誰がための小夜曲


第1部 始まりは別れの時から
【3】


 エリュシオンホテル、それが武との待ち合わせ場所だった。そのホテルはテレビなんかで特集が組まれるほどの立派なホテルで、御堂グループが経営しているホテルだった。
 澪は薄いピンクの結婚式に呼ばれた時用に買っておいたドレスを着てホテルのラウンジで武を待っていた。派手でもないし、地味でもないドレスを澪はすごく気に入っていたけど、周りからどう見られているのかは少し気になっていた。そんな時、澪が座る長めのソファーの一番端に誰かが座るのを感じた澪はそちらに顔を向けた。
(え?)
 澪は同じソファーに座っている人物を見て驚いてしまった。それがつい最近、どこかで見たことある人だったから。
(あれって……)
 高い鼻に整った顔。この間美雪に見せてもらった写真とは少し雰囲気が違っていたけれど、それは紛れもなくモデルのシアだった。こんな綺麗な人、見間違えるわけがありえない。金色に近い茶髪と薄い茶色の瞳、色素の薄い白い肌が彼をとても目立たせていた。
(うわぁ。美雪!美雪!シアって人が私の目の前にいるよ!ど、どうしよう)
 芸能人なんて生で見たことのない澪は、つい最近知っただけのシアを見てとても興奮していた。その様子を感じ取ったのか、シアが澪に顔を向ける。
「何?なんか用?」
 芸能人なのに変装を一切していないシアの鋭い瞳が澪を捉える。その視線に澪の体は動かなくなるような気がしていた。
「え?べ、別に」
「ふーん。そ」
 綺麗な顔に対して、声は低くて男らしいシア。もちろん写真だけでは声まではわからなくて、このギャップに世の女性は弱そうだな、と澪は思っていた。それにジーパンに短めのトレンチコートを着ている彼の姿がとてもラフだけれど、すごく素敵だった。
「なぁ、今日ここで結婚式でもあるのか?」
「へ?」
 それはいきなりシアから話しかけてきたことだった。
「け、結婚式?な、なぜ?」
「お前がそんな格好をしているからだよ。たしかこのホテルはまだ結婚式なんてことしていないような気がしていたんだけど」
 いきなり初対面の年上に『お前』というシア。さすが芸能人、と澪は思う。
「ち、違うよ。人と待ち合わせをしているだけ。もしかして私の格好おかしい?」
 澪はシアに対してどう話しかけていいか少し悩んだけど、自分は彼より年上だし、もう会うこともないだろうと、普通に話しかけることにした。それに、その事に彼は少しも気にしていないようだった。
「変、まではいかないが、目立つ事は確かだな」
「うわ、そうなの?ど、どうしよう。これから大切な用があるのに……」
 オシャレなモデルの人に自分の服装を指摘されて、澪はすごく焦っていた。
「ね、今から着替えてきた方がいいと思う?この格好じゃあの人のご両親に失望されてしまうと思う?」
「は?あの人の両親?」
「うわー、どうしよう。これじゃ駄目かな?やばいかな?」
「し、しらねーよ。って、もしかしてお前って……」
 いきなりの澪の食いつきに、シアは少し焦ったような表情をしていた。しかし澪はそれどころではなく、ソファーから立ち上がって何度も自分の格好を確認していた。そんな時、彼らの後ろから声が聞こえてくる。
「澪さん、お待たせしました。おや?そこにいるのは詩亜?」
「え?」
 澪は振り返るとそこにはいつものようにスーツをビシッと着込んだ武が立っていた。その武がシアを『詩亜』と名前を呼んだ。
「兄貴……。じゃあやっぱりこいつが……」
「え?兄、キ?」
 そして澪と同じソファーで座っていた詩亜が立ち上がって武の近くに寄っていく。二人が並ぶと美しい顔と高い背丈の為、ここが一体どこなんだろうという気持ちになる。
(この二人が兄弟?なんてすごい兄弟なの……)
