誰がための小夜曲
番外編
【新婚初夜】
「あーー、やっとおわったぁ」
長い長い一日がようやく終わった。
エリュシオンホテルのチャペルで式を挙げ、同じホテル内の広い宴会場での披露宴。澪の招待客は多くなかったけれど、さすがに御堂の子息の結婚というだけあって、彼の招待客は驚くほど多かった。それも詩亜はモデルもしていた関係で、テレビ、雑誌関係の招待客も数多くいて、澪の親友である美雪はずっと目を輝かせていた。
「あとは明日、新婚旅行に行けば、すべて完了だね」
本当は今日のうちに日本をたちたい、というのが二人の希望だったけれど、あまりの招待客の多さに、挨拶やらなんやらで結局1日掛かってしまうだろうと、新婚旅行に旅立つのを1日遅らせていた。だから今日はエリュシオンホテルのスイートルームに1泊する事になっている。
「スイートルームかぁ。さぞかしすんごい部屋なんだろうね」
重くて動きづらいウェディングドレスや白無垢から解放されて、澪の足取りはとても軽かった。まるで踊るような、跳ねるような足取り。
「まあ、このホテルで一番いい部屋だからな。1泊の値段を聞いたらお前は目が飛び出ると思うよ」
二人は手を繋ぎあい、ホテルの1階のロビーを歩いている。二人ともが左手の薬指に指輪を光らせて。
「うへぇ。聞かないでおいとく」
「そうしておけ」
エリュシオンホテルのスイートルームは最上階に位置していて、エレベーターにルームキーを挿さないとその階には着かないようになっている。いわゆる、海外の要人やセレブなどの専用の部屋。そんな立派すぎる部屋を今日は澪と詩亜の為に武が用意してくれていた。
そして二人は、部屋に向かうためにエレベーターに乗り込む。詩亜が言うには、スイートルームに辿り着けるエレベーターはこのホテルでたった1つらしい。その1つだけのエレベーターに澪は詩亜と一緒に乗り込んでいた。乗り込むなり詩亜は各階のボタンの一番上にあるカードキーの差込口に手に、持っていた黒のカードキーを差し込んだ。するとエレベーターが動き出す。
「これでスイートルームまで直行ってわけだ」
「え?直行?そうなの?」
澪が驚いた顔をすると、詩亜が少し笑った。
「ああ。これでセキュリティばっちりってわけだ。まあ、途中で誰か乗ってきても困るしな」
「なるほど……」
よく出来たシステムだなと、澪は感心していた。
1階、2階、3階。
エレベーターの扉上にある電光パネルの数字がどんどんと増えていく。それはエレベーターが上に向かっているという証拠だった。
少し薄暗い密室。赤のベルベッド生地で囲まれた上品な空間。きっとこのエレベーターは最新式のエレベーターだろう。だからこの中に閉じ込められているのはほんの数分のはず。だから澪は目的の階に付くのを何も考えずに待っていた。なんとなく扉の上の数字表示を見ながら。
しかし、詩亜はそんな澪の後ろに立ち、彼女の耳元でこう囁いた。
「どれが監視カメラだろうな」
「えっ?」
澪は詩亜がいきなり変な事を言うので、すぐに彼の方に振り向いた。すると、詩亜がいきなり澪の唇を自分の唇で塞いでくる。
「ちょ、ちょっと、詩亜君!」
こんな所で。澪は少し焦るように詩亜から顔を離した。しかし、詩亜は澪の頭に手をまわし、自分に引き寄せる。そして再び彼女の唇を強引に塞いだ。
今のエレベーターには必ず監視カメラが付いている。もちろん、このエレベーターにも付いているだろう。今まさに、管理室のテレビにこの光景が映っているかもしれない。しかし、詩亜はそんな事はお構いなしと言わんばかりに澪の唇を求めてきた。
「5年も我慢したんだ。もうこれ以上は待てない」
詩亜の吐息のような囁き。でも澪も同じ思いだった。彼とは5年前に関係をもっていたけれど、再開してからは詩亜が仕事で忙しくて、一度もゆっくりと二人で過ごしてはいない。それはすべて今日からはじまる二人の生活の為。詩亜も澪もお互いの体に触れたいのにグッと我慢をしていた。
だから澪は彼を受け入れる。たとえエレベーターの中だとしても、誰かに見られていたとしても。
「あ、あ。んっ……」
澪と詩亜は濃厚に、愛を語らうように、ゆっくりと舌を絡ませあう。そして詩亜が我慢出来ないとでも言うように、澪のスカートをたくし上げ、彼女のショーツの中に手を突っ込んだ。するとそこはもうすでに潤っている事に詩亜は驚きと悦びを感じた。
「もうこんなに濡れてる」
詩亜が彼女の秘部を弄りながら呟いた。すると澪の顔は赤くなる。
「いや、詩亜君、言わないで」
いやらしい女だと思われたくない。今更ながら澪はそう思っていた。しかし、詩亜はそんな澪の恥じらう姿に官能を覚える。
しかし、エレベーターというのは永遠に上に向かうわけではない。当然、目的地に辿り着けば扉が開く。しかし、彼らが向かったのはこのホテルの一番豪華な部屋。フロア全部を丸々部屋にした恐ろしく広い空間だった。だからエレベーターの扉が開くなり、そこはもうスイートルームの一部だった。
