わたしの隣の魔法使い


第4章 ロミオとジュリエット
【その9】


 私は走った。とにかく走った。沢山の人が楽しむ学園祭の中を無我夢中で走った。しかし、だんだんジハナムの妖精達の気配は近づいてくる。
「とにかく人のいないところに行かないと」
 そして私はある場所を選ぶ。学園祭と関係がなく人が来ない場所。
「そうだ、屋上だ」
 私は階段を駆け上がり、3階、4階と上へ上がっていく。そして屋上にたどり着く。幸い、屋上に鍵はしてあるものの、それは外れやすくてすぐに外に出ることが出来た。誰もいない屋上に私は出る。強い風が私の髪を乱す。
 屋上はとても広い。それはこの学校は二つ校舎があり、それが屋上でも繋がっている為だった。私は向こうの校舎の方へ思いっきり走った。そこからのことは何も考えてなかったけど、とにかく逃げないとと思っていた。
「ふーん、一人で来るなんてなんておバカなちびちゃんなのかしら」
 気配はまだ遠かった。まだ余裕で逃げられると思っていた。しかし、そうではなかったらしい。私の前にたぶん普通じゃない生き物が立っていた。
「え?猫?」
 そこに立っていたのは黒い猫だった。普通の猫だったら何も驚かないのだけれど、私の前に立っている猫は明らかに普通じゃなかった。二足歩行をしているし、何より人の言葉を話している。
「まあ、それのほうがこっちとしては好都合だけど。ずいぶんなめられたものねぇ」
 色っぽい猫の言葉。そしてずっと襲っていた気配が私の背後で止まる。
「モルガン様、一人でどんどん行かないで下さいよ」
「遅い、ムガー。ん、サグはどうした」
 私の後ろから現れたのは、私がはじめてジハナムの妖精を見たあのゴブリン。黒猫の方へ申し訳なさそうにヒョコヒョコ歩いてくる。私はその場から動くことが出来なかった。
「あいつはダメっす。まだまだここにはたどり着かないようで」
「そうか。まあいい。娘一人なら今の私でも捕まえられる」
「ほー、今日は一人なのかい。あの魔法使いはどした?」
 ムガーと呼ばれるゴブリンが私の方へ歩いてくる。私は更に体を固めた。
「ついに見捨てられちゃったかい?切ないねぇ。お前は何も出来ないのに」
 私は心の中で違うと叫ぶ。でもそれを口から出すことが出来なかった。
「ムガー離れていろ。捕縛の魔法を唱える」
「あいさ」
 モルガンと呼ばれる猫はそう言って宙に器用に何かを書いていく。その書いたものが光となって浮かび上がっている。そしてモルガンは私では聞き取れない言葉を早口で唱えはじめた。

 怖かった。そして、自分がなんてことをしてしまったんだと本当に後悔していた。これで私はジハナムに捕らえられてしまう。そして妖精の国が滅んでしまう。私のこの行動がすべてを台無しにしてしまうのだ。でも私には何も出来ない。何かしたくても何も許してくれない。
「悪いな、娘。これもすべて自分の運命を恨むことだ」
 私の後ろでナイフを構えているムガーがそう言う。私の運命。それは本当にこんなに辛いものなの?
 動かない足。動かない体。そして言葉を発せなくなった口。まだ動くのは私の心だけだった。私は心の中でカイトに何度も話しかける。ごめん、カイト。あなたを苦しめることだけはしないと決めたのに。こんな私を許して。と。
「我が君!もう少しです!もう少しですべてが叶います!」
 モルガンが急に大きな声を出す。それは誰に向けられたものか私にはわからなかった。そして次の瞬間、モルガンが宙に書いたものが私に向かってくる。
「これでお前はもう一生動くことは出来ない。まあ、すぐに命も動かなくなるだろうがな」
 私はそれを死と悟った。自由を奪われそして死んでしまう。私は諦めるかのように目を閉じた。
 目を閉じた私はカイトの姿を思い出していた。美しいあなたの姿。私がピンチになったら助けてくれて、私が泣いたら抱きしめてくれて、本当に優しいカイト。私はあなたともっと話をしたかった。もっとあなたのことを知りたかった。思えば、私はまだ何も知らない。私の運命だって、妖精のことだって、ジハナムの国のことだって。
 そうよ、私は……
「まだ何も知ってはいない!」

「何!?」
 私が行った行動は自分でも説明がつかないものだった。
 私は自分の手でモルガンの魔法を跳ね返した。それは無我夢中だったからどうやってやったのかわからない。でも私は確かに魔法を跳ね返したのだ。その魔法がモルガンの後ろの地面に当たって小さな爆発を起こす。
「バカな、この娘は何も出来ないはず」
「モルガン様!」
 ムガーがモルガンに急いで駆け寄る。
「ムガー、その刃であの娘をやれ」
「はっ」
 ムガーは小さな体を私の方へ向ける。その手のナイフが私の方を向いていた。魔法は跳ね返すことが出来たけど、物理攻撃はどうやったらいいのだろう。私は周りに何か落ちていないか探す。でも学校の屋上に何か武器になるものが落ちているわけもなかった。
「そうはさせない」
 その時だった。私の後ろから声が聞こえてくる。
「カイト!」
 それはカイトの姿だった。まだロミオの衣装を着ている。そしてその手にはあの美しい剣が握られていた。
「大丈夫か?ユーリ」
「うん!」
 私はカイトの元に走り出す。もう体の呪縛はなくなっていた。そしてロミオの姿をしたカイトに抱きつく。

「ちっ。これはまずいね。サグはまだこないんだろ?」
「はい。まだかと」
 猫とゴブリンはこちらを見ながら何かを話し合っていた。
「くそっ。せっかくのチャンスだったのに、行くぞ」
「はっ」
 そして2匹はその場から風のように消えていった。

 そんな逃げる妖精を追わず、私はまだカイトの胸の中にいた。カイトはそんな私を怒った表情で見ていた。



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