誰がための小夜曲
第4部 揺れ動く想い
【1−3】
澪は武に貰った指輪ケースを手に持ちながら自宅のソファーで横になっていた。詩亜に言われて家に戻ってきたものの、あの後どうなったのかずっと気になってソワソワとするだけだった。
いきなり消えてしまった澪と詩亜。それを武や紗夜子が良いように取るわけがない。もしかしたら揉め合うのではないかと思っていたけれど、こうして帰ってきてしまった澪にはどうする事も出来なかった。もちろん、電話もする事も出来ない。
「でも、これは返さないといけない、よね」
澪は指輪ケースの蓋を開け、中に入っている輝くばかりの指輪に目を落とす。本当に綺麗な輝きのダイヤの付いた指輪は、今まで澪がつけた事のないような高価なものだった。しかし、これに指を通した事は一度もない。こんな気持ちなのに通しては絶対にいけないと思っていたから。
自分が詩亜に惹かれていることはずっと前から分かっていた。でもいきなり彼の婚約者が現れて、気持ちを忘れないとと思っていたのに、それでも澪は忘れる事が出来なかった。なぜなら詩亜は素っ気無かったり、優しかったり、いつも澪の心を振り回してくれるから。武を好きになれば楽なのに、澪はそう思っていたけれど、どんなに憧れていたとしても、やはり武は違っていた。
澪が自分の想いに困惑していると、ピンポーンとインターホンが鳴った。誰だろう?澪はテレビモニターを見る。するとそこには詩亜が映っていた。だから澪は急いでエントランスの電気錠の解錠した。
「詩亜君、どうだった?大丈夫だった?」
澪は詩亜をリビングに招き入れてすぐにそう尋ねた。すると詩亜はいつもと変わらない顔をしていた。
「兄貴はいつも通りだったけど、紗夜子の怒りっぷりはすごかったね。まー、なんとか適当に誤魔化しておいたよ」
「なんとかって……。本当に大丈夫なの?」
「お前が気にする事は何もないよ。それか兄貴に電話でもしてみるか?」
そんな風に詩亜が茶目っ気たっぷりに言ってきたので、澪は深く溜息を付いた。澪はなによりこんな事をした詩亜が心配だった。自分は接点は少ないけれど、詩亜の近くには武と紗夜子がいる。それでも詩亜はいつもと同じ様子で澪には結局どうなったのかを知る事は出来なかった。
「あー、今日は一日疲れたな。なぁ、澪、なんか食べるもんある?」
そういって詩亜は帽子と眼鏡を取ってソファーにドシンと腰を落とした。
「え?あ、うん。えっと、炒飯くらいだけどいい?あと中華スープくらいなら作れるかな」
たしか冷蔵庫にネギとハム、それに卵があったな、と澪は思っていた。すると詩亜の顔がパッと明るくなる。
「じゃー、超特急で頼む。もー、お腹が減って倒れそうだよ」
「はいはい。分かりましたよー」
詩亜のいつものワガママ。でも澪はそのワガママが好きだった。ワガママを言われているのになんか安心する。あぁ、私ってMなのかな?なんて思う瞬間だった。
澪はエプロンを付けてキッチンに立って、冷凍しておいたご飯をレンジで解凍する。そして冷蔵庫からネギとハムを取り出して、みじん切りに切り始めた。
(こうしてまた詩亜君の為にご飯が作れるのは嬉しいな。こういうのが続けばいいのに)
澪はそんな事を思いながら包丁を動かしていた。するとふと後ろに気配を感じる。
「ん?詩亜君、どうしたの?」
そこにはさっきまでリビングにいた詩亜が立っていた。詩亜の顔はとても真面目で、澪は包丁を置いて首を傾げた。
「何かあった?もしかして武さんから連絡があったとか?」
でも携帯が鳴った音は澪は聞いていない。だったら一体何があったんだろう、と思っていたけれど、ふと、詩亜の手の中にある、あるモノを見つけた。
「あ……」
それは武から貰った指輪のケースだった。中には高価な指輪が入っているだろう。それを詩亜は持っていた。
「詩亜君、それね……」