 兄は御堂グループのトップクラスの役職で、弟は有名モデル。こんな兄弟が自分の前にいるなんて、澪はすごく不思議な気分になっていた。
「詩亜、こちらは青島澪さん。昨日お話した僕の恋人です」
 武の口から出る『恋人』という言葉。それを聞いて澪の体は軽く震えた。なんて響きのいい言葉なんだと。
「澪さん、彼が僕の弟、御堂詩亜です。もうお話はされていたみたいですね」
「あ、は、はい」
 話はしていたけれど、それは澪の服を指摘する会話だった事に澪はどういう表情をしていいか分からなかった。武の隣にいる詩亜は澪を見ながら眉をひそめている。
「お前が兄貴の彼女?ふーん、そうか」
 それは澪には疑いの目に見えてしょうがなかった。
「よ、よろしくね、詩亜君」
 それでも澪はとにかく笑顔を作る事にした。その笑顔に詩亜も笑顔で答える。
「よろしく、澪」
 でもその笑顔が悪魔の笑顔にしか見えなくて、澪は何だかすごく恐ろしかった。

 澪は武に連れられて、ホテルの最上階のレストランに向かっていった。もちろん詩亜も一緒に。三人だけのエレベーターでは和やかに話しかけてくれる武とは違い、詩亜の鋭い視線が澪の背中を突き刺していたのを感じていたけれど、澪はそれを気にしてはいけないと、ずっと武の顔だけを見ていた。
(バレないようにしないと。私たちは嘘の恋人同士なんだから)
 なぜ武が嘘の恋人を両親に紹介するのかは澪は分からなかったけれど、澪は彼を失望させたくなくて、精一杯彼の恋人を演じようと思っていた。
「なぁ、お前たちってどこで知り合ったんだ?」
 いきなりの詩亜の声がエレベーターに響き、澪は一瞬体がビクッと驚く。そして何か答えないとと澪は体全体が焦っているのを感じていたけど、武とは今日の事は何にも打ち合わせをしていないので、答えられるわけがない。そんな澪の腰に武が手を回してきた。そして武は詩亜に顔を向ける。
「僕の知り合いのお友達だったんですよ、澪さんは」
 どうしたらそんなに平然と嘘が付けるのか、澪にはとても不思議だった。それは聡史に会った時もそうだったけれど、彼は大きな嘘を付く場だというのに、打ち合わせなどを一切しない。それだけ武は頭の切れる人物なのかもしれないと、澪は思っていた。
「へぇ。こんな女を知っている奴が兄貴の知り合いにいたんだ」
「いてはいけませんか?」
「いえいえー、別にー」
 詩亜の言葉は少しも信じていない、という風に澪には聞こえていたけれど、それ以上は詩亜も聞いてこなかったので、そのままエレベーターは上の階に向けて昇っていった。

 そして澪は武と詩亜の両親と対面した。澪の想像ではお固くて怖そうな両親なんだろうな、と思っていたけれど、それとはまったく正反対の優しそうな父親と母親でビックリしてしまった。御堂の創設者である武の父親なんかきっと作業着なんかを着れば町の工場にいてもおかしくない男性で、だから澪の緊張は一気にほぐれていった。
「武さん、すみません、ちょっとお化粧室に」
 武と彼の両親との会話は終始和やかなものだった。武は澪に頷いていればいいと言っていたけれど、彼らの会話はとても楽しくて、その中に入っていくのもすごく楽しかった。だから時間はどんどん過ぎていく。
「ふぅ。どうなることかと思ったけど、思った以上に上手くいってるみたいで良かった。それに武さんのご両親に気に入ってもらえているみたいだし」
 澪は化粧室の鏡を見ながら、自分と対話をしていた。
 武の両親は、澪の姿を一目見た時からニコニコと嬉しそうに笑っていた。それに澪が普通の小さな会社のOLだと言った時も、家はサラリーマン家庭だって言った時も同じ反応で、それは澪の想像とはまったく違っていてなんだかすごく嬉しかった。
(でもこれは偽りなのよね。本当ならいいのに)
 でもそれは思ってはいけないこと。だから澪は自分の格好を鏡に映して確認し、再び彼らがいるレストランへ戻ろうと化粧室を出て行った。しかし、すぐに化粧室の前の壁に寄りかかっている人物がすぐに澪の目に入ってきた。
