わたしの隣の魔法使い


第2章 妖精界ティル・ナ・ノーグ
【その4】


「ティターニア様、お久しぶりです」
 固まる私の横からカイトが一歩前に出る。私を見ていた女王様の視線がカイトへと移った。女王様の横顔もやはり作り物のように完璧で、緑色の瞳が宝石のように輝いていた。
「カイト、久しぶりね。元気だった?」
「はい。変わりはありません。ただ、私がティル・ナ・ノーグを危険にさらしてしまいました」
 女王様は首を軽く横に振りながら微笑む。その優美な姿に見とれてしまう。
「あなたのせいではないわ。これはきっと必然だったのよ。だからそう苦しまないで」
 私は女王様の言葉にハッとした。そしてカイトの顔を横目で見てみると、カイトの表情は今までみたことのない悲しい顔をしていた。そういえば私はカイトの明るい表情しか見たことがない。たぶん他の人には見せなかった表情なのだろう、こんなカイトの悲しい顔をはじめて見て胸が苦しくなった。その表情を作ってしまったのは私。
「まあユーリまで。二人とも元気を出して。大丈夫よ、この世界はそう簡単には壊れたりしないわ」
 私とカイトを優しい表情で見てくれるティターニア女王様。その温かい表情とともに、周りの空気まで変わった気がしていた。さっきまでの張り詰めた時間の緊張がとけて、私は涙が出そうだった。
「ユーリ、色々大変だったでしょうね。あなたの心が苦しがっているのが分かるわ」
 女王様が不意に私を抱きしめてくれた。女王様の細い体が私を包む。近くにいるだけでも甘い香りがするのに、抱きしめられるとその匂いに気持ちよくて倒れそうだった。はじめは女王様のその行動に戸惑ったけれど、いつのまにか私は真っ白な胸の中で涙を流していた。
 もちろんこの短時間で色々なことがありすぎて私の心が混乱していたけれど、それ以上にカイトを苦しめてしまう自分の存在がとても悲しかった。ずっと私は自分のことしか考えていなかった。魔法を使えるカイトを羨ましいとさえ思っていた。
 自分は一昨日までカイトとは何も面識がなかった。今だって私も彼のことを知らないように、彼も私のことを何も知らないはず。そんなわけもわからない女がいきなりお荷物になってしまったのだ。そんな自分に涙が出てくる。

 女王様を含め、カイトもノクトも私が泣き止むまで口を開くのを待っていてくれた。そして少しの時間がたってから、女王様がはじめに口を開いた。
「もう大丈夫かしら?ユーリ」
「は、はい。ありがとうございます」
 私の心はすっかり落ち着いていた。答えは出ていないし、カイトを苦しめる存在であることも分かっているけれど、今は女王様の優しい心に触れ、乱れた心はとても落ち着いていた。
「じゃあ、どこか座れる所に行きましょうか。ノクト、この近くに何かあったかしら?」
「うーん、ここからなら南の宮殿が近いかな」
「あら、あそこまで行かないとダメ?この近くの民家なんか借りれるといいのだけど」
 周りは一面の草原。このまま地の果てまでこれが続いているのかと思っていたけど、二人の話を聞いているとそうではないらしい。妖精は家に住んだりするのだろうか。
「バーカ。お前がそんなことしたら、みんなビビってしまうよ。それにそんなことはエアリエルは許さないだろう?」
 ノクトがそう言った後、突然女王様の丁度後ろで小さな竜巻が起こった。それは本当に突然で私は一体何が起きたかわからなかった。そしてその竜巻から人が一人出てきた。
「そうなの?エアリエル」
「はい。それはお止めになったほうがよいかと。南の宮殿ならば私が皆をお送りします」
 私の目はおかしくなってしまったのだろうか。もう見る人見る人が美しく見える。今まで普通に暮らしていて、この人は美しいなぁなんて思ったことは一度もなかったのに、この数日で私は何人の美しい人を目にしなければならないのかと思った。
 竜巻の中から出てきたその人物は見るだけでは男性なのか女性なのかまったくわからなかった。体はとても細く、女王と一緒で顔も服も真っ白である。なんて穢れていない姿なんだろうと私は思った。そしてまっすぐな薄い緑の髪の毛は腰まで伸び、瞳は女王様と一緒で澄んだ緑色だった。この人もあの黒いローブの人たちのように顔に表情がない。でも恐ろしいほど美しかった。
「わかったわ。じゃあ南の宮殿に行きましょうか。そこでゆっくりこれからのことを話しましょう」
 カイトはそれに同意し、私もカイトに続いて頷いた。

 ノクトによるとエアリエルは風の精霊で、風を自由自在に使うことが出来るらしい。それならシルフィと一緒ねってノクトに言ってみたら、全然違うって教えてもらった。何が違うのかよくわからないけど、妖精や精霊の世界にも階級があって、高い低いで使える能力が全然違うらしい。私はそれに「ほー」って言うしか出来なかった。
 でも、エアリエルが一言呪文を唱えるだけで、竜巻を使って私達を遠くの宮殿に送った時には言っていることを少し理解した。

 連れて来られた南の宮殿は、ローマやギリシャの神殿のように石の柱が何本も立つ建物で、白い石造りの宮殿には凝った彫刻などがいたる所彫られていた。全体は小さいものの、その造りの美しさに私は何度もキョロキョロしてしまった。それにそれが建っている場所が湖の真ん中なことにも私は驚いた。
「まずはカイト、あなたのフェアリードロップを見せて」
 宮殿の一部屋に通された私達は部屋の中のソファーに腰掛けていた。部屋の中はベルサイユ宮殿の部屋のように豪華絢爛で妖精の世界にこういう人工的っぽいものがあるのが少し不思議だったけれど、そのソファーの座り心地の良さに私は驚いていた。
 感動しっぱなしの私の隣では、女王様がカイトから石を受け取っていた。すると不思議なことに石が少しずつ光り出す。
「フェアリードロップは無事みたいね。良かった」
 女王様はカイトのフェアリードロップを愛しそうに胸の前で両手で握っていた。そして、石が発していた光は女王様の手の隙間から漏れている。それほど強い光を石は放っていた。



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