誰がための小夜曲


エピローグ その先の未来
【1−2】


 雲一つない青空。それはまるでこれからの二人を神が祝福してくれているような、そんな美しい空だった。
 澪は真っ白なマーメイドラインのウェディングドレスに身を包み、チャペルの鐘が鳴るのを控え室で椅子に座って待っている。この日が来るまでドキドキの日々が続いていたが、今はもうとても落ち着いていて、澪の心はとても静かだった。
「うん、綺麗。すごい綺麗だよ、澪」
 5年前のあの日に会社を辞めてからも美雪との親交はずっと続いていた。今日のこの日の為に、ドレス選びから色々細かい事、引き出物を選ぶのまで、仕事で忙しい詩亜に変わって美雪はまるで自分が結婚するかのように本当に澪によくしてくれていた。きっとこの結婚を一番喜んでいるのは家族以外ではこの美雪ではないだろうか。澪はそう思っていた。
「美雪、あの時は本当にごめんね」
 あの時。5年前。
 澪は美雪に相談なく勝手に会社を辞めてしまった。美雪に言ったら呆れられると思っていたから。怒られると思っていたから。でも美雪は澪を分かっていてくれた。許してくれていた。
「もういいって言ってるじゃん。澪は私に何度謝ろうとしているのよ」
「……何度でも。何度でも謝るよ」
 それだけ澪は彼女に感謝をしていた。美雪は澪にとって一番の友達。親友だったから。いままでもこれからも。
「もう、澪ってば、可愛いんだから」
 美雪は澪の前に腰を下ろし、美しくなった友の手を取った。そしてちょっと眉をひそめて澪の顔を見上げた。
「御堂さん、すごい忙しいって聞いたけど、大丈夫?心配じゃない?」
 詩亜はまだ小さいけれど会社を立ち上げていて、最近やっと兄である武に認められたという。だから澪は今日のこの日まで、詩亜とゆっくりと過ごした事は一度もない。それだけ詩亜の周りは忙しく動いていた。
 美雪の心配そうな顔に、澪は小さく首を横に振った。
「大丈夫。私は詩亜君を信じているから」
 だけど澪は心配なんて少しもしていない。だって彼が「新婚旅行はゆっくり行きたいじゃないか。だから俺はそれまでは死ぬほど頑張るつもりだよ」と言ってくれたから。彼の言葉を澪は信じてる。
「でもその後また忙しくなるんでしょ?」
「うん。でも私は何も心配していないよ。だって私は……」
 綺麗に整えられた化粧をした澪の顔がほんのりと赤くなる。それに美雪は小さく溜息をついた。嬉しそうな顔をして。そしてスッと立ち上がった。すると椅子に座っている澪よりも背が高くなる。
「はいはい。そうですよね。澪は御堂さんが好きですものねー」
 澪はコクンと頷く。その通りだったから。隠す必要なんてもうどこにもない。
「はい、ご馳走様、ご馳走様ー。あーあ、幸せ者はほっておいて、私はお客様の様子を見てくるかねー」
 それも美雪の今日の仕事。彼女は本当に忙しく動き回っていた。自分の為ではなく、友の為に。澪の為に。でもそれを引き受けるといってくれたのは彼女自身だった。それに澪は快くOKした。
「うん、宜しくね」
「はーいはいな」
 そして、美雪は花嫁の控え室から軽く手を振って出て行った。

 美雪が部屋からいなくなって、家族や親戚の人が何人かやってきてから、その人は部屋に入ってきた。
「へぇ、とても美しいですね」
 黒のモーニングスーツを難なく着こなし、あれから5年もたっているのに、その容姿は少しも変わりがなかった。もしかして歳を取らない?と思わせるくらいだった。
「武さん……」
 そこに立っていたのは詩亜の兄である武で、ちゃんとこうして武と話すのは5年ぶりだな、と澪と思っていた。結婚の報告に行った時も会ってはいたけれど、そこではちゃんと話をする事がなかった。だからなんとなく澪は緊張する。
「結婚おめでとうございます。澪さん」
 武はなじみの微笑みを澪に浮かべていた。でももう、彼の魔法には掛からない。
「武さんには本当に色々ご迷惑をおかけしました。どうお礼をしたらいいのか……」
 詩亜に出会えたのは紛れもなく彼のおかげで、その後も武にはたくさんの迷惑を掛けてしまった。だから澪は椅子から立ち上がり、武の前までゆっくりと歩いていった。
 あの日、聡史に振られなければ、お酒に酔わなければ、武に話しかけなければ、今自分はここにはいない。詩亜とも結ばれてはいない。その奇跡に澪はとても感謝していた。武に感謝していた。それと同時に、彼に掛けてしまった迷惑の数々も思い出される。
 そんな澪を見て、武はフッと軽く笑った。
「お礼、ですか?じゃあ、あなたの口付けでも頂きましょうかね」
「え?」
 その瞬間、武がウェディングドレスを着た澪の腰を掴み、自分に引き寄せた。もうすぐにでも唇と唇が重なりそうになる距離まで近づく。
 澪は武とは一度キスをしている。あの時もいきなりの武からのキスだった。憧れの武とのキス。それはとても懐かしい思い出だった。
「おーい、俺の花嫁になにやってんだよー」
 しかし、それを阻止したのは声だった。澪の愛しい人の声。その声の主は、花嫁の控え室のドアに腕を組んで立っていた。それを見て武が澪から手を離す。
「おや、いい所で邪魔が入りましたね。じゃ、この続きは次回」
「じ、次回って……」
 澪は武の言葉に困惑していたけれど、そんな澪を見て武は再び笑みを浮かべ、顔を澪の耳元にもっていき、こう囁いた。
「惜しい事をした。こんなにも美しくなるんだったら、無理にでも俺のものにしておくんだったよ」
 それは澪が今まで聞いた事のないような武の低い声だった。
「え?え?」
 ますます困惑している澪を見て、武は声を出してアハハと笑っていた。それも澪は見たこともない砕けた武の表情だった。
 そっか。武さんもなんだ。澪は彼の知らない一面を見てそう思っていた。自分も武といる時は自分を出せないでいた。緊張して、本当の自分は隠していた。それが武にもあったんだ、と澪はなんだか少しホッとしていた。きっとこれからは彼とも上手くやっていけるだろう。それは仮の恋人でも、婚約者でもない、義兄として。
「何をヒソヒソ話しているんだよ。兄貴、そいつは俺のものだぞ」
「はいはい、分かっていますよ。それに私だってもう人のものですからね」
 そう言って武は左手をヒラヒラとさせながら、部屋から出て行った。その薬指に指輪がはめられている事に、澪はそこではじめて知った。