「え?し、詩亜君?」
 化粧室を出て待っていた人物、それは武の弟、詩亜だった。詩亜は澪を見るなり、彼女の近くに寄ってくる。
「なぁ、澪。お前って本当は兄貴の彼女でもなんでもないんだろ?」
「へ?な、何を言っているの?私は武さんのか、彼女だよ」
 明らかに動揺をしている澪の姿を見て、詩亜は軽く笑った。
「まあ、いいよ。別にあの人たちに言うつもりはないし、俺には関係ないからな。しっかしどこから連れてきたんだよ。こんな親父とお袋の超好みの女を」
「し、詩亜君?何を言っているのか私には分からないんだけど」
 バレている。そう思ったけれど、それを素直に認めては駄目だと澪は嘘をつきとうそうとした。しかし、そんな澪に詩亜は近づいてきて彼女の頭をポンッと軽く叩いた。
「無理すんなよ、澪。俺にはその嘘はきかないし、兄貴が何を考えてるのかも分かっているしな」
 年下に軽くあしらわれた。しかし今はそれを思っている場合じゃなかった。詩亜の言った言葉がとても気になる。
「何を考えているって……。一体何なの?」
「へ?お前、何も知らなくて兄貴についてきているのか」
「う、うん」
 彼は自分を助けてくれた。それだけで澪には十分すぎた。だから武がなぜ親に嘘の恋人を見せたいのか、向こうから話してくれないなら別に聞こうとは思っていなかった。
「バカじゃん、お前。そんなんだから利用されるんだよ。いいか?兄貴はな、会社を受け継ぐにあたって、結婚することが第一条件なんだよ」
「へ?結婚が条件?」
 会社を継がせる変わりに結婚しろ。そんなロマンス小説のような話がこの世の中にあるなんて澪には信じられないけれど、詩亜の顔はすごく真面目だった。
「親父は古い人間だからな。大の大人は結婚して一人の男になるって考えをもっているんだ。だから会社のトップに立つなら結婚をしろ、という命令が兄貴に出ている。俺は知らないが、たぶん相手がいないなら見合いでもしろといわれたんだろう、だから兄貴はお前を連れてきた。それも親父達が一発で気に入りそうな女をな」
(え?ご両親が喜びそうな……?じゃあ、私は武さんに選ばれたってこと?)
 澪は詩亜から真実を聞いて、驚く所か何故か心の奥から喜びを感じていた事にとてもびっくりしていた。武とは契約で恋人のフリをしているのは十分分かっている。それでも武は誰でもいい自分を選んだのではなく、両親の気に入る女性として自分を選んでくれたことを澪はとても光栄に思っていた。
「そっか、そうなんだ……。詩亜君、教えてくれてありがとう」
「な、なんだよ。なんでそんな嬉しそうな顔してんだよ」
 詩亜は澪に真実を告げて彼女がもっと驚くと思っていたのだろう。しかし、澪の反応はまったくの逆だった。だから詩亜は澪に向かって嫌なものをみるような目に変わる。
「……そうか。お前は利用されたのをいい機会だと思って、兄貴とどうかなろうとか考えているんだろう」
「え?」
「まあ、世の中の女はみんなそうだよな。あいつは地位も名誉も容姿も一級品なんだからな。そんな男に利用されたりすれば、勘違いだってしたくなる」
「ちょ、ちょっと、詩亜君」
「でも無理だぜ、お前のような庶民女がこっちの世界に入って来れるなんてありえない。兄貴と付き合えるなんてそんな夢みたいな事考えるなよ」
「……なっ」
 詩亜の言っている事はかなり失礼なことだった。こんな事を平然と他人に言えるなんて普通ではありえないだろう。でも詩亜は普通じゃなかった。彼は誰よりも特別な場所で生きている。それならその口がこんな失礼な事をいってもおかしくないのかもしれない、澪はそう思っていた。だから澪は詩亜にすごい事を言われても、頭に血は昇らなかった。
「分かってるわよ、そんな事」
「何?」
