わたしの隣の魔法使い


第4章 ロミオとジュリエット
【その5】


「37度ちょっと。しばらく寝ていれば大丈夫そうね」
 ママが私から取り上げた体温計を見ながら少し呆れた顔をしていた。
「どうせ髪の毛を乾かさないまま寝たりしたんでしょ?」
 私の額に冷たいタオルを載せながらママの顔が近づいてくる。私は軽く頷く。首を少し動かすだけでも赤くなった喉が痛かった。
「ママは薬と栄養剤買って来るけど、何か食べたいものある?」
 ママの問いかけに私は首を横に振る。今は何も食べたくなかった。
「じゃ後でリンゴすってあげるわ。それをヨーグルトに入れて食べなさい」
 そしてママは私の部屋から出て行った。少しして玄関が開く音がしたから、ママは私の薬を買いに行ったみたい。私は誰もいない静かになった我が家を感じながら布団に深く潜った。喉も頭も痛いし、体はフラフラする。私は昨日髪の毛を乾かさないままカイトと話をしたことに少し後悔した。でも今更後悔しても何にもならないので、何も考えず私は瞼を閉じることにした。
「あれ……」
 ずっと体は風邪で震えている。温かい布団の中でも悪寒は止まることがない。だからこのまま寝てしまったら気がつかなかったかもしれない。しかし私は気がついてしまった。風邪の悪寒とは別の変な感覚が体の奥から襲ってくることに。これは前にも感じたことがある感覚。
「そんな、これって……」
 それはカイトの家に行った時に感じたあの感覚。そう、ジハナムの妖精が出てきた時のあの恐怖だった。それがこんなに体が弱って動けない時に感じるなんて。
「でも無理……私はもう動けない……」
 どんなに恐怖を感じても、どんなに危機を感じても、病気になってしまった私の体は言うことをきかなかった。私は、動かなければいけない、カイトを呼ばなければいけない、と頭の中では何度も繰り返していたけれど、体力を失った体はそれを許してはくれず、そのまま気を失うように私の意識は遠くへいくのだった。

 何も出来ない上に病気で動けない。それはとても最悪だった。これで私がジハナムに奪われてしまったら、カイトになんて言えばいいんだろう。私はどこまでカイトの邪魔をすれば気が済むのだろう。そんな自分が本当に憎らしかった。私は力が欲しい。カイトに頼らなくても世界を守れる力が欲しい。
 でも私の体の中の力は私の願いを聞いてはくれなかった。


 体が重い。気持ちが悪い。私は知らない街並みの中をそんなことを思いながらフラフラと歩いていた。
「ここはどこなんだろう」
 来たことのない場所をただ歩く私。周りは西洋風の街並みが並んでいた。こんな所私は知らない。でも、頭がフラフラで何も考えることが出来なかった。行き交う人達に何度かぶつかる。
「ロビン。助けて、ロビン」
 もう立っていられないほど体はふらつく。熱が更に上がった感じがしていた。私はそんな時、何故かロビンの名前を呼んだ。何故かロビンに助けを求めていた。
「結李、もう大丈夫だよ」
 気がつくと目の前にロビンが立っていた。私はそんなロビンを見て大粒の涙を流す。よくわからなかったけれど、涙を止めることが出来なかった。ロビンはそんな私をすぐに抱きしめてくれた。
「ごめん。結李をこんなに苦しめてしまって。でもオレが君を守ってやるから」
 ロビンに抱きしめられて体の辛さがだんだん和らいでいく気がしてきた。なんて優しい抱擁なんだろう。涙が止まらなかった瞳も今はもう乾いている。私はそんな気持ちの良いロビンの胸から離れたくなかった。
「ロビン、ありがとう。来てくれて。助けてくれて」
 ロビンは優しく微笑む。
「君が呼べばオレはどこでも行くよ。だからここに印をつけたじゃないか」
 そう言ってロビンは私の首筋を指で軽く触る。そしてまた軽くキスをしてくれた。
「でも何で私なの?私はあなたのことを知らない」
 そこで私ははじめてロビンの顔が目の前にあることに気がつく。背がそんなに変わらない為、目線もとても近かった。私はドキドキする。でも目線を逸らす事は出来なかった。
「ずっとオレは一人だったんだ。でもそこに君が来てくれた。それだけで十分なんだよ」
 ロビンの少し幼い顔に私は釘付けになる。なんて綺麗な顔なんだろう。そして金色の瞳に吸い込まれそうだった。
「だからどこにもいかないでくれ。オレの傍にいてくれ、結李」
 またロビンは私を強く抱きしめる。私もロビンの背中に手を回して抱きしめた。
「ロビン……」
 温かいロビンの胸の中で私はだんだんと眠くなっていく。毛布に包まれているようなその感覚は私を楽園へと導いてくれるようだった。

