わたしの隣の魔法使い
第4章 ロミオとジュリエット
【その8】
『ロミオとジュリエット』はウィリアム・シェイクスピアの戯曲。モンタギュー家の一人息子ロミオとキャピュレット家の一人娘ジュリエットのあまりにも有名な悲劇である。
幕が上がった舞台では、素人造りではあったものの、とてもよく出来たセットが私達を驚かせた。なんて気合の入った舞台なんだろう。カイトがロミオと決まったのは1週間前だったけれど、このセットはいつから作っていたのだろうと思えるくらい立派なものだった。
はじめの登場人物は物語を告げるナレーター役。使用人のような姿の男が舞台に上がる。
「それは昔の物語。イタリアのベローナという所に、モンタギュー家とキャピュレット家という二つの名家があった。両家は遥か昔より争い続け、それは少しもなくなる気配はなかった。」
誰もが知っているこの物語。観客の半数以上がカイト目当てだとしても、私は舞台を楽しみにしていた。
「この物語の主人公はそんなモンタギュー家の一人息子ロミオとキャピュレット家の一人娘ジュリエット。二人が切なく紡ぐ真実の愛の物語でございます」
舞台の男性は慣れたセリフをスラスラを語る。緊張した雰囲気はどこにもなかった。
「では皆様、物語をはじめると致しましょう」
そして一斉の拍手。男は舞台から消えていった。
そして次の瞬間、観客から黄色い声援が耳が痛くなるほど聞こえてくる。それもそのはず、舞台にカイトが現れたのだった。
「あの美しい人に会いに行く。何故忘れろというのだ」
襟が立った深い紺色のベルベット生地に金色の刺繍が入ったコート。すらっとした細い白いズボンに背の高いブーツ。そんなカイトの衣装は、普通の男性が着てもただのコスプレにしか見えないと思う。でもカイトの美しい姿にそれがとても良く似合っていた。これはカイトに好意を持っている人が見たら誰でも叫びたくなる。私もかなりドキドキした。隣の真昼が「かっこいいねぇ」と小声で話しかけてくる。私もそれに頷いた。
しかし、そこにいたのはカイトであってカイトではないロミオ。いつもと違う彼の姿に私は何ていっていいかわからない状態だった。胸がドキドキして苦しい。
「友としてもう少し他の美人も見たまえと言っているのだよ」
カイトに続いてもう一人舞台に現れる。カイトほど華やかな姿ではなかったけれど、これまた素敵な姿の人。
「他のどんな人を見ても、ロザラインの美しさを引き立てるだけ。それが君にはわからないのか」
そこにいたのは紛れもなくロミオ・モンタギュー。それほど自然にカイトはロミオになっていた。
物語は進む。次は舞踏会に仮面をつけたロミオが美しきジュリエットを見つける場面。そこではじめて芽衣が登場する。
舞踏会のシーンでたくさんの人が舞台で踊っている。体育館の舞台はそんなに大きくないけど、よく出来たセットと衣装でとても豪華に見えていた。そこにスポットライトが2つ舞台を照らす。
まず1つ目はロミオ。仮面をかぶっていてもロミオの美しさはまったく変わらなかった。そして登場するジュリエット。私はそれにため息を着く。
「あの白鳥のように一際輝いている姫は一体どなたなのだ。まるで光り輝く宝石のように僕の心を縛って離さない」
衣装合わせの時に見た芽衣のジュリエット姿より遥かに美しい舞台での芽衣。スポットライトのせいなのか、化粧や宝石のせいなのか、その姿は本当に天使のようだった。あれなら誰が見ても心を縛られてしまう。
そしてやってくる、この物語中一番有名なシーン。
ジュリエットは2階の自分の部屋から外を眺めていた。それを木々の間に隠れているロミオが見ている。
「あぁ、ロミオ様。あなたはどうしてロミオ様なの。私はあなたを愛しています。その名を捨てて私を愛すると言って欲しい……」
芽衣の愛を語るその口はとても色っぽくてとても悲しかった。そしてその瞳はロミオを想うジュリエットの瞳なのか、カイトを想う芽衣のものなのか、それほど本当に愛する人を想う眼差しをしていた。
「お言葉通り、あなたを愛しましょう。ただひと言、僕を恋人と言ってください」
「まあ、あなたは誰なの?」
「誰と言われればとても困ってしまいます。あぁ、僕はこの名がとても憎らしい」
愛の言葉を交わす二人。それは物語の中だけでなく、カイトと芽衣は実際に愛を誓っていると、私の胸はムカムカする。私もこんな素敵なロミオに愛を語ってもらいたいと思ったりするのだけれど、それはロミオになのか、カイトのロミオになのか私には分からなかった。
なんてすばらしい舞台なんだろう、私はとても感動していた。これが学生が作った舞台とは思えないほど完成度は高く、その上、カイトと芽衣の美しさがこの舞台を一層素晴らしい物にしていた。
その時だった。物語に集中していた私の体を強い悪寒が走る。
「え!?」
私はつい声を出してしまった。幸い、効果音が大きなシーンだった為、隣の真昼もそれに気がつかなかったらしく、少しホッとした。しかし、この悪寒は紛れもなくあの……。
(どうしよう。ジハナムの妖精がこっちにくるってことよね)
何もこんな時に出てこなくてもと私は焦る。しかし舞台はまだ盛り上がっていた。私は舞台の上のカイトを見る。するとカイトも演技をしながらこちらを見ていた。
そして私は辺りを見回す。そこには舞台にのめりこみ、涙さえ流している人もいるくらい静かになっていた。はじめはカイト目当てで来ていた人たちも今は『ロミオとジュリエット』という舞台の為に心を高ぶらせている。私もこんなことがなければ最後まで心をすべて舞台に持っていかれたに違いない。でも私は戻ってきてしまったのだ。
(ダメ、ここで終わらせるわけにはいかない)
カイトがここで抜けてしまうと、この舞台は台無しになってしまう。でもここに妖精達を呼ぶわけにはいかない。だから私は決意した。
(終わるまで私が逃げ回ればいいのよね。少しの間ならきっとできるはず)
物語は架橋に近づいていた。ジュリエットが水薬を飲んで死んだように見せかけるシーン。一番いいシーンで私は席を立った。隣の真昼は舞台にのめり込み過ぎて、私が動いたのも気がつかなかった。
「シルフィ」
「なーに なーに ユーリ」
「カイトに伝えて。少しの間時間を稼ぐからって」
「わかった わかった」
私は体育館を出て、シルフィを呼び出す。そしてシルフィが止まってカイトに伝えている間もその場から思いっきり走っていった。悪寒は少しずつ近づいてくる。私はジハナムの妖精の位置さえ分かるようになっていた。
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