「そんな全部分かっているわよ」
 詩亜の言っている事が正しいのは澪でも分かっていた。女というのはいい男、それももしその男を手に入れれば成功が約束されるような人物を前に、自分を選んでくれと振舞うのは当たり前だろう。それを澪だって考えないわけではなかった。しかし、澪は自分をよく分かっていた。自分はただの平凡なOLで、武にはじめて会った時に自分は醜態を見せてしまったことくらい。そんな自分を武が選んでくれるとは思っていない。
「私は自分を十分分かっているの。だから武さんが私を選んでくれるなんてこれっぽっちも思っていない。それにね、私だってそっちに行きたいなんて少しも思ってないわよ」
「なんだと?」
「私は所詮、庶民女なんでしょ?そんな私がセレブの仲間入りなんてしたら恥をかくことくらい分かるわ。そっちは私がいけるような世界じゃないのよ」
 別にこれは負け惜しみで言っているわけではない。澪はずっと普通に目立たなく生きてきた。だからいきなり脚光を浴びる世界に行っても自分が押しつぶされるだろうことは分かっている。どう頑張っても自分には合うわけない世界だということも。
「でもいいじゃない。少しくらい夢を見ても。今日くらいはいい思いしたってバチは当たらないわ。それでもあなたは私からそれを取り上げようというの?」
 そう、今日だけはいいじゃないか。武は自分を選んでくれた。その幸せを今日だけは味わってもいいじゃないか。澪はそう思っていた。どうせ、今日が終わればすべてが終わるのだから。
「……」
 澪の話を聞いて、詩亜はとても複雑な顔をしていた。
 そして、澪はこれ以上ここにいたくないとレストランの方に戻ろうとする。しかし、いきなり詩亜が澪の腕を掴んだ。

「な、何?まだ何かあるの?」
 これ以上詩亜と話しても、澪は傷つくだけだった。それは詩亜の言っている事は少しも間違っていないからで、だから澪はもうほっておいてほしかった。しかし、詩亜は澪を引き止める。
「なんだよ、お前は一体なんなんだよ……」
「え?」
「……」
 詩亜は澪の手を掴みながら、何かを考えるように黙り込んでしまった。澪ははやく武のもとに戻りたいと思い、その手を振り払おうとしたけれど、詩亜の強い力がそれを許してくれなかった。
「詩亜君。お願い、離して」
 しかし、決して詩亜は澪の手を離そうとはしない。その上、詩亜は澪を見ながら悲しい表情をする。
「詩亜……君?」
「澪さん?どうされました?」
 澪は詩亜に一体どうしたのか聞くつもりだった。しかし、その前に二人とは違う声が聞こえてきた。
「あ、武さん……」
 それはレストランの方から歩いてきた武だった。詩亜は武の声が聞こえてきたのと同時に澪の手を離す。
「遅いからどうされたのか心配しておりました。何かありましたか?」
「え?あ、だ、大丈夫です。ちょっと詩亜君と話していただけなので。心配してくださってありがとうございます」
 ここで迷ったとか嘘を付こうと思ったけれど、この状況でその嘘は信じてもらえないと思った澪は、武に正直に話す。もちろん、話の内容は伏せて。
「そうですか。それなら良かった。では戻りましょう。父も母も待っておりますよ」
「は、はい」
「詩亜も戻りましょう。二人が帰ってこないので、父さんも母さんも心配しています」
「……あ、ああ。すぐ戻るよ。先に行っててくれ」
 詩亜は澪と武を見ずにそう答えた。
「そうですか。では澪さん、行きましょう」
「は、はい」
 そして澪はまだ後ろ髪が引かれる気分だったけれど、そのまま武と共にレストランに戻っていった。

 澪と武が去ったあと、詩亜はその場に一人取り残されていた。
「な、なんなんだよ、あの女……」
 詩亜の複雑な表情。それは決して喜びのような明るい表情ではなかった。
「なんだっていうんだよ……」
