わたしの隣の魔法使い
第1章 わたしとあなたの出会い
【その7】
今まで何も感じなかったのに、それが近づくにつれて教室の中は耐えることの出来ないくらいの異臭がするようになっていた。私はあまりの臭さに少し声を出してしまった。それをカイトの手が塞ぐ。そして私を向いて笑顔を見せる。これは多分、『静かに』ということなのだろう。
ドシンッドシンッ。
臭いの次は、床が地震のように大きく揺れだした。それは一定のテンポで揺れを刻む。あまりに大きな揺れの為、新しくないこの校舎が壊れてしまうのではないかと私は心配をした。周りの机や椅子が慌しく動く。
そして、大きな振動音はドンドン大きくなっていき、耳が痛くなるほどの大きさになった途端、ピタンっと止まった。私は背中に冷たい汗が流れる。これは地震じゃない。何かの動く音だ、それもとても大きな。私はそう考えてしまったのである。
そして次の瞬間、教室のドアが思いっきり開く。
その光景を私はなんて表現したらいいんだろう。確かに映画とか小説なんかでよく出てくるようなその大きな物は、スクリーンで見るより何百倍も恐ろしくて、私はその場で倒れそうになった。それをカイトが支える。
教室に入ってきたもの。それは体長3、4メートルはあるのではないかと思われる全身が茶色い怪物。体は細いけれど筋肉がしっかりとついており、手が異常に長い。あれに掴まれたら私なんて簡単に引きちぎられるに違いない。顔はよく見えないが、耳が長い。それがうまく体をかがめて教室に入ってきた。辺りを一生懸命嗅いでいる。
「何故 ここにゃいない 匂い さっきまで してた」
怪物がそう話す。片言だけど、きちんと言葉として聞こえる。
「むむむ。何だ?急に匂いが消えたぞ」
次に怪物とは違った声が聞こえてきた。そして怪物の大きな足元から何かが教室に入ってくる。
「たしかにここだったよな。ありゃ?」
その声の主は大きな怪物とは違い、私の半分くらいの大きさしかない緑色の……これまたやっぱり怪物。大きな目に大きな耳、とんがった顔に裂けた口。体や手足はとても細く、茶色いボサボサな髪を片手でガリガリと掻いていた。
「あの方 嘘 いわない」
「それは当たり前だ。確かにあれはここにいたはずなんだ」
「どうする 怒られる?」
緑の怪物はさらに両手で頭を掻き始めた。そして教室を大回りで回る。そして私たちが座っている近くで止まった。私はさらに冷や汗を流す。
「しょうがない、帰ろう。このままをあの方にお伝えするしかない」
「怒られる?」
「わからん。あの方次第だ」
そしてはじめに小さな怪物が出て行き、次に大きな怪物が教室全体を大きな体を使って何度も嗅ぎ、そのまま出て行った。はじめはやはり大きな音がしていたものの、すぐにその音はまったくしなくなった。気がついてみると、はじめにしていた異臭も今や感じなくなっていた。
「もう大丈夫かな」
カイトが私の口を塞いでいた手を離す。それと同時に私は口で思いっきり空気を吸う。背中の汗がゆっくりとひいていく感じがした。
「追跡ゴブリンとトロールだったな」
私の頭の上で潜んでいたノクトがまだ私の頭の上で座っている。
「ああ、どうやら命令されてここに来たらしいね」
カイトは床に書いた魔方陣に何かの粉をふり掛けていた。すると光輝く魔方陣は少しずつ色が薄くなっていく。
「目的はユーリか」
「うむ……」
一連の流れでそれは私にもなんだかわかっていた。さっきの怪物たち(やっぱりゴブリンとトロールだった)は私を探しにきた。でも何で?
「ユーリちゃんには一から説明しないとダメだね」
私は頷く。
「もう授業が始まっているから、放課後でいいかな?」
時計の針は授業がはじまって十分たっていることを示していた。もう何時間もたった気がしていたけど、まだそんなものだったのか。
「わかった」
私はゆっくり立ち上がって大きく伸びをした。あちらこちらが何故か痛い。あんなに大きな恐怖を感じた後ってこんなにも体が痛くなるものなのか。
「ノクトはどうする?」
同じように立ち上がったカイトは、私の頭の上のノクトに話しかけている。気にしていなかったけど、私とカイトの背の差は頭1個分くらいある。私がチビなのか、カイトが背が高いのか……。
「オレは一回帰って長老にこのこと伝えてくるよ。これからどうするか、結局は向こうの判断が必要だからな」
「わかった。じゃあ何かあったら連絡して」
「おっけ」
そしてノクトは私の頭から飛び立ち、その場でクルッと一回転した。
「じゃあね、ユーリ。また後で」
そういいながらノクトは姿を消した。
「さ、教室行こうか。言い訳は……、まあ適当にするよ」
笑顔のカイトに私も軽く笑う。それが本当の笑顔だったかわからないけど、私は今で出来る笑顔をカイトに見せる。足はまだ少し震えていた。
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