誰がための小夜曲
第4部 揺れ動く想い
【4】
今日は大晦日。今年が終わる最後の日。澪は詩亜を連れてスーパーに買い物に来ていた。
「えっと、まずは年越し蕎麦だよね。あと海老のテンプラ。惣菜コーナーで買うのでいい?」
「ああ、いいよ。ついでにかき揚げも食べたいなー」
スーパーは年末だけあって、すごい人の数だった。だから澪は詩亜と手を繋ぎながらゆっくりとスーパーの中を周っている。詩亜が隣にいると、やっぱり振り返る人はけっこういたけれど、もう澪はそれは気にしないようにしていた。
「おっけぃ。あとは、明日の朝はやっぱり雑煮かな。詩亜君の家ではどんなの食べてるの?」
「おれん家?そりゃー……」
詩亜が溜息をつかんばかりの顔をしていたので、澪はクスッと笑った。
「どっかのシェフのおせち料理に、すごい食材のお雑煮?」
「……まあ、そんな感じ」
想像通り。澪はそう思っていた。
「それに毎年1月3日に会社の新年会をやっててさ。まー、他の会社に比べると早いらしいけど、親父が正月の祝いは三が日にしたい!とか分けわかんない事言っててさ」
「へー、そうなんだ」
1月3日に会社の皆に会わなきゃいけないと思うと澪はちょっと嫌だな、なんて思っていたけれど、美雪に会えるならいいかな、そうも思っていた。
「じゃ、私のお雑煮でいい?味噌汁にお餅が入ったようなやつなんだけど」
「おう、いいよ。お前が作るやつだったらなんでもいいし」
そう言って詩亜は澪の頭にキスをする。詩亜は背が高いので、きっと周りから見ると、ただ顔がくっついた、としか見えていないだろう。でも澪は彼がキスをしてくれたんだと、すぐに分かった。
そんな何気ない彼の振る舞いにも、澪は幸せを感じていた。
「じゃ、お餅と大根、ニンジンとか買っちゃおうかな」
あとはスーパーが用意した簡単なおせち料理セットも一緒に買い物カゴにいれた。少ししか入ってないのになんでこんな高いのよ、と思いながら。
あなたと出会ってはじめての年越し。二人だけのお祝い。
澪は詩亜にそれがしたいと言葉に出して申し出ていた。カウントダウンの時を一緒に過ごし、元旦の朝も一緒にいる。そして初詣にも行く。それは恋人同士なら当たり前のイベントだったけれど、澪は詩亜にあえて口に出して提案していた。そうする事によって、このイベントが確実になるものだと思っていたから。
もちろん詩亜もそれにはすぐに了解してくれた。そのつもりだったし、と照れながら呟いて。
今年は色々あった。
聡史に振られて武と知り合って、詩亜と出会った。
それはとても幸せな年だったけれど、それでも幸せだけじゃない。幸せがあれば不幸もある。笑いがあれば悲しみもある。人生はそうやって毎日が嵐のように過ぎていくのだ。不幸なんてないほうがいい。悲しみなんて感じない方がいい、と思う人もいるかもしれない。それでも平坦な人生なんて少しも楽しくはないだろう。なぜなら不幸があるから幸せを感じる事が出来る。悲しみがあるから楽しい事を楽しいと思える。そう思うから。
それでも澪は、この1年の事を振り返ると、もうこんな濃い出来事はこれから一生ないだろう、と思える。それだけ彼らとの出会いは衝撃的で、刺激的だった。
でもそれもやがて終わりを迎える、澪はそう思っていた。
「年越しの番組ってなんで格闘技が多いんだろうなー」
詩亜はテレビのリモコンでザッピングしながらそう文句を漏らした。
「かといって、紅白は興味ないし、あとはバラエティーかー」
澪はそんな詩亜の愚痴を年越し蕎麦を食べ終えて食器を洗いながら聞いていた。詩亜も別に澪に言っているわけでなく、なんとなくグチグチと言っているだけなので、返事が返ってこなくても文句はないようだった。
「でもそういう番組見ると、あぁ、今年も終わるんだなーって思わない?」
澪が食器洗いを終えて、リビングの詩亜が座っているソファーの横に一緒になって座った。
「まあ、そうかもしれないけど」
そう言って詩亜はリモコンをソファーの前の机に置いた。そして、澪の腰に手を回し、頬に軽くキスをする。
年越し蕎麦も食べ、全ての後片付けも終わり、後は今年が終わるのを待つだけ。澪はテレビの前にある時計をチラッと見ると、時間は23時半を回った所だった。あと30分で今年も終わる。だから澪は小さく呟いた。
「詩亜君、今年はいっぱいお世話になりました」
詩亜と出会ってまだ少しの時間しかたってないというのに、とても濃い時間だった。まるでずっと彼と一緒にいたようなそんな気持ちになる。でも実際は本当に短い間しか澪は彼の傍にいない。
「俺も。お前と出会えて良かったよ」
詩亜はそう言って澪の頬にまたキスをした。それが澪には苦しくて。でも。
「私も。詩亜君と出会えて良かった」
あなたと出会えたからこんなにもドキドキする経験が出来た。それはとても良い経験だった。
「好きだよ、澪」
「わたしも。私も詩亜君が好き」
その言葉はとても脆いのに、愛しいあなたの口から聞きたくなる。そしてその言葉を囁かれると、体全体が熱くなり疼いてしまう。それだけ澪は詩亜が好きだった。
そして詩亜は澪を強く抱きしめた。それがきっと合図。詩亜は澪の服を1枚ずつはがしながら、自分も服を脱いでいく。そして一糸纏わぬ姿になった澪をそのままソファーに押し倒した。
