わたしの隣の魔法使い
第2章 妖精界ティル・ナ・ノーグ
【その6】
カイトの家に戻ってきた私達。時計の針はもう夜7時を回っていた。カイトが家まで送ってくれるというので、喜んでそれを頼んだ。だって朝はシルフィに着いてここまできたけど、無事帰れる自信はなかったから。
「今日はご苦労様、ユーリ」
まだ街は少し遠くに見える。辺りは家々の明かりだけで道は少し暗かった。そんな暗闇の中を二人肩を並べて歩く。等間隔ごとにある街頭の強い光が目に悪そうだった。
「あ、いつのまにか私を『ユーリちゃん』じゃなくて『ユーリ』って呼んでくれてるね」
そんな何気ない会話。
「そういえばそうか。あれ?いつのまに」
少しの会話でも楽しかった。カイトの声はとても優しい。
でも私には家に着くまでに聞かなきゃいけないことがある。明日から私は一体どうしたらいいのか。カイトはどんなことを考えているのか。
「ねぇ、これから私はどうしたらいい?」
「そうだね、そのこと話さないとね」
そしてカイトは闇の国ジハナムの妖精のことをまた少し話してくれた。
「ジハナムの妖精達は遥か昔に妖精王が張った結界によって人間界へは出れないようになっている。でも結界が少し弱くなって弱い妖精達が出てきてしまっているって話は前にしたよね?」
私は頷く。カイトも頷いて話を再開した。
「ジハナムの妖精達はそう毎日毎日出てくるわけじゃないんだ。結界が弱くなるのにもなにか条件があるらしい。だから連続で来たり、1週間に1度来たり、何ヶ月も来なかったり」
「へぇ。そうなんだ」
私はてっきり毎日出てきて悪さしているものかと思っていたから少し驚いた。一体どんな条件があって彼らは外に出てくるんだろう。
「だから毎日警戒する必要はないと思う。今だってあいつらはユーリを追ってこないしね」
「え?もしかして私、ノクトの粉の効果切れちゃっているの?」
カイトはそんなうろたえる私に軽く笑う。
「もうとっくに消えてるよ。あれの効果は大体1日くらいだからね」
「えー!」
私は急いで辺りを見回した。街が近づいてきて少し明るい。でも私の行動も空しく、周りには特に変わったことは何もなかった。
「あはは。大丈夫だよ、何もいない。ユーリ、ここからが大切なんだ、聞いてくれるかい?」
私は自分の無駄な行動をやめて急いでカイトのほうを見る。なんだか空回りの一人コントをやっているような感じで少し申し訳なかった。
「僕は今まで人間に危害を加えるジハナムの妖精を退治してきた。中にはただ出てくるだけのものもいて、それは中に戻っていくのを待って見過ごしていた。だからすべてを退治してきたわけじゃないんだ」
カイトは真剣な顔をする。私も一緒に真剣な顔になった。
「でもこれからは外に出てくる妖精達はすべて君を追うことになると思う。あっちも外に出ようと必死だからね。でも僕はあえて君を隠さないですべて退治しようと思っている」
「え?大丈夫なの?」
カイトは頷く。でもなんだか少し悲しそうだった。
「ユーリを隠す魔法はあるけれど、それは永遠ではないんだ。だからそれに頼るより、僕は戦うことを選ぼうと思ってね」
人間界に出てくる妖精達、私はあのトロールの姿を思い出していた。あんなにでっかいのとこれから沢山戦うってこと?それも私の為に……。
「ねえ、カイト」
私はその場に立ち止まった。遅れてカイトも立ち止まる。
「ん?どうしたの?」
私はカイトに言わなければならないことがある。少しためらったけど私はそれをカイトに話す。
「私のせいであなたに大きな迷惑が掛かってしまったことを本当に申し訳なく思っている。妖精界で私のことを殺せって言われたとき、それもありかななんて思ってしまったの」
「な、何を言っているの?」
カイトは焦った顔をしている。でも私は真剣だった。
「だって、カイトは一人で戦っている。私達人間のまったく知らない所で。それだけでも大変なのに、私みたいなお荷物が増えてしまって……」
何も出来ない私はただのお荷物。それは十分わかっていた。
「私を見捨ててって言えればいいんだけど、そうなると妖精界にすごい被害が出てしまう。きっと私達の人間界にも。だからそれが言えないのがすごく辛いわ」
