わたしの隣の魔法使い
第2章 妖精界ティル・ナ・ノーグ
【その5】
「じゃあ次はユーリ、あなたを見せて」
フェアリードロップはカイトに返され、次に女王様は私の傍にやってきた。私はソファーから立ち上がり、女王様と向かい合わせになる。そして女王様は私の額に手を当てた。カイトもあの黒いフードの人たちもそうだったけど、すべて額に手を当てながら何かを行っていた。これがこの人たちのやり方なんだと私は学んだ。
「うん。すごく弱いけど力が体を流れているわ。エアリエル、この位の力はどうなのかしら?」
後ろに立っていたエアリエルが女王様に変わって私の額に手を当てる。その冷たい手に私は少し緊張する。
「なんとも言えませんが、この程度の力でもジハナムの結界が壊れてしまえば元も子もありません。注意は必要かと」
「そうね。じゃあ、この力を隠すことを考えないと」
女王様は私をもとのソファーに座らせて、背の低い机をはさんで向こう側にある立派な椅子に座る。玉座ほど大きくはないけれど、素敵な花の装飾がついた椅子だった。その後ろにエアリエルが立つ。
「妖精の粉ではどうなんだ、長老」
今までずっと出されたフルーツを頬張っていたノクトが満足と言わんばかりにお腹をさすっている。たしかかなりの量のフルーツが置いてあったのに、今は銀の食器だけになっている。
「まあ、また長老なんて呼ぶ。私のことは女王と呼びなさい。ノクト」
今まで気にしなかったけど、ノクトは女王様にかなり馴れ馴れしい。他のみんなはあんなに女王様に対してとても礼儀正しいのに。ノクトは一体何者なんだろう。
「まー、それはいいじゃないか。それより、妖精の粉で隠すっていうのはどうなんだ?」
ノクトは軽く飛び上がって体を振る。体からはキラキラと光る粉が落ちてきていた。
「多少は隠せるとは思います。でもそれにも限界はあるでしょう」
冷たい目線のエアリエル。表情が変わらないからずっと冷たいんだけど。
「そうね。妖精の粉をあまり出しすぎるとあなたの体にも悪いわ。それはやめましょう」
ノクトは空中で頬を膨らませる。その表情がなんとも面白くて私は笑いそうになった。
「私がユーリを守るというのはどうでしょうか。永遠ではないですが私の魔法で彼女を隠すことも出来ます」
今まで黙っていたカイトが口を開いた。少し重々しい声で私はまた胸が痛くなる。でもそれを出してはみんなに迷惑がかかるだろうと、私は顔に出さないようにした。女王様は少し悲しい顔をする。
「でもそれだとあなたに負担が掛かってしまうわ。今でもあなたには色々と迷惑をかけているのに」
「そんなことはありません。私はこの仕事を誇りに思っています。これが必然とおっしゃるのであれば、私にユーリのことを任せて頂けないでしょうか」
女王様はしばらく黙っていた。たまにエアリエルに何かを耳打ちをしてまた黙り込む。その少しの時間、私もカイトもただそれを見ていた。
私にも闇の妖精と戦える力があればいいのに。私は沈黙の間そんなことを考えていた。でもあの黒い側近達は私には魔法が使えないといっていた。だから使えないのだろう。ただ私の体の中には闇の妖精達が喜ぶ力が流れているだけ。なんて空しいんだろう。
「いいわ、カイト。とりあえずこの件はあなたに任せるわ。でもあなたの手をおえなくなったらすぐに私達が変わるからね」
「はい、ありがとうございます」
カイトの声が少し明るくなった。カイトの方を見ると顔も少し明るくなっているので私は少しホッとした。その時、カイトと目が合う。カイトはいつものように微笑んでくれた。
「エアリエル、ユーリにあれを渡してあげて」
「はい」
エアリエルは手のひらに小さい竜巻を作り、そこから指輪を出現させ私に差し出した。それはシンプルな金の指輪だった。私はそれを受け取る。よく見ると指輪にはたくさんの彫り込みがしてあった。
「この指輪はあなたが本当に危なかった時、きっと助けてくれるわ。だから肌身離さず持っていてね」
「わかりました。絶対に離しません」
私は早速右手の薬指にその指輪をはめた。すると不思議なことにその指輪が視界から消えてしまった。
「え?消えた……」
「指輪があなたを主と認めたのよ。それに見えていると何かと不便でしょ?」
私は何も考えず指にはめたけど、たしかにそうだ。いきなり金色の指輪なんかつけていたら、親にだって怪しまれる。でも消えてしまった指輪もとても不思議で気になっていた。女王様はそんな私の様子を嬉しそうに見ていた。
「では私達はこれで戻ります。あまり長居をすると私達の世界の時間が大変なことになってしまいますので」
私が消えた指輪のことでまだ首を傾げていると、隣に座っていたカイトが立ち上がった。
「そうね。向こうはもう黄昏時だと思うわ」
女王様もそう言いながら立ち上がる。動くとまた甘い香りが辺りに広がった。
「え?まだ少ししか時間がたってないのに?」
妖精界にきてたぶんまだ1時間もたっていないと私は思っていた。でももう夕方?