テレビでは少しずつカウントダウンの時がせまっている。しかし、澪と詩亜は長く深いキスをしながら、愛を感じていた。
時間が止まればいいのに。新しい年なんて一生来なくていいのに。澪は詩亜に抱かれながらそう思っていた。願っていた。しかし、時を止めるなんて出来るわけがない。
「詩亜、くんっ……」
詩亜が澪の濡れた秘部を優しく触りながら、彼女の胸に顔を埋め、下を這わせる。それは胸の先端までゆっくりと向かい、頂上を口に含み、優しく愛撫する。すると澪は甘美なるカナリアの声を部屋に響かせた。
まるで目の前に終末が迫っていると思わせるように、二人は体を強く絡ませる。今抱かなければもう抱く事もないかのように、悔いの残らないように。
この一瞬が、永遠であるかのように。
「澪、愛してる」
詩亜の囁くような呟きが、彼を感じている澪の耳届く。
それを聞いた澪は、瞳に涙を溜める。嬉しくて、切なくて、辛くて。
「お願い。もっと、もっと私を強く抱いて。あなたの腕から離れないように。逃げられないように」
澪は重なる詩亜の体に手をまわし、強く抱きしめる。すると詩亜も澪を強く抱きしめてきた。
「離すものか。逃がすものか。お前は俺のものだ」
そう、私はあなたのもの。体も心もあなたのもの。今は。今だけは……。
そして二人はさらに唇を重ねる。離さないと言わんばかりの詩亜のキスに澪はさらに深く彼の舌に自分の舌を絡ませる。体はもう重なり合っている。ここも決して離さないで、と言う様に。
でも、澪の瞳に貯まった涙は止まらない。澪は詩亜と激しく絡み合いながら、涙を頬に伝わせていた。
「澪?頬が濡れてる」
澪と詩亜はソファーからベッドに場所を移して、何度も何度も愛し合った。年越しはとっくに過ぎているのに、二人はそれでも行為をやめる事が出来なかった。
「ん。だって、こうしているのが嬉しいんだもん。だからちょっと泣けてきちゃって」
ベッドで横になって裸のまま抱き合いながら、詩亜は澪の頬に涙の筋がある事に気がついた。澪はそれを嬉しいから、と答えた。本当は違うのに。
「ねぇ、詩亜君」
「ん?」
「なんで私の事を好きになってくれたの?私は……ただの平凡なOLなのに」
今まで聞けなかった事。知りたかった事。それを澪は口にした。
「詩亜君の周りには綺麗な人がいっぱいいるのに、なんで私を選んでくれたの?」
澪の問いに、詩亜は少しだけ時間を置いた。そして澪のおでこに軽く口付けをしてから答えた。
「たぶん、お前がバカで、どうしようもなくて、いつもオロオロしてて、男に騙されやすくて……だから好きになったんだと思う」
「なに、それ」
澪はなんだか自分がバカにされたような気がしたけれど、詩亜はそんな彼女に優しく微笑んだ。
「だってさ、こんなに目の離せない女には会った事がないんだ。だから俺はお前から目が離せなくなった」
澪は詩亜にキュっと抱きしめられる。細いけれど筋肉質な詩亜の体に澪は包まれる。
「だけど、それだけじゃないよ。お前といると毎日が楽しい。声を出して笑う事が出来る。傍にいるとホッとする。お前の周りには壁がないからな。だからお前を好きになったんだよ。それじゃ駄目か?」
澪は詩亜の問いに首を横に振った。すると、そんな澪の耳元に詩亜は唇を寄せる。
「それに、澪がすげー可愛いからだよ。普段も可愛いけど、抱く時のお前は誰にも見せたくないほど愛らしい」
澪の耳に詩亜の甘美な言葉が伝わる。すると再び澪の体は熱く疼くのだった。
「……もう。詩亜君ったら」
そして二人はもう数え切れないほど重ねた唇をまた重ね合わせる。それと同時に詩亜は澪の胸をやさしく揉み、下腹部に手を下ろした
「すごい濡れてる。まだ俺が欲しいの?」
「……ばか。分かってるくせに」
澪が真っ赤な顔でそう詩亜に呟くと、詩亜はククッと笑って悪戯な顔を向けた。
「分からないよ。口に出してくれないと分からない。だから口にしてくれよ。俺が欲しいって」
「……ばか。詩亜君のバカ」
なんでこう意地悪なの。澪はそう思っていたけれど、少し時間を置いてから詩亜の耳元で囁いた。
「……欲しい。私は詩亜君が欲しいの……」
すると詩亜が澪の唇を強引に塞ぎ、再び口の中で愛撫した。
何度でも私を抱いて。いくつも愛の言葉を並べて。その度に私はあなたの愛を感じる事が出来る。たとえそれが永遠でなくても、今はあなたに抱かれていたい。澪は心からそう思っていた。
「いいよ。あげる。俺はお前の物だからな」
そして愛の囁きのせいで濡れてしまった澪の体を、詩亜は再び愛撫していくのだった。
私はなんで彼を好きなんだろう。
それは、あなたが誰よりも素敵だから。特別だから。
違う。そうじゃない。
あなたは特別な所に立っているのに、とても優しくて、私なんかを好きになってくれる。
周りから守ってくれて、一緒に笑い合える、そんな人だから。
だから私は彼を好きになった。身分もわきまえずに。
ねぇ、あなたは許してくれる?私がこれからする事に。
もう私に微笑んでくれなくてもいい。あなたが辛い思いをしなくてすむなら。
澪は暗闇の中、詩亜を感じながらそう思っていた。
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