私は泣きそうだったけど笑顔をカイトに向ける。自分には選択肢がなかったのが辛かった。
「だから何かあった時、私をあなたの魔法で殺してしまっていいからね。向こうの手に渡るより全然いいもの」
私は自分を守るより、この美しい人が辛い思いをしないようにしたかった。だから私はカイトにきちんと言いたかった。
「バカだなぁ、ユーリは。僕がそんなに弱く見えるの?」
私は必死に涙をこらえていたのに、カイトから出た言葉はとても陽気だった。私は涙を目にためてカイトのほうを見る。
「そんなの、僕がユーリを奪いに来る妖精をすべて倒せば問題ないだろう?だから君がそんなに苦しむことはないんだよ」
私の目にたまった涙はその瞬間に下に流れ出す。それはもう止めることが出来なかった。
「でも、でも、あなたは苦しい顔をしていた。それは私のせいなんでしょ?私がいたからあなたはあんな顔をすることになってしまったんでしょ?」
ティターニア女王に見せていたカイトの苦しそうな顔。私はそれを頭の中から取り払うことが出来ないでいる。
「もー、ユーリが泣くことは何もないんだよ」
誰も通らない道の真ん中で私は声を出さずに涙を流していた。そんな私をカイトは抱きしめてくれた。それが突然だったから私は一瞬固まってしまったけど、カイトの胸の中の温かさにそのまま身を委ねた。
「たしかに僕はこれからのことをどうしたらいいか考えていた。君を向こうに奪われるとあの美しい世界が壊れてしまうのが怖かったからね」
カイトの心臓の鼓動が私の耳に聞こえてくる。それは心地よいリズムだった。
「でも結論は一つだったんだよ。君を奪われなければいいんだ。何も難しいことじゃない」
「でも……」
「もー、今は僕は全然苦しんだ顔していないだろう?」
私はカイトに包まれながらその表情を見る。それはとても穏やかだった。
「うん……」
「じゃあ、君がそう悲しむことはないよ。僕はもう結論を出したんだし、決して悪い方向へはいかないよ」
本当にそうなのかわからなかった。でも私は自分では何も出来ないから、カイトに任せるしかなかった。信じるしかなかったのかもしれない。
「まあ正直、はじめはかなり困ったけどね。君が何者かわからなかったし」
そうケラケラと笑うカイト。私はそんなあなたが少し愛しかった。
「さぁ、帰ろう。ユーリのご両親が心配するよ」
私は頷いてまた道を歩き出した。背の高い私の家のマンションが見えてくる。
「君にはシルフィをつけておく。何かあったら連絡して」
マンションのエントランスまで到着し、カイトはその場で止まり私は振り返った。明るいエントランスにカイトの顔はいっそう綺麗に見ていた。私はこの人にさっきまで抱きしめられていた。まだ頭の中が混乱して考えられないけど、きっとあとで顔が赤くなるに違いない。
「まあ、ジハナムの妖精達がこっちに出てきたらすぐに駆けつけるけどね」
「あ、私の部屋まで連れて行ったほうがいい?」
私は瞬間移動のことを考えていた。たしか行った事ある所しかいけないはず。私の部屋にカイトは来た事がない。
「これくらいの誤差ならなんとかなるかな。それにシルフィの記憶は僕に繋がっているからね」
なるほど。私はそれを聞いて安心した。
「じゃあ、明日はゆっくり休んで。でもあいつらが出てきたらすぐに戦闘態勢だけどね」
笑顔のカイト。私はこの綺麗な笑い顔が好きだった。だからもう苦しい顔はさせたくないと思っていた。
「わかった。ありがとうね、カイト」
そしてカイトは帰っていった。私はその姿が見えなくなるまで見送っていた。
私に突然舞い込んできた不思議な運命。それは世界が私が思っていたのとはまったく違ったものというのを分からせてくれた。でも私の体の中を流れる力は世界を脅かすもの。これからこの力の為にどんなことが起こるかはまったくわからない。でも私はそれに立ち向かわなければならない。だから私は負けない。あなたの苦しむ姿は見たくないから。
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