 そして詩亜は兄や両親がいる場所には戻らず、そのままホテルを後にしていった。

 武の両親への顔見せは無事終了した。詩亜は戻ってこなかったけれど、澪はそれを極力気にしない事にしていた。
 そして澪は武が運転する車の助手席に乗って家に送ってもらっている。家まで送るので待っていてください、とホテルの入り口で待っていた澪は、登場した車が武の真面目な姿には少し似合わないような真っ赤なスポーツカーで、少し驚いてしまった。
「澪さん、今日は本当にありがとうございました」
 素敵な人が運転する素敵な車。その隣に座る自分。澪は今日一日ですっかりいい気分を味わっていた。
「いえ、すごく楽しかったです。でも、詩亜君にはどうやら見抜かれてしまったみたいなんです」
 詩亜の事を武にいって、彼がどんな表情をするかなと澪は思っていたけど、武は一切表情を変える事無くいつものようにとても穏やかだった。
「そうだと思いました。詩亜はとても感のいい子ですからね。でも両親を失望させることだけはしないと思いますので、安心してください」
「そうですか。それなら良かった」
 スポーツカーなんて乗ったことのない澪。だからその車の車体の低さとエンジン音の迫力に少し恐縮してしまっていた。しかし、不釣合いかなと思っていた真っ赤な車と武の姿が意外と似合う気がしてきて、澪はさらに武を気になりだしていた。
「今日、何故私が武さんのご両親に紹介されたのか、事情は聞きました。なかなか大変なんですね、御曹司さんも」
「あぁ、詩亜からですか。そうなんです。父さんが古い人間なんで、とにかく口を開けば結婚結婚ばかりで。でも僕はまだそういう気にはなれないもので」
 今の世の中、二十代で結婚するなんて珍しいだろう。それなら武がそういうのもおかしくはない。
「あ、そういえば、武さんって歳はいくつなんですか?聞いていませんでしたよね」
「あぁ、そういえばそうですね。僕は今年で二十四になります。澪さんは?」
「私は二十二ですよ。意外と近かったんですね」
「そうですね」
 二歳年上の彼氏。それは澪にとってとても理想だった。それもこんなにも特別な人間。本当に横に座る武が自分の彼氏だったらどんなにいいだろうと澪は何度も考えていた。しかし、車は澪のマンションの前で急停止する。
「着きましたよ。澪さん」
「あ、は、はい」
「今日は本当に助かりました。これでまたしばらくは仕事に専念出来ます」
「い、いえ。それなら良かったです。私も武さんのおかげで気分がすっかり晴れましたし」
「ではお互いがよい利益を得たということで。また何かあったら連絡してください」
「は、はい」
 また何かあったら。それは一番よい別れの言葉だった。もう何もないはずなのにそう告げる。でもこの場合はしょうがなかった。こういう約束だったのだから。
 まだ別れたくない、もっと話をしていたい。それが今の澪の正直な気持ちだった。それに、このまま別れてしまったら、もう一生会うことはないだろう。自分はただの小さな会社のOLで、武は世界的企業のトップ。そんな二人がこの先交わる事なんてどう考えてもありえなかった。それに詩亜の言われたことも頭にひっかかっていた。武が自分なんかを選ぶなんてありえないと。これくらいのことでどうにかなるわけないと。
 それなら家に招待すればいい。繋がりを作るべく、お茶でもどうですか?って言えばいい。でも澪にはそういう風に言えるだけの勇気は持っていなかった。
 だから澪は車から降りて武に向かって軽くお辞儀をする。その様子を見て、車の中の武も澪に向かって軽く会釈をしていた。そして、そのまま車を動かして帰っていってしまった。澪はそれを車が見えなくなるまでずっと見ているしか出来なかった。



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