったのかもしれない。

 そして私は大粒の涙を流しながら家へと帰っていった。その涙は今日は止まることはなく、ずっとずっと流れ続けていた。



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