エレベーターから降りると目の前にはスイートルームの玄関ともいえるエレベーターホールがあり、プライベート空間の為か人の気配はまったくしない。だから詩亜は澪の腕を思いっきり引っ張り、ホールの壁を彼女に背にさせて、再び唇を重ねつつ、彼女の衣服を一枚ずつはがし始めた。
こんな所で。いや、やめて。でも……。
一糸纏わぬ姿になった澪。そこで、澪は自分の目線の先に全身を映す為の鏡がある事に気が付いた。そこには裸の自分と、まだ服を着たままの詩亜が映っていた。詩亜が澪の胸に何度も何度も舌を這わせていて、彼の手が澪の下腹部に隠れている。そんな自分の姿を澪は自らの目で見てしまって、そして急に体が熱くなった。
「いや、詩亜、君。ベッドの上が、いいっ……」
「どうして?ここじゃ駄目?」
快楽を与えられている澪は言葉を途切れ途切れに呟く。一方の詩亜の言葉は冷静だった。ずるい、あなたばっかり。でも、嬉しい。
「お、願い。ベッドに、連れって、って……」
澪が言葉を発する間にも、詩亜は行為を決してやめてはくれなかった。しかし、彼は少し考え、澪の体から手を引き、そして澪に口付けをした。
「いいよ。でも今日は寝かせないから」
明日の早朝に空港にいかなきゃいけないのに。澪はそう思っていたけれど、彼の言葉にコクンと頷いた。
詩亜と抱き合う事にもう誰も反対しない。背徳な気持ちにもならない。それが澪には嬉しかった。もう堂々と彼に愛していると言える。愛していると言ってもらえる。
「詩亜、くん。好、き、愛し、てる」
彼に突き上げられながら、澪は何度も愛のセリフを漏らす。そんな澪に詩亜は悪戯な顔を向けた。
「まだその呼び方で俺を呼ぶのか?俺はもうお前のご主人様なんだぞ?」
ニヤッと笑う詩亜。激しい行為のせいで、彼の息もようやく切れてきているようだった。
「でも、なんて、呼べば……」
「それは自分で考えろよ。じゃあ、呼んでくれるまで、これは中断」
「え……」
詩亜の動きがそこで止まる。すると急に澪の体に寂しさと物足りなさが広がった。
「いや。やめないで」
澪は詩亜と繋がりながら、彼に懇願した。しかし詩亜は面白そうに澪を見ているだけ。
ずっと澪は詩亜を『詩亜君』と呼んでいた。いきなり変えろと言われてもそれは無理だった。でも彼の名を呼ばなければ、彼から悦びを与えてはもらえない。だから澪は詩亜の耳元に顔を近づけ、囁いた。
「――」
それは詩亜にとって、驚くほど官能的なセリフだった。だから詩亜はそのまま彼女の唇に唇を宛がう。そして二人は同時に両手を絡ませ、再び愛撫を始めた。
「なぁ、もう一度俺をアレで呼んでくれないか?」
澪と詩亜は何度が果てた後、二人でお風呂に浸かっていた。さすがスイートルームだけあって、バスルームからは美しい夜景が一望出来た。それにお約束のように湯船には薔薇の花が浮いている。それを見た時、澪は『なにこの漫画みたいな展開』なんて思ったのだった。
「だーめ。あれはあの時だけ」
「えぇ?いいじゃん。もう一度だけ。な?」
まるで駄々っ子のような詩亜。それは母性本能をくすぐられるような彼の仕草だったけれど、澪は彼の要求を断った。
すると詩亜がお湯の中で澪の体を自分に引き寄せる。そして抱きしめられた。温かなお湯の中で、彼の熱い体が澪を包み込む。
「じゃあ、俺はまだ『詩亜君』なのか?」
残念そうな詩亜の声。抱きしめられているから彼の顔は見えないけれど、きっと膨れているのだろう。だから澪は少し笑って。
「詩亜」
ただ『君』が抜けただけの彼の呼び方。でも改めてこうして言うと、少し恥かしさを澪は感じていた。
「これでいい?」
澪は詩亜を抱きしめている腕を少し緩めて彼の顔を見ようとする。すると彼も腕の力を緩めた。
「……ああ」
嬉しそうな詩亜の表情。それがなんとも可愛くて、澪は詩亜の頬にキスをして、それから彼の唇にチュっとキスをした。
「詩亜。詩亜、詩亜」
こうして名前を呼ぶ度に、彼への想いが強くなる。まるで好き、と言っているみたいに。
「な、なんだよ」
何度も名前を呼ばれたからなのか、詩亜が恥かしそうな顔を作る。だから澪は笑った。そして呟いた。
「ただ呼んだだけだよ。名前、呼びたかったから」
「……バカか」
「えへへ。バカですよー」
そして二人は同時に首に手をまわし、再び深く熱いキスをする。それはまた再び、二人の間を永遠のものとするように。
「澪、好きだよ。すっげー愛してる」
「じゃあ、私はその倍愛してる!」
「なんだよ、それ」
「えへへ。でも私も愛してるから。もう離れないから」
「ああ、もう離さないよ。お前はずっと俺のものなんだから」
二人はこれから、何度唇を重ねるのだろう。何度体を絡ませるのだろう。でももう二人の間に障害は一つもない。そこにあるのはただ愛だけ。
ねぇ、知ってる?
一度離されてしまった愛は、
どんな愛より、力強く繋がっていくんだよ?
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