近いうちに返そうと思うの。そう言おうとした瞬間、澪は詩亜に抱きしめられる。
「し、詩亜君?」
詩亜の抱きしめる力はとても強い。その強さは少し痛かったけれど、嫌ではなかった。
そして詩亜はいきなり澪の唇を奪ってきた。それはいつもより情熱的に、とても熱く。それに澪も答える。
かしゃん。澪は詩亜と舌を絡ませながら、足元でそんな音が響いたのに気が付いた。それに目線を落とそうとしたけれど、それを詩亜の手が制した。澪の顔は詩亜の両手で押さえつけられている。
(指輪の、音だったんだ)
もう詩亜の手には指輪ケースは握られてはいない。詩亜があれを見てなんと思ったか分からないけれど、こうして詩亜に求められるのは決して嫌ではなかった。
詩亜の唇は澪の唇から彼女の耳へと移動する。そしてそこに軽く口付けをした。あの時もそうだったけれど、澪は耳をこうして優しくされると、体は熱く疼いてしまう。だからまた体をビクッと振るわせた。それが詩亜の体に火を付けるなんてまったく想像しないまま。
* * *
(可愛い。本当に可愛い)
詩亜は澪の耳にキスをしてそう思った。今まで何人も女を抱いた事はあった。しかしそれはすべてただの遊びだった為、こんな風に女性を愛しく思いながら抱くなんて今まで一度もなかった。だから詩亜は澪を硝子細工のようにやさしく扱いたい。でも狂わせてみたい。そんな風に思っていた。
詩亜がリビングで武から貰ったであろう指輪を見つけた時、胸が恐ろしいほどに騒いだ事に詩亜自身がとても驚いていた。指輪自体は御堂の食事会でも一度見ているのに、この部屋で見た衝動はあの時とは比べ物にならなかった。
兄貴が澪を欲している?詩亜はそう思うと本当に胸糞悪かった。あの堅物が澪の手を握り、唇を奪い、澪の体に触れる。そう思うといてもたってもいられなかった。それだけ詩亜は澪を好きだった。自分のものにしたかった。
だから詩亜は澪の背中に手を回す。そして服の中に入れた詩亜の手は彼女の背中から胸へと移っていった。そこには大きくはないけれど、手にすっぽりと包み込めるような膨らみがあった。その先端は彼女がこの行為を受け入れていると分かるかのように固くなっている。
詩亜の指がそこを軽く触れると、澪は体を反らせて小さく反応した。それがなんとも愛らしい。
エプロン姿の澪。それに欲情したわけではないけれど、ベッド以外でこうして行為をする事は詩亜には刺激的だった。なにより好きだと思える相手に快楽を与えられるのは本当に気持ちが良かった。
だから詩亜は澪の体に触れる。彼女を後ろに向かせ、後方から片手で胸の先端を掴み、もう片方の手を澪のショーツの中に滑り込ませた。そこはもう驚くほど湿っていた。それに詩亜の体は喜びを感じる。そして詩亜は澪の首筋にまるで吸血鬼のように吸い付き、舌を這わせる。すると澪は小さく体をびくつかせた。
あぁ、もう我慢が出来ない。
だから詩亜は服の中から手を出し澪の腕を掴んだ。そしてそのまま澪を寝室へと連れて行く。
(くそっ、なんだよ。なんでこんなに緊張するんだよ)
詩亜は澪を抱く事がこんなに緊張する事にとても驚いていた。なぜなら今まで女の抱く事でこういう風に思ったことはなかったから。体が喜びを感じると同時に、背徳にも似た気持ちが心に響き渡る。しかし、詩亜は澪を抱きたかった。自分の物にしたかった。だから澪をそのままベッドに横たえさせた。まだエプロンを付けたままの澪の横になった姿を見て、詩亜の心は軽く疼いた。
恥かしそうに顔をどこか違う方向に向けている澪。そんな澪を見て詩亜は声を出さずに軽く笑い、まずは澪の頬に優しく口付けをした。そしてそのまま舌を這わせて耳を軽く噛む。すると澪は小さく声を出した。
「ん……っ」
その小さく短い声が、詩亜に欲望に火を付けたのは言うまでもなかった。
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