わたしの隣の魔法使い
第2章 妖精界ティル・ナ・ノーグ
【その1】
「なんなのこれ……」
私は目の前の大きな屋敷を前に、呆然と立ち尽くしていた。
昨日はやっぱり寝たらすぐ朝だったみたいな特急コースで、朝も目覚まし時計なしで気持ちよく起きることが出来た。まだ完全に疲れは取れてないけど、たくさん寝た日の朝はやっぱり気持ちがいい。ママが作ってくれた朝ごはんのフレンチトーストが空腹の私のお腹と心を満たす。朝から私は機嫌が良かった。
ママにはまた街を探検してくるって言って外に出てきた。友達と遊びにいくって嘘を言って、もう友達出来たの?と追求されるのもめんどくさかったから。まあ、実際に友達と遊び?に行くんだけど。相手が男なんてわかった日には、あのミーハーなママがどんな反応してくるか。怖い怖い。
道案内はもちろんシルフィ。どうやって道案内をしてくれるのかなって思っていたけど、普通にフワフワ飛びながら道を示してくれた。周りの人は一切気がつかなかったので、やっぱり妖精は普通は見えないものみたい。私はそれに安心して、シルフィと同じ速度で前に進んだ。
カイトの家は私の家からたぶん30分ほど歩いた所にあった。途中シルフィが同じ道を何度か歩いたから、道さえ覚えてしまえばその半分くらいで着く様な気はするけど、今日は大体30分弱くらい時間がかかった。
妖精の加護を受けている魔法使いがどんな所に住んでいるのかすごく興味はあった。木が生い茂る誰も住んでいないような洋館にひっそりと住んでいて、中からたまに恐ろしい声が聞こえる、なんて噂があるような家に住んでいたらそれっぽいなぁなんて思っていたけど、実際は全然違っていた。違いすぎていた。
ここはどんな怖い人が住んでいるんですかって思わせるような日本的な大きな門に、「滝沢」という表札が掛かっている。そして私より遥かに背の高い塀が家の周りを一周していた。私はその立派な門構えにかなり身構えてしまった。しかし、これはどうやってカイトを呼び出せばいいんだろう。チャイムなんてどこにも見当たらない。私は門の前でオロオロしていて、きっと周りから見ると不審人物。でも幸いなことに、カイトの家の前を通る人は一人もいなかった。周りに家は密集しているけど、何故かヒッソリとしている。
「ユーリちゃん、いらっしゃい」
私はどうしたらいいかわからず立ち止まっていると、門が急に開いて中から人が出てきた。
「え?どうしてわかったの?」
そこに立っていたのはカイトだった。普段着のカイトの姿に私は少しドキッとする。カイトは制服を着ている時より私服の方がとても細く見える。もしかして私より細いかも?
「シルフィードは僕と繋がっているからね。いる所はすぐわかるよ」
さっきまで私を案内してくれていたシルフィは嬉しそうにカイトの周りをまわっている。1日ぶりの主人との再会。なんだか私、悪いことしちゃっているのかな。
「さ、どうぞ中に入って」
そういってカイトは私を中に通してくれた。大きな門が後ろでギギギっと閉まる。
門の中に入ると、大きな池に日本庭園、瓦屋根の立派な屋敷が目に飛び込んできた。庭はとても手入れされていてまるで国宝のお寺に来たみたいに綺麗な光景だった。
「うわぁ」
私は我慢できず声を上げてしまった。今時こんな家に住んでいるなんてどこのお坊ちゃまなんですかと私はカイトを見る。
「すごい家に住んでいるのね。ちょっと意外だった」
カイトは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「魔法使いがこんな立派な家に住んでいるなんておかしいよね」
私は頷く。
「うんうん。もっとこう……ツタが絡まった家に住んでいると思っていた」
そんな私の答えにカイトは笑う。
「あはは。それは映画とかテレビの見すぎ。実際はこんな所に住んでいるんですよ、魔法使いは」
そう言ってカイトは屋敷の玄関の方に歩いていく。私もそれに着いていった。
「それに僕はここで一人で住んでいるしね」
「え?一人でここに住んでいるの?」
私はてっきりカイトのご両親が立派な仕事をしているからこんなすごい家に住んでいると思っていた。でもどうやら違うらしい。
「うん。父も母も僕が小さい頃に亡くなったからね」
「そう、なんだ……」
私はこういう時に上手く答えられるほどまだ人生経験を積んでいない。だから頷くことしか出来なかった。ただショックを受けるしか出来なかった。
「あーあーあー、ごめん。そういうつもりじゃなくって……、あー、別に僕は親がいないことを悲しがっているわけじゃないから、ユーリちゃんがそんな顔することないんだよ。それに妖精達が頻繁に来てるから実際は一人ってわけじゃないし」
じゃあカイトはたった一人で悪い妖精達と戦っているの?そんなことが頭の中をループする。空気を暗くしてはダメってわかっていても、私にはここで明るくすることが出来なかった。
「そうそう。ユーリは笑っている時の方がかわいいよ」
空気が暗くなり修復できるか分からないという所に、急に違った声が会話に入ってきた。その声の主が私の目の前でフワフワ飛んでいる。
「お、ノクト」
この人はいつも神出鬼没だなと思いながら私は空気を変えてくれたノクトに感謝した。空気を暗くしたのは私のせいなんだけど、あのままどうやって空気を戻すのかわからず、きっとカイトは参っていたと思う。そんな時のノクトの登場。良くやった!とノクトを褒めてあげたい。
「さ、向こうはもう準備が出来ているよ。あとはユーリが来るだけだ」
「ああ、わかってる」
「え?私が……何?」
私がカイトの家に招かれたのはもちろん用事があるからで、それは私の体の中を流れているフェアリードロップの力の事なのは確か。
「ユーリちゃん、これから君を妖精界に連れて行こうと思うんだ」
「え?妖精界に?」
私自身が敵に奪われるのは妖精界にとっても大変なことらしいから、私が妖精達に召喚されて当たり前な事なんだろう。
「長老の側近達がユーリに会いたがってねー。あいつらちょっとうるさいから覚悟しなきゃダメだけどな」
うるさい長老の側近。私はそれを聞くだけで怖くなった。
「まあまあ、なんとかなるさ」
カイトはそうやっていつもの笑顔を見せる。
「じゃ、これから君の体を小さくする魔法をかけるよ。いい?ユーリちゃん」
そう言いながらカイトの髪の色が薄くなっていることに気がつく。金髪に近い茶色。その時のカイトのなんとも美しいこと。
「う、うん……。頑張ってみる」
体を小さくするなんて、どんなことか想像が出来なかったけど、私はカイトの魔法にかかる心の準備をはじめた。
<< 前へ
戻る
次へ >>