「ティル・ナ・ノーグは時間の流れがすごく遅いんだよ。だからここに1日いたら大変なことになる」
カイトはいつものように私に説明してくれた。そういえばそんな話をどこかで聞いたことがあるかも。私は急いで帰る支度をはじめた。
「じゃあカイト、これからのこと頼むわね」
「はい。必ず」
そしてカイトと女王様は軽く抱擁する。それはまるで親子の抱擁のように。
それから私達はエアリエルに人間界への入り口まで送ってもらって元の世界に帰っていった。また体を小さくしなければならなかったから、私は今度は目をつぶってそれに臨んだ。もうあの気持ち悪いのは嫌だったから。
そして外へ出るとカイトは私の体をすぐに大きく戻した。体が大きくなってもこの場所がどこかさっぱりわからなかった。どこを見ても大きな木々に覆われて空さえも見えない。でも行きとは違ったその行動を私は不思議に思った。
「あれ?今度はノクトの背中に乗って帰るわけじゃないの?」
行きは確かにここからカイトの家まではノクトの背中に乗っていた。でも何故か体を元の大きさに戻された。どういうことなんだろう?第一、ノクトとはさっき妖精界でお別れをした。ここからどうやって帰るんだろう。
「今度は僕が瞬間移動の魔法で家まで帰してあげるよ」
「瞬間移動?」
「この魔法は一度行った事のある場所じゃないと出来なくて、行きにユーリと一緒にすることが出来なかったんだ。でも今は僕の家までなら出来るからね」
私はなるほどと思った。でもそれだと不思議なことが1つある。
「あれ?じゃあはじめに会った時のあれは何?私あそこに行った事なかったけど……」
私ははじめてカイトにあった日の瞬間移動を思い出していた。あの時はどこかの田園風景の場所に飛ばされた。もちろん私はあんなところは知らない。
「あれは魔法が誤作動したんだ。僕にもあそこは知らない場所だったからね。片方が知ってて片方が知らない場所に飛ぼうとするとああなるって勉強になったけど」
そんな風に笑うカイトは私に手を差し出す。
「さ、おいで。帰ろう」
私は頷いてその手を取る。するとカイトが私の腰に手を回してきた。カイトの顔がすぐ近くになり目が合う。私はそのままではいられず、すぐに目線を下に向けた。胸がドキドキする。
「じゃあ行くよ。少し痛いかもしれないけど、我慢して」
「え?!」
そう驚いている瞬間、私とカイトはその場から姿を消した。それは一瞬の出来事だった。
私とカイトがいなくなった妖精界では、南の宮殿とは違った大きな宮殿のテラスで女王様が空の月を眺めていた。その表情はとても悲しい。そこにエアリエルがやってくる。
「あなたがそのような悲しい顔をするのは、あの者たちのせいですか?」
エアリエルの手には赤い飲み物の入ったグラスが握られていた。それを女王様に渡す。
「カイトのことよ。あの子はなんて悲しい運命を辿っているのかと思って」
女王様は飲み物に少し口をつける。
「ねえ、エアリエル。お願いがあるの」
そう悲しい表情をエアリエルに見せる女王様。エアリエルはその場に跪いた。
「なんなりと」
「もしカイトが苦しむことがあったら、助けてほしいの。私はここから動くことが出来ない」
女王様の瞳は涙で濡れていた。
「わかっております。だからそのようなお顔をしないで下さい」
「ありがとう。エアリエル」
女王様はエアリエルに微笑み、グラスの中の飲み物を一気に飲み干した。
「さ、夜風は体に障ります。中にお入りください」
「ええ、わかったわ」
女王様は空になったグラスを立ち上がったエアリエルに渡し、部屋の方にゆっくりと戻っていた。
テラスに残されたエアリエル。彼は闇に浮かぶ月を眺めていた。
「私はあなたの為に生まれてきた。だからあなたが望むのであればなんでもする。それがたとえ……」
そしてエアリエルは言葉と共に彼は姿を消していった。そこにはただの闇だけが残っていた。
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