「やっとこの日がきたな」
「うん……」
 花嫁の控え室に澪は詩亜と二人っきりになっていた。サテン生地の灰色のタキシードに身を包んだ詩亜は、昔モデルをしていた頃を思い出させてくれる恐ろしく素敵な姿だった。足が長くて顔が小さい。そんな彼の隣に並ぶと思ったら澪は軽い溜息が出てしまいそうな思いだったけれど、こうしてウェディングドレスで着飾った自分の姿も決して嫌いではなかった。こんなに綺麗になるんだ、と思っていたほどで。
「澪」
「ん?……え?」
 詩亜がいきなりその場に跪いたので、澪は目を丸くする。
「し、詩亜君?」
 驚いている澪とは対照的に、詩亜はとても静かだった。そして詩亜は澪の手を取る。
「俺はお前を泣かしてばっかりいた。それに5年もほっておいた。そんな奴がこうしてお前の手を取るのは駄目なのかもしれない。そう何度も考えた」
 詩亜の目はとても真剣で、澪も彼の目をしっかりと見つめた。
「それでも俺はお前に傍にいてほしいと思った。長い間離れていたけれど、澪の傍に戻りたいと思った。たぶん5年間、毎日」
 そして詩亜は立ち上がり、ドレスを着ている澪を抱きしめた。化粧がタキシードに付いてしまう。ドレスが崩れてしまう。でも二人にはそんなのは関係なかった。
「お前もそう思っていると思っていいんだよな?俺の傍でいいって思っていると思っていいんだよな?」
 詩亜が震えている。もしかして泣いている?澪はそう思って、自分も瞳に涙を溜めた。そして頷く。何度も何度も。
「いいよ。そう思っていいよ。だからもう離さないで。この手をずっと握っていて」
「ああ、約束する。もうお前を離さない。決して離すものか」
 そして詩亜はさらに強く澪を抱きしめた。澪も詩亜を抱きしめる。もう離れないで、離さないで、そう思いながら。
「澪、愛してる。5年前、お前と会った時からずっと。そしてこれからも」
 それは少しだけフライングな約束。でも神父様の約束より効果のある約束。永遠の約束。
 二人はこうして今日結ばれる。愛し合いながら離れてしまった5年分をこれから少しずつ埋めていくと約束しながら。

 そして、控え室のドアがコンコンっと鳴った。それは小さな合図だった。
「……じゃ、行くか。今日から俺たちの新しい日々がはじまるんだ」
 そう。今日からはじまる。だから澪は詩亜に頷いて見せた。それを見た詩亜が嬉しそうに笑った。今までよりももっともっと優しく、愛しい。あなたの微笑み。

 二人は新たな旅立ちを始める。一歩ずつゆっくりと。それを祝福するかのように、天使達がラッパを吹き鳴らしはじめる。それはまるで恋人達の為の小夜曲――セレナーデ――のように。

 誰(だれ)のための小夜曲?それは、幸せなあなたたちのための小夜曲。

<<Fin>>



【誰(た)がための小夜曲(セレナーデ)】完結しましたー!
わーい!パチパチパチ。
この物語は、ファンタジーものしか書いた事のなかった私が、
たまには現代の話も書いてみようじゃないかーっと思ってはじめた物語です。
どうせ書くなら王道で!ハッピーエンドで!男前で!という事で、
この物語は生まれました。王道でしたでしょ?(笑)
後半はかなり駆け足になってしまって、
この展開はどうなんだろう?と思ってしまった方もいるかと思います。
でも私はとりあえずは全部詰め込んだ……つもりです。
どうだろう。どうだろう。
とにかく、毎日楽しんでかけたので、
そこらへんは良しとしてやってくださいませ(>_<)

そんなわけで、無事完結してホッとしています。
実は武のその後の話もあるんですが、
それはまた別の機会というわけで。

最後に、毎日たくさんの拍手やコメント、
本当にありがとうございました!
私の活力となっていた事はたしかです(>_<)
良ければ全部読んでの感想をいただければ幸いです。
今後の為に宜しくお願いいたします(>_<)
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ではでは、また次回作品でお会い致しましょう!
本当に本当にありがとうございましたー!

みやん
(2009/12/15)



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