 そしてまた、私は現実へと戻っていく。


「ユーリ?ユーリ、大丈夫?」
 目を開けると目の前にカイトの綺麗な顔が私を覗きこんでいて、私はびっくりして目を見開いた。
「うわっ」
 私は驚いて声を出す。このままびっくりして体を起こしていたらきっとカイトの頭と私の頭はぶつかっていたに違いない。それくらいカイトと私の顔の位置は近かった。あぁ、起き上がらなくて良かった。しかし、私は今自分がどういう状況に置かれているのかさっぱりわからなかった。
「良かった。ずっと苦しそうだったんだよ」
 私はベッドの中で寝ている。ここは自分の部屋。でも目の前にはカイト。その手にはあの綺麗な剣が握られていた。
「そうだ……妖精が……」
 だんだん思い出してきた。私はジハナムの妖精が外の世界に出てきたのを感じたまま眠ってしまったんだった。そして今、目の前にカイトがいる。もしかして。
「大丈夫、もう倒したから。ユーリはゆっくり休んで」
 もしかして私の部屋で戦ったのだろうか?でもそんな痕跡はどこにもなかった。
「ごめん、カイト。また私……」
 カイトはそんな弱音をはくわたしの口を手で押さえた。
「それはもうナシだよ。いいね、ユーリ」
 一人で戦うカイト。何も出来ない私。病気までしてしまって迷惑をかけてしまった。でもカイトは笑ってくれる。
「ユーリが風邪をひいたって先生から聞いてびっくりしたよ。もしかして昨日のあれが原因?」
 そうなんだけど、私は首を横に振る。
「違う違う。私、風邪ひきやすいんだよね。季節の変わり目とか必ずひいちゃうし」
「そうなんだ。大丈夫?」
「うんうん。もう大丈夫だよ。あと少し寝ればきっと元気になっちゃうし」
 嘘だけど、この嘘はいいよね。神様も許してくれるよね。
「そっか。それなら安心かな」
 私はもうこんなことがないようにこれから気をつけようと思った。自分の知らない所でカイトが私の為に戦ってくれるのはやっぱり心苦しい。
「じゃ、僕は授業に戻るよ」
「あ、そうだった。授業平気なの?」
 時間はまだお昼前だった。普通に授業をしている時間。カイトはそれを抜け出して私の所に来てくれているみたい。なんて言い訳をしてクラスに戻るのだろう。また胸がチクッと痛む。
「大丈夫大丈夫。じゃ、また放課後にでも見舞いにくるね」
「ありがとう、カイト」
 カイトは立ち上がって手に握っていた剣を呪文で消す。
「あ、そうだ」
「ん?」
 私はそこで夢のことを言おうと思ってカイトを引き止める。一度ロビンの夢のことをカイトに相談しなければと思っていた。
「……」
 言わなきゃいけない。言わなきゃいけないのに口から出てこない。
「ユーリ?どうしたの?」
「あ、うううん。なんでもない。なんでもないの。ごめん、引き止めて」
 なんでだろう。何故だかロビンのことをカイトに言うことが出来なかった。
「変なユーリだな。何かあったらすぐに言ってね」
「うん、ごめんね、カイト」
「じゃ、また」
「うん、ありがとうね」
 カイトは軽く手を振りながらその場から消えていった。瞬間移動をはじめてきちんと見たけれど、人が一瞬で消えるというのはとても不思議だった。

 何故ロビンのことをカイトに言えなかったんだろう。口にすることが私には出来なかった。でもあの夢もとても不安定で、必ず見るわけじゃないし、私はもう少し様子を見ることにした。夢は夢だし、別に何か起こっているわけじゃないし、まだ大丈夫……だよね?

 また静かになった部屋。私は布団の中で体を伸ばす。
「あれ……」
 私はあんなに痛かった喉が治っていることに気がつく。体もフラフラしない。
「寝るのってこんなに回復力あったっけなぁ」
 そんなことを思いながら私はもう一眠りすることにした。



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